2021年3月31日更新

総説 初期治療

1.初期治療

1)早期乳癌に対する初期治療の目的

早期乳癌に対して周術期に行う薬物療法の目的は,潜在的な微小転移を制御することにより,病気を治癒し生存期間を延長させることである。薬物療法には,内分泌療法,化学療法および抗HER2療法があり,それぞれ特性は違うがいずれも無病生存期間(DFS)と全生存期間(OS)を改善することを目的とする。治療効果予測因子の有無により,内分泌療法(ホルモン受容体の発現)および抗HER2療法(HER2蛋白の過剰発現もしくはHER2遺伝子増幅)の適応を検討する。化学療法は,腋窩リンパ節転移の有無や腫瘍径などの病理学的因子(予後因子)により再発リスクを推定し,もしくは多遺伝子アッセイの結果を参考にするなどして,施行するかどうかを決める。抗HER2療法は,化学療法を併用して行うことが標準である。術前に薬物療法を行うことにより,乳房温存療法が可能となることが期待される場合には,その施行を検討する。遺伝子発現の違いによるサブタイプ分類(intrinsic subtype)による治療の個別化の試みが模索され,その成果が報告されつつある。しかしながら,わが国の現状として,研究を超え広く臨床応用できる状況には至ってはおらず,免疫組織化学法の結果でこれを代用し治療方針を決定しているのが現状である。

2)周術期の内分泌療法について

乳癌の内分泌療法は,Beatsonにより1896年に進行乳癌に対する両側卵巣摘出術の有効性が報告されたことに始まる1)。その後,1960年代にエストロゲン受容体が発見され,タモキシフェンが乳癌に有効であることがわかってから,内分泌療法を目的としての手術療法は行われなくなり,薬物療法が治療の中心となった。

乳癌内分泌療法のキードラッグであるタモキシフェンは,乳癌細胞の核内に存在するエストロゲン受容体(ER)とエストロゲンとの結合を競合的に阻害して,エストロゲン依存性の乳癌増殖を抑制する薬剤である2)。閉経前女性では主に卵巣から女性ホルモンが供給される。LH―RHアゴニストの投与は,卵巣摘出術と同等の効果が得られる。

閉経後女性では副腎から分泌された男性ホルモンが末梢組織等のアロマターゼにより女性ホルモンに変換され供給される。閉経後の周術期内分泌治療薬として,第三世代のアロマターゼ阻害薬(アナストロゾール,レトロゾール,エキセメスタン)が,現在わが国を含め世界中で広く使用されている。

3)周術期の化学療法について
(1)CMF療法

1975年に,ミラノのNational Cancer Instituteで施行された多剤併用レジメン,CMF(シクロホスファミド+メトトレキサート+フルオロウラシル)療法の有効性がBonadonnaらにより初めて報告された3)。Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG)によるメタアナリシスにより,CMFは年間再発率(annual odds of recurrence;AOR)を手術単独に比べて24%低下させることが示された4)。CMF療法は手術単独と比較して生存率の向上が示された最初の多剤併用療法である。また,BonadonnaらはこのCMF療法のデータを解析することにより,relative dose intensity(RDI)が85%未満の症例では予後不良であることを示し,RDIの重要性をすでにこの時代に報告していたことは注目に値する。

(2)アンスラサイクリン系薬剤

アンスラサイクリン系薬剤を含むレジメンには,AC,EC,FEC,canadian CEF,CAFなどさまざまなものがあるが,EBCTCGによるメタアナリシスにより,アンスラサイクリン系薬剤を含むレジメンはCMFと比較してAORをさらに12%低下させることが示された4)。しかし,これらさまざまなアンスラサイクリン系薬剤を含むレジメンのうち,わが国でよく用いられているACとCMFを直接比較した2つの臨床試験の結果では,ACとCMFの有効性には差を認めていない5)。NCIC CTG MA5試験では,いわゆるcanadian CEF(1サイクルあたりエピルビシンが合計120 mg/m2投与される)とCMFの比較ではcanadian CEFのほうが有効性において優れていた。しかしながらMA. 5試験の後ろ向き解析の結果,HER2陰性症例においてはCEF群とCMF群において有効性に差を認めなかった6)

以上より,EBCTCGによるメタアナリシスによって,アンスラサイクリン含有レジメンはCMFより優れているという認識が広く浸透しているが,レジメンにより効果に差がある可能性があること,薬物療法を行う際は個々の症例の生物学的特性を考慮して決める必要があることを理解しておくことが大切である。アンスラサイクリンの治療効果予測因子の研究は精力的に行われてきたものの,その有用性が確立したものはない。

