2021年3月31日更新

総説 転移・再発乳癌

2.転移・再発乳癌

1)転移・再発乳癌に対する治療の目的

転移・再発乳癌は,局所再発を除いて治癒が困難である。化学療法を行った後の10年生存率は5%程度であり,20年を超えて完全奏効(complete response;CR)を継続しているのは2~3%でしかない1)2)。そのため,治療の目的は「生存期間の延長」と「生活の質(QOL)の維持・改善」である。しかしながら,治療法の進歩,特に1990年代以降の多数の新薬の登場により再発後の生存期間は徐々に延長してきた3)。また,再発までの期間が長い単発性の遠隔転移を有する患者など,ある特定の患者群では長期予後の可能性があることがわかってきた。

2)転移・再発乳癌に対する治療選択を行うにあたって考慮すべき因子

転移・再発乳癌は多様な背景をもつため,①患者の個別性,②これまで構築されたエビデンス,③患者の希望,の3つを治療選択において常に考える(後述)。

患者の個別性とは,腫瘍の生物学的特性(ER,PgR,HER2など),転移巣の場所(臓器)とその広がり,再発までの期間,術後薬物療法としてどの薬剤を使用したか,現時点での症状の有無,などである。

エビデンスに基づいて治療選択を行う重要性はいうに及ばない。しかし,転移・再発乳癌の臨床試験は多様な背景をもつ患者集団を対象とするため,データの解釈は単純ではない。したがって,エビデンスを目の前の患者に適用する際には慎重な考察が必要である。

患者の希望に沿った治療を行うのは転移・再発乳癌に限ったことではないが,治癒が困難ということを考慮すると,術後治療選択の際よりも,そのウエートは重くならざるを得ない。ただ,患者の希望に従い何でも許容するという姿勢にはならないように注意したい。

転移・再発乳癌の治療の際には,患者の個別性を把握し,標準治療を理解し,患者の希望を踏まえつつ最善の治療を選択することが求められる。治癒は困難であるものの,治療の手立てがない病態では決してないことを十分に説明して,希望を損なわない配慮が必要である。

3)転移・再発乳癌に対する治療原則(Hortobagyiのアルゴリズム)

転移・再発乳癌には全身治療すなわち薬物療法が原則として必要である。治療を開始する前には,治療効果予測因子(ER,PgR,HER2)の評価を必ず行う。可能であれば転移病巣から組織を採取して評価することが望ましいが,不可能である場合でも原発腫瘍については必ず行うべきである。薬物療法を選択する際には,種々の予後予測因子,効果予測因子を検討して,Hortobagyiが提唱した転移・再発乳癌治療のアルゴリズムやNCCN(The National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインが一般的に用いられている4)5)。すなわち,内分泌療法感受性があり,かつ軟部組織や骨転移,あるいは内臓転移であっても差し迫った生命の危険(例えば,広範な肝転移や肺転移,癌性リンパ管症など)がない場合,再発までの期間が長い症例などは,原則,内分泌療法から開始する。一次内分泌療法が奏効した場合は,無効になるまで治療を継続する。同様に二次,三次内分泌療法を行う。内分泌療法が全く奏効しなかった場合,あるいは内分泌療法が効かなくなった場合は化学療法に移行する。内分泌療法感受性がない場合,あるいは感受性があっても,差し迫った生命の危機がある内臓転移の場合,再発までの期間が短い場合などは化学療法を一次治療から順に行う。この際に使用する具体的な薬剤名は各論を参照されたい。ただ,このアルゴリズムはトラスツズマブ出現以前のものであることに注意が必要である。

転移・再発乳癌に対して局所療法を加えることで生存期間の延長が得られるケースは限定的である。少数転移(oligometastasis)に対する切除が生存率の延長に寄与する可能性はあるが,エビデンスは十分ではない。したがって,症状緩和や診断に有効性が高いと判断されたケースを除いて,日常臨床においては転移治療の主体は全身薬物療法であることを原則とすべきである。詳細は外科療法の項で記載するのでそちらを参照していただきたい(外科:4.転移・再発乳癌に対する外科手術 総説参照)。
造血幹細胞移植や自己骨髄移植を併用して骨髄毒性の軽減を図り,化学療法薬の1回投与量を可能な限り増量する大量化学療法がかつて臨床試験として行われた。多くの試験において,奏効率は高くなるものの,治療関連死や重篤な有害事象は大量化学療法群に多く,いくつかの試験で無増悪生存期間(PFS)の改善はみられたが,OSの延長は示されなかった。したがって,大量化学療法は臨床試験においてのみ行われる治療法であり,日常臨床では実施すべきではない。

