2021年3月31日更新

CQ10.HER2陽性浸潤性乳癌に対して術後化学療法に抗HER2療法を併用することは推奨されるか?

1.初期治療

推 奨
・HER2陽性浸潤性乳癌に対して術後化学療法を施行する場合、トラスツズマブを併用することを強く推奨する。
〔推奨の強さ:1,エビデンスの強さ:強,合意率:100%(12/12)〕

・再発リスクの高いHER2陽性浸潤性乳癌に対して術後化学療法を施行する場合、トラスツズマブとペルツズマブを併用することを強く推奨する。
 〔推奨の強さ:1,エビデンスの強さ:強,合意率:93%(13/14)〕

背景・目的

HER2陽性浸潤性乳癌に対して術後化学療法を施行する場合に、トラスツズマブまたはトラスツズマブとペルツズマブを併用することによる予後の改善と有害事象の出現について検証した。

解 説

(1)トラスツズマブ併用

早期乳癌で術後化学療法単独と,化学療法とトラスツズマブ併用を比較したメタアナリシス1)が,8つのランダム化第Ⅲ相比較試験(n=10,281)(NSABP B―31試験,N9831試験2),BCIRG 006試験3),Buzder AU4),FinHer試験5),HERA試験6),NOAH試験7),PACS―04試験8))を用いて報告されている。これら8試験のうち,術前にのみトラスツズマブが投与されたBuzdarらの報告4)を除いた7試験で,術後トラスツズマブの益と害について定量的に,適応や投与期間について定性的にレビューを行った。予後について一つの合同解析を含む6試験(n=9,935)で報告され,OS(HR 0.66,95%CI 0.57―0.77),DFS(HR 0.60,95%CI 0.54―0.67)について,いずれもトラスツズマブ併用により有意に予後が改善することが示された。うっ血性心不全の発現状況は7試験(n=10,281)で報告され,トラスツズマブ併用で2.5%,化学療法単独で0.4%(RR 5.12,95%CI 2.65―9.87)と,トラスツズマブ併用により有意にうっ血性心不全の発現率が上昇する。貧血,好中球減少など骨髄抑制については差を認めない。トラスツズマブ併用については複数のランダム化比較試験があり,試験間の結果に大きなばらつきを認めないためエビデンスの強さは「強」とした。益と害のバランスは,予後の改善が明らかで「益が勝る」といえる。患者の希望も一致すると考えられる。

一部のサンプルサイズの小さな試験を除いて,上述の比較試験でトラスツズマブの投与期間は1年である。HERA試験ではトラスツズマブの2年投与と1年投与についても比較検討され,観察期間の中央値11年でDFS(HR 1.02,95%CI 0.89―1.17)に差を認めない9)。PHARE試験は,術後トラスツズマブ6カ月投与の1年投与に対する,安全性と有効性についての非劣性比較試験で,観察期間の中央値42.5カ月で,6カ月投与群で,無再発生存期間の非劣性は証明されていない(HR 1.28,95%CI 1.05―1.56)10)現時点では,トラスツズマブの投与期間は1年が標準である。

トラスツズマブ併用の適応についてはこれまでの臨床試験の適格基準からリンパ節転移陽性や浸潤腫瘍径1 cm以上が一般的である。浸潤腫瘍径1cm以下・リンパ節転移陰性症例に対するトラスツズマブの有用性を評価したランダム化比較試験は存在しないが、オランダのCancer Registryを用いたHER2陽性患者のコホート研究では385例のT1aと800例のT1bリンパ節転移陰性患者が登録されていた。T1aでは7%やT1bでは19%の患者に化学療法とトラスツズマブによる治療が実施されており、治療を実施した群は予後が良好である傾向を認めた11)。浸潤腫瘍径1cm以下・リンパ節転移陰性症例においてもトラスツズマブを併用することで予後を改善する可能性はあるが、質の高いエビエンスに乏しいのが現状である。

以上より,エビデンスの程度,益と害のバランス,患者の希望などを勘案し,推奨は「HER2陽性浸潤性乳癌に対して術後化学療法を施行する場合、トラスツズマブを併用することを強く推奨する」とした。

