2021年3月31日更新

CQ4.BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性に予防的内分泌療法は勧められるか?

6.癌遺伝子診断と乳癌発症予防

推 奨
BRCA遺伝子変異を有する女性に対してタモキシフェンによる予防的内分泌療法を行わないことを弱く推奨する。
〔推奨の強さ:3,エビデンスの強さ:とても弱い,合意率:83%(10/12)〕

背景・目的

海外ではBRCA遺伝子変異保持者の対策として予防的タモキシフェンの内服を行う場合がある。BRCA遺伝子変異保持者に限らず,乳癌のハイリスク女性を対象とした大規模臨床試験およびそのメタアナリシスで乳癌の発症リスクを下げることが示されており,乳癌の化学予防として期待されている。しかしその予防効果は確実でなく限界があることを理解する必要がある。これまでのBRCA遺伝子変異保持者を対象とした前向き試験のデータが乏しく,しかも複数の臨床研究があるものの症例対照研究の研究結果とも必ずしも一致していない。

BRCA遺伝子変異保持者において,乳癌の生涯発症リスクは26~84%と高率であり,またBRCA遺伝子変異を有する乳癌患者で対側乳癌を発症する10年累積発症率は18~40%である。したがって発症予防を行うことは非常に重要である。BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異保持者に対する乳癌の化学予防の有用性を検討した。

解 説

予防的内分泌療法の益のアウトカムとして未発症者の乳癌発症リスク低減効果(重要度9点),既発症者の対側乳癌発症リスク低減効果(重要度8点),また害のアウトカムとして子宮内膜癌発症リスク(重要度7点),子宮内膜癌以外の有害事象のリスク(重要度8点)を設定した。

BRCA遺伝子変異保持者(未発症者)に対する予防的内分泌療法を検討した研究は1件のみと限られており,乳癌発症予防の前向きランダム化比較試験のBreast Cancer Prevention Trial(NSABP P-1 trial)の中でサブセット解析した結果のみである。またBRCA遺伝子変異を有する乳癌患者に対するタモキシフェンの対側乳癌の発症予防に関しては6件のコホート研究がある。この6件の対側乳癌発症をアウトカムとした研究をエビデンスグレードの評価対象とした。

まず前述した最も大規模なNSABP P-1は13,338人のハイリスク女性〔60歳以上,あるいは5年間の累積乳癌発症リスクが1.7%以上,もしくはlobular carcinoma in situ(LCIS)症例〕を対象としたタモキシフェンとプラセボとのランダム化比較試験である。平均54カ月の観察期間では,タモキシフェン服用により浸潤癌のリスクが49%,非浸潤癌のリスクが50%減少した。ただしタモキシフェンによる乳癌発症予防はER陽性乳癌に限定されていた1)。タモキシフェンの予防効果を検証した4つの臨床試験のメタアナリシスの結果,タモキシフェンによる乳癌発症抑制率は38%であり,ホルモン受容体発現別の検討ではER陽性乳癌の発症率を48%抑制する一方,ER陰性乳癌に対する抑制効果は認められていない(二次資料①)。

BRCA遺伝子変異保持者の検討を行った乳癌未発症者に対する前向き予防的内分泌療法の効果を検証した研究として,P-1 trialの後ろ向き解析がある2)

P-1 trialで乳癌を発症した320人のうち,BRCA1およびBRCA2遺伝子解析が可能であった288人を調査したところ,19人(6.6%)に変異が認められた。その結果,タモキシフェンはBRCA2遺伝子変異保持者の乳癌発症リスクを62%減少させることが示唆されたが〔RR 0.38(95%CI 0.06-1.56)〕,BRCA1遺伝子変異保持者には効果は認められなかった〔RR 1.67(95%CI 0.32-10.7)〕2)しかし19人のうち,BRCA1遺伝子変異保持者が8人,BRCA2遺伝子変異保持者が11人と非常に少なかったこと,また信頼区間が広いこと,統計学的有意差を認めていないことから本解析の信頼性には限界がある。

一方,予防的内分泌療法の効果を示すもう一つの指標として,BRCA遺伝子変異を有する乳癌患者の薬物療法としてタモキシフェンを使用したことにより,対側乳癌の発症をどれだけ抑制できるかも臨床上重要である。BRCA1あるいはBRCA2遺伝子に変異を有する209人の異時性両側乳癌患者を症例群,384人の片側乳癌の患者を対照群とした症例対照研究がある(平均観察期間9.7年)。他の治療要因を考量した多変量モデルで対側乳癌の予防効果を検討したところタモキシフェン服用歴のある女性の対側乳癌発症リスクのオッズ比は0.50(95%CI 0.28-0.89)であった。BRCA1BRCA2遺伝子変異保持者の単変量解析によるオッズ比は0.38(95%CI 0.19-0.74),0.63(95%CI 0.20-1.50)であり,BRCA1遺伝子変異保持者のみに有意なリスク減少が認められている3)