これまでの報告をレビューすると,化学療法の同時併用は単剤投与よりも奏効率は高いものの毒性が増加し,臨床的に有意な生存期間の延長は認められない6)転移・再発乳癌の治療では単剤順次投与が勧められる。内分泌療法と化学療法を同時併用することは勧められず,順次投与が望ましい。

4)転移・再発乳癌に対する「一次・二次内分泌療法の定義」の変更について

米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology;ASCOガイドライン(2016年)では,再発後に「最初に使用する内分泌療法」を「一次内分泌療法」,その次の内分泌療法を「二次内分泌療法」と定義している7)。しかし,2015年までの乳癌診療ガイドラインでは,ASCOガイドラインとは異なり,「周術期(術前または術後)の内分泌療法に対する抵抗性」を考慮して,「一次内分泌療法」の定義は,「Stage Ⅳ乳癌および周術期に内分泌療法未使用の乳癌,あるいは,術後内分泌療法終了後,時間が経過している(12カ月以上)経過した再発乳癌に対する初回の内分泌療法」としていた。さらに,「二次内分泌療法」の定義は,「一次内分泌療法中および治療後の増悪,あるいは,周術期に内分泌療法投与中,あるいは終了後12カ月以内に再発した最初の内分泌療法」としていた。

日本の乳癌診療ガイドライン〔2015年版(前版)〕と国際的なガイドライン(ASCOガイドライン)を比較するとき,このように「一次・二次内分泌療法」の用語の定義に齟齬があるために,ガイドラインで推奨する治療がわかりにくいという指摘が以前より出ていた。今回の,2018年版乳癌診療ガイドラインからは,ASCOガイドライン(2016年)の定義に合わせて,転移・再発後に「最初に行う内分泌療法」は,その再発時期にかかわらず,すべて「一次内分泌療法」と定義し,その次の内分泌療法を「二次内分泌療法」と定義し直した。

ここで,「一次内分泌療法」と「二次(以降)内分泌療法」に関する代表的な大規模な臨床試験の「適格・不適格基準」の観点から,「周術期の内分泌療法に対する抵抗性」,「一次内分泌療法」および「二次内分泌療法」の定義について考えてみたい。

「一次内分泌療法」の臨床試験として行われた代表的な試験に,PALOMA―1および2試験とMONALEESA―2試験(ともに,CDK4/6阻害薬+レトロゾールvsレトロゾール)がある8)~10)。この3試験とも「一次内分泌療法」の試験であるが「周術期に内分泌療法投与中あるいは終了後12カ月以内に再発」した患者がすべて「不適格」になっているわけではない。実際に「不適格」になっているのは「非ステロイド性アロマターゼ阻害薬」を使用した患者だけあり,「タモキシフェン,エキセメスタン(ステロイド系アロマターゼ阻害薬)」は「周術期に内分泌療法投与中あるいは終了後12カ月以内に再発」しても「適格」とされた。

一方で,「一次内分泌療法」の臨床試験として行われたFIRST試験(フルベストラントvsアナストロゾール)や,Monarch 3試験(CDK4/6阻害薬+非ステロイド性アロマターゼ阻害薬vs非ステロイド性アロマターゼ阻害薬)では,2015年乳癌診療ガイドラインの定義のように,「周術期に内分泌療法投与中あるいは終了後12カ月以内に再発」した患者は,周術期の内分泌療法の種類にかかわらず,すべて「不適格」となっている。以上のように,臨床試験によって,「一次内分泌療法」の適格・不適格の基準が微妙に異なることがわかる11)12)