(3)タキサン系薬剤(薬物FQ1参照)
(4)Dose―dense療法

Norton-Simon仮説とは,腫瘍量が多いとき(増殖が遅いとき)には化学療法の感受性が低く,腫瘍が小さいとき(増殖が早いとき)には化学療法の効果が高いというものであり,dose-dense療法の理論的根拠となっている。

化学療法の効果は単位時間あたりに投与される薬剤の量(dose-intensity;DI)に影響を受ける。DIを保つには,一回あたりの投与量を高めるdose-escalationという方法と,投与間隔を縮めて投与するdose-denseという方法がある。Dose-escalationの考え方に基づいて多くの臨床試験が行われてきたがその有効性を示すことができなかった。

CALGB 9741試験は,dose-dense,つまり,投与間隔を短縮して抗腫瘍効果を高めるという理論に基づいて行われた7)。この結果をもとに米国ではdose-dense療法が,2003年以降,乳癌術後化学療法の標準的治療として行われるようになった。日本でも持続型G-CSF製剤であるペグフィルグラスチムが米国に10年遅れてようやく承認されたためdose―dense療法が可能となった(薬物CQ11参照)。

(5)化学療法誘発性無月経

閉経前ER陽性乳癌に対して内因性のエストロゲンレベルを低下させることは,その治療効果にとって重要である。周術期化学療法で使用する薬剤の一部には卵巣機能抑制を誘導するものがあり,その治療効果は化学療法による直接的な細胞障害活性に加えて閉経誘導による内分泌療法としての意義が加わる。化学療法にて一時的に閉経が誘導されても,アロマターゼ阻害薬の投薬により卵巣機能の回復が認められる場合がある。そのままアロマターゼ阻害薬を単独に使用した場合予後不良となる可能性があり慎重に対応する必要がある。

(6)術前化学療法の適応

術前化学療法は,主に手術不能局所進行乳癌および炎症性乳癌に対して行われてきたが,腫瘍サイズの大きさから乳房温存手術が困難である手術可能浸潤性乳癌に術前化学療法を行った場合に乳房温存率が向上するため,患者が乳房温存手術を希望する場合は,術前化学療法の相対的適応となる(☞外科BQ3参照)。術前化学療法を施行する前には必ず組織診を行い,浸潤性乳癌であることを病理学的に確認しなければならない。また,周術期薬物療法の本来の目的である再発抑制効果は,術前化学療法と術後化学療法で同等であるため,術前化学療法では術後化学療法で推奨されるレジメンと同じものを使用する。

術前化学療法後に病理学的完全奏効(pathological complete response;pCR)を得た患者の予後は,ER陰性乳癌やHER2陽性乳癌では良好である可能性が報告されている。一方,ER陽性HER2陰性の症例では,pCRと予後とが相関しないとの報告もある。臨床試験において,pCRを治療効果の指標として利用することには注意が必要である8)(乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編2018年版,病理BQ3参照)。

4)周術期の抗HER2療法について

HER2(Human Epidermal growth factor Receptor 2)陽性乳癌の術後療法として,リンパ節転移が陰性かつ腫瘍径が小さな腫瘍以外は,化学療法と併用のうえでトラスツズマブの投与を考慮する。現時点での至適投与期間は1年である。再発抑制効果は,ハザード比でおよそ30~50%の低減が見込まれる。主な毒性は心毒性であるが,適切な治療を行えば可逆的であることが多い。トラスツズマブは,化学療法(主にタキサン)と同時に併用するほうが化学療法終了後に投与を開始するよりも再発抑制効果が高いことが示唆されている9)

術前療法において抗HER2療法と化学療法の併用は高い確率でpCRを獲得することが示されており,臨床試験に限らず実臨床においても抗HER2療法を術前に開始する場合が多い。術前に抗HER2療法を開始した場合,抗HER2療法の至適期間は,術前および術後を合計して1年間の投与となる。トラスツズマブ以外の抗HER2薬の周術期治療法の開発が複数進められており,その場合はトラスツズマブ1年間投与にいずれかの方法で別の抗HER2薬を追加使用する有用性が検討されている。Neratinib(未承認)は低分子チロシンキナーゼ阻害薬で,HER1,2,4を不可逆性に阻害する。術後療法としてトラスツズマブ終了後にneratinibを投与することで予後が改善された10)