(2)トラスツズマブとペルツズマブ併用

HER2陽性乳癌の標準的な術後化学療法にペルツズマブを併用することで予後が改善されるかを検証した試験はAPHINITY試験が唯一報告されている12)。本試験は、術前化学療法を受けていないHER2陽性早期乳癌症例を対象としたランダム化二重盲検第Ⅲ相試験である(N=4804)。術後化学療法として、アンスラサイクリン系薬剤の後にタキサン系薬剤とトラスツズマブの併用、またはTCH(ドセタキセル+カルボプラチン+トラスツズマブ)を行う群(標準治療群)と、標準治療群にさらにペルツズマブを合計1年間併用する群(ペルツズマブ群)にランダム化割り付けを行っている。主要評価項目はIDFS(Invasive disease-free survival; 浸潤癌の無病生存期間)で、OS, 安全性, QOLなどを副次評価項目としている。観察期間の中央値45.4ヶ月において、IDFSはHR 0.81 (95%CI, 0.66-1.00, p=0.0453)とペルツズマブ群で有意に改善された。尚、3年IDFS率はペルツズマブ併用群で94.1%, 標準治療群で93.2% であった。術後療法の評価をする上で、IDFSのHR 0.801は臨床的に意義深いと考えるが、3年IDFS率の改善の絶対値は大きくないことには留意が必要である。現時点において追跡期間の中央値は45.4カ月であり、ホルモン受容体陽性やリンパ節転移陰性群では、予後改善効果は充分とは言えない。また、OSやQOLの結果は未だ報告されていないため、今後に計画されている追跡結果の報告を適宜検討していく必要がある。

有害事象(Grade3以上)の発症頻度はペルツズマブ群でわずかではあるが有意に増加(RR 1.12, 95%CI,1.07-1.17)し、特に下痢(All Grade)の頻度は増加していた(RR 2.69, 95%CI 2.12-3.41)。心機能低下については有意なリスクの増加は認めなかった。

エビエンスの強さは、1つのRCTのみだがpivotal試験の条件を満たしているため、「強」とした。
益と害のバランスについては、IDFSをHR0.81で改善することの意義は大きく、有害事象の増加や医療費の増加の害を十分上回ると判断できる。しかし、再発リスクが低い場合はペルツズマブ併用により予後が改善される症例の絶対数はわずかとなり、益が必ずしも上回るとは言えない。患者希望は再発リスクにより一致しない可能性がある。

以上より、追跡期間が十分でない点、OS、QOLデータが欠如している点に留意し今後公開されるデータを検討してく必要はあるが、現時点において術後化学療法にトラスズマブとペルツズマブを併用することにより、IDFSの有意な改善が示されている。一方、再発リスクの低い患者については前述のごとく益と害のバランスや患者希望の一貫性を満たすとは限らないため、推奨は「再発リスクの高いHER2陽性浸潤性乳癌に対して術後化学療法を施行する場合、トラスツズマブとペルツズマブを併用することを強く推奨する」とした。尚、再発リスクの評価は、APHINITY試験の適格基準を参考にし、腫瘍径・リンパ節転移の有無・ホルモン受容体発現状況・核グレード・年齢などを総合的に判断することが求められる。

検索キーワード・参考にした二次資料

(1)PubMedで“Breast Neoplasms”,“Receptor, ErbB―2”,“Chemotherapy, Adjuvant”,“Trastuzumab”,“HER2 positive”のキーワードで検索した。医中誌・Cochrane Libraryも同等のキーワードで検索した。検索期間は2016年11月までとし,386件がヒットした。その中で本CQの主旨に合致する1編のシステマティック・レビュー1)をもとに,該当する8編の論文から定性的および定量的システマティック・レビューを行った。

(2) PubMedで“Breast neoplasms”, “Adjuvant”,“Neoadjuvan”, “Pertuzumab”, “Randomized Controlled Trial”のキーワードで検索した。医中誌・Cochrane Libraryも同等のキーワードで検索した。検索期間は2018年11月までとし、108件がヒットした。一次スクリーニングにて15編の論文が抽出され、二次スクリーニングにて1編の論文に絞り込み、この1編を用いて定性的・定量的システマティック・レビューを行った。