また,「二次(以降)内分泌療法」の臨床試験として行われた,BOLERO―2試験(エベロリムス+エキセメスタンvsエキセメスタン)では,「周術期に内分泌療法投与中あるいは終了後12カ月以内に再発した最初の内分泌療法」をすべて「適格」としているわけではない。実際に,この試験の「二次(以降)内分泌療法」の定義として,「適格」になるのは「非ステロイド性アロマターゼ阻害薬」を使用した患者だけであり,周術期の内分泌療法として「タモキシフェン」投与中に再発した患者は,試験での治療が「一次内分泌療法」扱いになり,この臨床試験では「不適格」になる。

前版の乳癌診療ガイドライン(2015年版)の,「周術期の内分泌療法に対する抵抗性」を考慮した「一次内分泌療法」および「二次内分泌療法」の定義は理にかなっているといえる。しかし,「周術期の内分泌療法抵抗性の定義」はまだ確立されておらず,臨床試験によってその定義は微妙に異なるのが現状である。現在の一部の臨床試験では,この定義に当てはまらない「一次内分泌療法」および「二次内分泌療法」の定義となっている。

再発時に最初に使用する薬剤の決定にあたって,周術期にどの薬剤を使用したかを考慮することは非常に重要ではある。しかしながら,周術期内分泌療法の種類を考慮した,適切なあるいは有効な次の治療を提示してくれるようなエビデンスは残念ながら現状ではまだない。

そのため,前版の乳癌診療ガイドライン(2015年版)よりも,ASCOガイドライン(2016年)における「一次内分泌療法」および「二次内分泌療法」の定義を用いたほうが,実臨床下で医師と患者が一緒に治療選択肢を検討するツールとなることを目指している本ガイドラインの理念に基づく,より実際的な定義になると考えた。

以上のような理由で,2018年版乳癌診療ガイドラインでは,前版の乳癌診療ガイドライン(2015年版)の「一次内分泌療法」,「二次内分泌療法」定義を踏襲せず,ASCOガイドライン(2016年)と同じ定義を採用することにした。

5)転移・再発乳癌に対する「一次・二次化学療法」の定義について

本ガイドラインにおける「一次化学療法」の定義は,その再発時期にかかわらず,転移・再発後に「最初に行う化学療法」とした。そして,その次に施行する化学療法を「二次化学療法」と定義した。
「一次化学療法(転移・再発後に最初に行う化学療法)」で推奨されるレジメンを決めるための因子として,「周術期化学療法の内容」と「転移・再発までの期間」が挙げられる。また,周術期化学療法としてアンスラサイクリンを使用した場合にはその総投与量も考慮しなければならない。

6)転移・再発乳癌に対する「一次・二次抗HER2療法」の定義について

本ガイドラインにおけるHER2陽性転移・再発乳癌に対する「一次抗HER2療法」の定義は,その再発時期にかかわらず,転移・再発後に「最初に行う抗HER2療法」とした。そして,その次に施行される治療を「二次抗HER2療法」と定義した。

「一次抗HER2療法(転移・再発後に最初に行う抗HER2療法)」で推奨されるレジメンを決めるための因子として,「周術期治療の内容」と「転移・再発までの期間(“treatment―free interval”)」が挙げられる。

7)転移・再発乳癌に対する抗HER2療法の“treatment―free interval”についての考え方

“Treatment―free interval”とは,「周術期化学療法終了から転移・再発乳癌発症までの期間」のことであるが,この“treatment―free interval”と転移・再発乳癌に対する初回治療の効果への影響についてはまだよくわかっておらず,十分なコンセンサスが得られていないのが現状である。

HER2陽性転移・再発乳癌に対する一次治療として計画されたCLEOPATRA試験の適格基準は,周術期化学療法(トラスツズマブ使用有無は問わない)から12カ月以上経過したものとしているが,同じく,一次治療として計画されたMARIANNE試験の適格基準は,周術期化学療法(トラスツズマブ使用有無は問わない)から6カ月以上経過したものとしている。また,二次治療として計画されたEMILIA試験は,トラスツズマブ+タキサンを含む治療後,6カ月以内を適格としている。つまり,EMILIA試験では6カ月以上経過した場合は除外基準としている。

このように,CLEOPATRA試験と,MARIANNEおよびEMILIA試験で,周術期化学療法後6~12カ月までの症例に対する扱いが異なってしまった。ASCOガイドライン2014とABC3では,この期間(“treatment―free interval”)を,CLEOPATRA試験の適格基準と同様に「12カ月」としている。一方,UpToDateでは,FDA(米国食品医薬品局)の考え方に準じて,「6カ月」としているが,これはMARIANNE・EMILIA試験の基準と同じである。

8)転移・再発乳癌を対象とした臨床試験の意義ある適切なエンドポイントとは?