5)サブタイプ分類(intrinsic subtype)と周術期治療の個別化

ザンクトガレンコンセンサス会議で免疫組織化学法によるサブタイプ分類が提唱されたため,これが一般的なサブタイプの分類法と受け取られているが,遺伝子発現プロファイルにより,乳癌を生物学的特性と予後の異なった5つのintrinsic subtype,すなわちluminal A,luminal B,HER2,basal-like,normal breast―likeに分類できると提唱されたことがそもそもの始まりで,免疫組織化学法による分類はこれの代用である11)。個別化治療への応用が期待されてはいるが,実地医療で広く使用するには問題が多い。免疫組織化学法を用いて分類する方法では,ER,PgR,HER2,Ki67により分類されるが,そもそもKi67の検査方法が標準化されていないため,個別の腫瘍を再現性よくサブタイプに分類することは不可能である。サブタイプ分類に使用できる遺伝子発現プロファイルは複数あるが,個別の腫瘍が分類されるサブタイプはbasal-likeを除いて遺伝子発現プロファイル間で必ずしも一致せず,あるプロファイリング法ではluminal Aに分類された腫瘍が,別のプロファイリング法ではluminal BやHER2に分類されるということがしばしば起こる。さらには,ある特定のプロファイリング法を使用したとしても,検査によって個別の腫瘍が分類されるサブタイプが異なるという問題点も指摘されている12)ホルモン受容体陽性乳癌のうち,化学療法の効果が低いものをluminal A,効果が高いものをluminal Bとする考え方があるが,個別の腫瘍を再現性高くいずれかに分類する方法が存在しない以上,あくまで概念的なものでしかない。実臨床で使用する場合には,十分な注意が必要である(乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編2018年版,病理:総説1参照)。

6)妊孕性温存

今日、不妊患者に対する生殖補助医療(ART:assisted reproductive technology)は有効性・安全性が確立しており、がん・生殖医療においても重要な技術のひとつとされている。若年女性が乳癌に罹患し周術期に化学療法の施行を選択する場合、妊孕性の温存が大きな問題となる。このため薬物療法開始前に将来の挙児希望について話し合い、挙児希望がある場合は生殖医療専門医と連携し治療計画を立てる必要がある。パートナーがいる場合、胚(受精卵)の凍結保存は、不妊症患者に対するARTとして、その有効性・安全性がほぼ確立した技術とされているため、胚(受精卵)の凍結保存は、米国生殖医学界、ASCO、国際妊孕性温存学会、日本がん・生殖医療学会13)および日本癌治療学会14)等のガイドラインで推奨されている。日本産科婦人科学会の統計では胚あたりの妊娠率は30~35%と比較的高い。一方、パートナーがいない場合は未受精卵子凍結保存が考慮されるが、融解卵子1個あたりの妊娠率は4.5~12%15)にとどまる。卵巣組織の凍結保存はパートナーの有無によらず考慮されるが、摘出した卵巣の利用は現時点では自己移植のみで、移植組織に腫瘍組織が含まれる可能性も指摘されている。まだ研究段階の方法と位置づけられている16)。その他、LH-RHアゴニストは化学療法誘発性閉経の予防目的では使用可能であるが、妊孕性維持を目的とした使用のエビデンスは乏しい。

7)バイオ医薬品とバイオシミラー(バイオ後続品)

バイオ医薬品は、遺伝子組み換え技術を応用して生きた細胞(細胞、酵母、細菌など)で生産され、化学合成の医薬品と比べて分子量が大きく複雑な構造をしている。有効成分は抗体、サイトカイン、インスリンなどタンパク質由来の医薬品である。癌や糖尿病の他に、血液疾患、自己免疫疾患など稀少疾患で有効性が示されている。
バイオシミラー(バイオ後続品)は、アミノ酸配列は先行品と同一であるが、先発品企業の特有の製造工程にはアクセスできないため、異なるプロセス(異なる細胞株、培養工程、装置など)で製造されており糖鎖や不純物の割合など先行品と完全には一致しない。このため、厳格な品質試験、非臨床試験および臨床試験を通じて先行品との直接比較により、同等・同質の品質、有効性および安全性が担保されている。今日のバイオ医薬品は非常に高価であり、医療保険財政圧迫の要因となっている。バイオシミラー(バイオ後続品)の登場によって患者の経済的負担の軽減や医療費削減に貢献することが期待されている。

8)男性乳癌に対する初期治療

日本乳癌学会の全国乳がん患者登録調査報告によると男性の乳癌罹患率は女性患者の0.5%程度の頻度であり,女性に比べ5~10歳程度高い年齢層に発症する17。術後に内分泌療法が必要と判断された場合は,第一選択としてタモキシフェンの投与が勧められる。有害事象などの観点からタモキシフェン投与が困難な場合を除いて,術後内分泌療法としてアロマターゼ阻害薬の投与は基本的には勧められない。エビデンスには乏しいが術後化学療法や抗HER2療法は,女性乳癌に準じて行うことが勧められる18