エビデンス総体システマティックレビューメタアナリシス

参考文献

1)Moja L, Tagliabue L, Balduzzi S, Parmelli E, Pistotti V, Guarneri V, et al. Trastuzumab containing regimens for early breast cancer. Cochrane Database Syst Rev. 2012;(4):CD006243. [PMID:22513938]

2)Perez EA, Romond EH, Suman VJ, Jeong JH, Davidson NE, Geyer CE Jr, et al. Four―year follow―up of trastuzumab plus adjuvant chemotherapy for operable human epidermal growth factor receptor 2―positive breast cancer:joint analysis of data from NCCTG N9831 and NSABP B―31. J Clin Oncol. 2011;29(25):3366―73. [PMID:21768458]

3)Slamon D, Eiermann W, Robert N, Pienkowski T, Martin M, Press M, et al;Breast Cancer International Research Group. Adjuvant trastuzumab in HER2―positive breast cancer. N Engl J Med. 2011;365(14):1273―83. [PMID:21991949]

4)Buzdar AU, Valero V, Ibrahim NK, Francis D, Broglio KR, Theriault RL, et al. Neoadjuvant therapy with paclitaxel followed by 5―fluorouracil, epirubicin, and cyclophosphamide chemotherapy and concurrent trastuzumab in human epidermal growth factor receptor 2―positive operable breast cancer:an update of the initial randomized study population and data of additional patients treated with the same regimen. Clin Cancer Res. 2007;13(1):228―33. [PMID:17200359]

5)Joensuu H, Kellokumpu―Lehtinen PL, Bono P, Alanko T, Kataja V, Asola R, et al;FinHer Study Investigators. Adjuvant docetaxel or vinorelbine with or without trastuzumab for breast cancer. N Engl J Med. 2006;354(8):809―20. [PMID:16495393]

6)Piccart―Gebhart MJ, Procter M, Leyland―Jones B, Goldhirsch A, Untch M, Smith I, et al;Herceptin Adjuvant(HERA)Trial Study Team. Trastuzumab after adjuvant chemotherapy in HER2―positive breast cancer. N Engl J Med. 2005;353(16):1659―72. [PMID:16236737]

7)Gianni L, Eiermann W, Semiglazov V, Manikhas A, Lluch A, Tjulandin S, et al. Neoadjuvant chemotherapy with trastuzumab followed by adjuvant trastuzumab versus neoadjuvant chemotherapy alone, in patients with HER2―positive locally advanced breast cancer(the NOAH trial):a randomised controlled superiority trial with a parallel HER2―negative cohort. Lancet. 2010;375(9712):377―84. [PMID:20113825]

8)Spielmann M, Roche H, Delozier T, Canon JL, Romieu G, Bourgeois H, et al. Trastuzumab for patients with axillary―node―positive breast cancer:results of the FNCLCC―PACS 04 trial. J Clin Oncol. 2009;27(36):6129―34. [PMID:19917839]

9)Cameron D, Piccart―Gebhart MJ, Gelber RD, Procter M, Goldhirsch A, de Azambuja E, et al;Herceptin Adjuvant(HERA)Trial Study Team. 11 years’ follow―up of trastuzumab after adjuvant chemotherapy in HER2―positive early breast cancer:final analysis of the HERceptin Adjuvant(HERA)trial. Lancet. 2017;389(10075):1195―205. [PMID:28215665]

10)Pivot X, Romieu G, Debled M, Pierga JY, Kerbrat P, Bachelot T, et al;PHARE trial investigators. 6 months versus 12 months of adjuvant trastuzumab for patients with HER2―positive early breast cancer(PHARE):a randomised phase 3 trial. Lancet Oncol. 2013;14(8):741―8. [PMID:23764181]

11) van Ramshorst MS, van der Heiden-van der Loo M, Dackus GM, Linn SC, Sonke GS. The effect of trastuzumab-based chemotherapy in small node-negative HER2-positive breast cancer. Breast Cancer Res Treat. 2016;158(2):361-71. [PMID: 27357813]

12)  von Minckwitz G, Procter M, de Azambuja E, Zardavas D, Benyunes M, Viale G, et al; APHINITY Steering Committee and Investigators. Adjuvant pertuzumab and trastuzumab in early HER2-positive breast cancer. N Engl J Med. 2017;377(2):122-31. [PMID: 28581356]

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