転移・再発乳癌を対象とした臨床試験におけるエンドポイントとして,無増悪生存期間(progression-free survival; PFS)全生存期間(overall survival; OS)のどちらが適切かという重要なテーマについて,以前よりさまざまな議論がされてきた。今回の乳癌診療ガイドラインを改訂するにあたり,この問題の本質は何かについて考察した。

臨床試験におけるエンドポイントとは,対象とする薬剤の「臨床的有用性(clinical benefit)」を測る「ものさし」である。臨床試験の目指すところは患者の利益であることから,「真」のエンドポイントの一つは「OS」である。しかし,乳癌,特にエストロゲン受容体(ER)陽性乳癌は,転移・再発後の生存期間が長い。これは,臨床試験を行った場合,初回治療(プロトコール治療)の増悪後の生存期間(post-progression survival; PPS)が長いことを意味する。
2010年に報告された論文によると,1998〜2007年までの乳癌を対象とした76臨床試験では,PFSの中央値は6.9カ月であり,OSの中央値は20.5カ月であった13)。PPSを,PPS=OS-PFSと計算すると,この76臨床試験のPPSの中央値は13.6カ月となる。つまり,PPSはOSの約66%にも相当することがわかる。
主要エンドポイントをPFSではなく,OSとした場合のシミュレーションの結果の報告がある14)。このシミュレーションでは,PFSの3カ月の差(試験群9カ月,コントロール群6カ月)を,80%の検出力(統計学的パワー,statistical power)で検証するための必要な症例数を280例とした臨床試験を想定した。結果は,PFSで有意な差があった場合,PPSが6カ月であるとOSにも有意な差を認めるものの,PPSが1年を超すと,PFSで観察された有意な差をOSでは検出できなくなってしまうことが示された。
この論文では,さらに,PPSが長い癌種において,OSの差を検証するための臨床試験を計画した場合,どのくらいの症例数が必要であるかのシミュレーション結果も報告された14)。PPSが2カ月であった場合には350例の症例数が必要であるが,PPSが6カ月になると600例に増え,PPSが1年になると1,050例に,PPSが2年になると2,440例もの膨大な症例数が必要であると試算された14)。また,試験完遂期間についての検討もされており,PFSを主要エンドポイントとした場合に18カ月で完遂できる試験に対して,OSを主要エンドポイントとした場合,PPSが6カ月,12カ月,24カ月のときの試験完遂までの期間は,それぞれ29カ月,44カ月,90カ月必要と試算された14)。OS延長は真のエンドポイントであり,究極の治療目標である。しかし,OSを主要エンドポイントとすると,膨大な症例数とより長期の試験期間が必要となり,臨床試験自体の実現可能性が極めて乏しくなることが示された。このような理由により,乳癌を対象とした多くの臨床試験において,OSの「代替エンドポイント」として,PFSが主要エンドポイントとして採用されてきた。
OSに有意差が出ない原因として,クロスオーバーにまつわる問題もある。これまでにOS延長が認められた試験には,試験治療群のクロスオーバーが許容されていないものが多くあったとの指摘がある15)。全面的にクロスオーバーを禁止することは倫理的に問題があるため,仮にOS延長に大きく影響することが想定される非常に有効な治療薬の臨床試験を行っても,クロスオーバーを容認することで結果的に試験治療群がOSを延長することを示すことが難しくなることが想定される。
ところで,PFSを臨床試験の主要エンドポイントとした場合,どのようなメリットがあるだろうか? イベントの発生が早いこと,サンプル数が少なくて済むこと,後治療の影響がないことなどが挙げられ,OSを主要エンドポイントとした場合より,新薬承認までの期間が短縮できるだろう。しかし,PFSを主要エンドポイントとした場合には,症例数が少ないため,PPSが長くなるとOSを検証するにはunderpower(検出力不足)のためOSを検証することは非常に困難となる。OSに対して検出力が不足した場合,「OSに差があるかどうか正しく判断できない」という解釈になる。したがって,検出力不足の試験(乳癌におけるほとんどの臨床試験)においては,「OSに有意差がない」ことが「OSに対する効果がない」ことを意味するわけではないことを理解しておく必要がある。
一方で,PFSを主要エンドポイントとするデメリットについても理解しておかなければならない。まず,乳癌においてはPFSとOSの間に正の相関は示されていない16)。また,PFS評価における欠点として,「区間打ち切り」の問題がある17)18)。「区間打ち切り」とは「イベント発生が『ある区間』に生じたかどうかだけわかる」という意味である。OSは「OSイベント発生日」として「実際のイベント発生日」が記載されるが,PFSは「PFSイベント発生日」は実際のイベント発生日の後の「受診日(PD判明日)」が記載される。「区間打ち切り」の問題が顕在化すると,特定の時期にPDが集中するため,PFSのカプランマイヤー生存曲線のカーブは階段状になる。
PFSを主要エンドポイントとするもう一つ大きなデメリットとして,PFSの評価には「毒性(副作用)の強さ」が反映されていないことが挙げられる。毒性によるQOLの低下はその薬剤の「臨床的有用性」を低下させるため,乳癌において真のエンドポイントであるOSとPFSとの相関が示されていない以上,薬剤の臨床的有用性をPFSだけで判断するのは適切とはいえない。PFSを主要エンドポイントとした場合,その薬剤の「臨床的有用性」は,得られるPFS延長の長さという「益」と毒性の強さという「害」を両天秤に掛けて評価する必要があり,その方法論が現在検討されているところである19)
以上より,多くの新薬を開発するという観点から,乳癌において真のエンドポイントであるOSを主要エンドポイントとして臨床試験を行うことは,症例数などの面で非現実的である。一方で,新薬の臨床的有用性を正当に評価するためには,PFS延長という「益」と毒性によるQOL低下という「害」を適切に判断することが今後求められる19)