参考文献

1)Stockwell S. Classics in oncology. George Thomas Beatson, M. D.(1848―1933). CA Cancer J Clin. 1983;33(2):105―21. [PMID:6402276]

2)Ingle JN, Ahmann DL, Green SJ, Edmonson JH, Bisel HF, Kvols LK, et al. Randomized clinical trial of diethylstilbestrol versus tamoxifen in postmenopausal women with advanced breast cancer. N Engl J Med. 1981;304(1):16―21. [PMID:7001242]

3)Bonadonna G, Brusamolino E, Valagussa P, Rossi A, Brugnatelli L, Brambilla C, et al. Combination chemotherapy as an adjuvant treatment in operable breast cancer. N Engl J Med. 1976;294(8):405―10. [PMID:1246307]

4)Polychemotherapy for early breast cancer:an overview of the randomised trials. Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group. Lancet. 1998;352(9132):930―42. [PMID:9752815]

5)Fisher B, Anderson S, Tan―Chiu E, Wolmark N, Wickerham DL, Fisher ER, et al. Tamoxifen and chemotherapy for axillary node―negative, estrogen receptor―negative breast cancer:findings from National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project B―23. J Clin Oncol. 2001;19(4):931―42. [PMID:11181655]

6)Pritchard KI, Shepherd LE, O’Malley FP, Andrulis IL, Tu D, Bramwell VH, et al;National Cancer Institute of Canada Clinical Trials Group. HER2 and responsiveness of breast cancer to adjuvant chemotherapy. N Engl J Med. 2006;354(20):2103―11. [PMID:16707747]

7)Citron ML, Berry DA, Cirrincione C, Hudis C, Winer EP, Gradishar WJ, et al. Randomized trial of dose―dense versus conventionally scheduled and sequential versus concurrent combination chemotherapy as postoperative adjuvant treatment of node―positive primary breast cancer:first report of Intergroup Trial C9741/Cancer and Leukemia Group B Trial 9741. J Clin Oncol. 2003;21(8):1431―9. [PMID:12668651]

8)von Minckwitz G, Untch M, Blohmer JU, Costa SD, Eidtmann H, et al. Definition and impact of pathologic complete response on prognosis after neoadjuvant chemotherapy in various intrinsic breast cancer subtypes. J Clin Oncol. 2012;30(15):1796―804. [PMID:22508812]

9)Slamon D, Eiermann W, Robert N, Pienkowski T, Martin M, Press M, et al;Breast Cancer International Research Group. Adjuvant trastuzumab in HER2―positive breast cancer. N Engl J Med. 2011;365(14):1273―83. [PMID:21991949]

10)Martin M, Holmes FA, Ejlertsen B, Delaloge S, Moy B, Iwata H, et al;ExteNET Study Group. Neratinib after trastuzumab―based adjuvant therapy in HER2―positive breast cancer(ExteNET):5―year analysis of a randomised, double―blind, placebo―controlled, phase 3 trial. Lancet Oncol. 2017;18(12):1688―1700. [PMID:29146401]

11)Sorlie T, Perou CM, Tibshirani R, Aas T, Geisler S, Johnsen H, et al. Gene expression patterns of breast carcinomas distinguish tumor subclasses with clinical implications. Proc Natl Acad Sci U S A. 2001;98(19):10869―74. [PMID:11553815]

12)Mackay A, Weigelt B, Grigoriadis A, Kreike B, Natrajan R, A’Hern R, et al. Microarray―based class discovery for molecular classification of breast cancer:analysis of interobserver agreement. J Natl Cancer Inst. 2011;103(8):662―73. [PMID:21421860]

13)日本がん・生殖医療学会編.乳がん患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療の手引き2017年版.東京,金原出版,2017.

14)日本癌治療学会編.小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017年版.東京,金原出版,2017.

15)Practice Committees of American Society for Reproductive Medicine; Society for Assisted Reproductive Technology. Mature oocyte cryopreservation: a guideline. Fertil Steril. 2013;99(1):37-43. [PMID: 23083924]

16)Loren AW, Mangu PB, Beck LN, Brennan L, Magdalinski AJ, Partridge AH, et al ; American Society of Clinical Oncology. Fertility preservation for patients with cancer: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2013;31(19):2500-10. [PMID: 23715580]

17)日本乳癌学会:全国乳がん患者登録調査報告2004年次症例から2015年次症例―確定版―

18)Korde LA, Zujewski JA, Kamin L, Giordano S, Domchek S, Anderson WF, et al. Multidisciplinary meeting on male breast cancer:summary and research recommenda

保護中: 乳癌診療ガイドライン2018年版

PAGETOP
Copyright © 一般社団法人日本乳癌学会 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.