今回の,われわれが行った6件のコホート研究3)~8)のメタアナリシスの結果ではタモキシフェンのBRCA1〔HR 0.44(95%CI 0.37-0.53)〕ならびにBRCA2〔HR 0.39 95%CI 0.30-0.49)〕遺伝子変異を有する乳癌患者の対側乳癌発症予防の効果が示された(図12)。しかし対象となった臨床試験がすべてコホート研究であり,また症例数にも限りがあるため,少なくともBRCA遺伝子変異陽性乳癌に対するタモキシフェンの対側乳癌の予防効果がある可能性は高いが,これをもってタモキシフェンのBRCA遺伝子変異保持者への乳癌の予防効果を証明することはできない。

BRCA1BRCA2遺伝子変異保持者に対するラロキシフェン,アロマターゼ阻害薬の予防効果に関するデータはみられない。

以上より現時点では,BRCA遺伝子変異を有する女性に対してタモキシフェンによる予防的内分泌療法を行わないことを弱く推奨する。またBRCA遺伝子変異陽性乳癌患者に対するタモキシフェンの内服はBRCA遺伝子変異の状況によって術後内分泌療法を変更する必要なく,臨床的判断に基づいて検討すべきである。

検索キーワード

PubMedで“Breast Neoplasms”,“Genes,BRCA1”,“Genes,BRCA2”,“Hereditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome”,“Antineoplastic Agents,Hormonal”,“Estrogen Antagonists”,“Estrogen Receptor Modulators”のキーワードと同義語で検索した。医中誌・Cochrane Libraryも同等のキーワードで検索した。検索期間は2014年10月~2017年7月とした。該当文献としてPubMed 23編,医中誌6編が抽出され,それ以外に1編の論文が追加された。一次スクリーニングで12編の論文が抽出され,二次スクリーニングにて内容が適切でないと判断した論文を除外し,最終的に7編の論文を対象に定性的および定量的システマティック・レビューを実施した。

参考にした二次資料

① Cuzick J, Powles T, Veronesi U, Forbes J, Edwards R, Ashley S, et al. Overview of the main outcomes in breast―cancer prevention trials. Lancet. 2003;361(9354):296―300. [PMID:12559863]

参考文献

1)Fisher B, Costantino JP, Wickerham DL, Redmond CK, Kavanah M, Cronin WM, et al. Tamoxifen for prevention of breast cancer:report of the National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project P―1 Study. J Natl Cancer Inst. 1998;90(18):1371―88. [PMID:9747868]

2)King MC, Wieand S, Hale K, Lee M, Walsh T, Owens K, et al;National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project. Tamoxifen and breast cancer incidence among women with inherited mutations in BRCA1 and BRCA2:National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project(NSABP―P1)Breast Cancer Prevention Trial. JAMA. 2001;286(18):2251―6. [PMID:11710890]

3)Narod SA, Brunet JS, Ghadirian P, Robson M, Heimdal K, Neuhausen SL, et al;Hereditary Breast Cancer Clinical Study Group. Tamoxifen and risk of contralateral breast cancer in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers:a case―control study. Hereditary Breast Cancer Clinical Study Group. Lancet. 2000;356(9245):1876―81. [PMID:11130383]

4)Gronwald J, Robidoux A, Kim―Sing C, Tung N, Lynch HT, Foulkes WD, et al;Hereditary Breast Cancer Clinical Study Group. Duration of tamoxifen use and the risk of contralateral breast cancer in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. Breast Cancer Res Treat. 2014;146(2):421―7. [PMID:24951267]

5)Metcalfe K, Lynch HT, Ghadirian P, Tung N, Olivotto I, Warner E, et al. Contralateral breast cancer in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. J Clin Oncol. 2004;22(12):2328―35. [PMID:15197194]

6)Phillips KA, Milne RL, Rookus MA, Daly MB, Antoniou AC, Peock S, et al. Tamoxifen and risk of contralateral breast cancer for BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. J Clin Oncol. 2013;31(25):3091―9. [PMID:23918944]

7)Reding KW, Bernstein JL, Langholz BM, Bernstein L, Haile RW, Begg CB, et al;WECARE Collaborative Study Group. Adjuvant systemic therapy for breast cancer in BRCA1/BRCA2 mutation carriers in a population―based study of risk of contralateral breast cancer. Breast Cancer Res Treat. 2010;123(2):491―8. [PMID:20135344]

8)Xu L, Zhao Y, Chen Z, Wang Y, Chen L, Wang S. Tamoxifen and risk of contralateral breast cancer among women with inherited mutations in BRCA1 and BRCA2:a meta―analysis. Breast Cancer. 2015;22(4):327―34. [PMID:26022977]

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