9)化学療法が奏効している場合に治療を継続すべきか

転移・再発乳癌の治療において,アンスラサイクリンを含む治療やタキサン,CMFでは,有害事象が軽度の場合は6カ月を超える治療の継続が勧められる。ただし,アンスラサイクリンの総投与量は心毒性の発現する危険性が低い範囲(ドキソルビシンで450~500 mg/m2まで,エピルビシンで800~900 mg/m2まで)にとどめるべきである。有害事象が強い場合や患者の希望がある場合はいったん治療を休止し,無治療で観察し増悪傾向を認めた場合に再度同じ化学療法を実施する方法も妥当である。有害事象の少ない他の治療の適応がある場合は,その治療への変更を考慮してもよい。臨床医は患者の有害事象の訴えとQOLを考慮して治療の継続の可否を判断することが必要である20)

10)QOLとは

治療による多少の延命よりも患者自身が感じる生活の質すなわちQOLの向上が重要であるとの考えから,癌患者におけるQOL評価の重要性が認識されるようになった21)。QOLとはそもそも人の主観的な事柄であり,医療者など第三者による評価が難しい概念である。よって,その評価は医療者が行うのではなく,患者自身から信頼性・妥当性の高い情報を集めて実施される。最も汎用されているデータ収集方法は,自己記入式の質問紙法である。代表的ながん特異的尺度にEORTC QLQ(European Organization for Research and Treatment of Cancer Quality of Life Questionnaire),FACT(Functional Assessment of Cancer Therapy)があり,日本独自の文化や習慣に合致するように開発された尺度としてはQOL―ACD(Quality of Life Questionnaire for Cancer Patients Targeted with Anticancer Drugs)がある。

これらの尺度はいずれも計量心理学あるいは古典的テスト理論と呼ばれる学問体系に裏打ちされた科学的手順に則って開発されたものであり,よくあるアンケート調査とは意味合いがまったく異なる。信頼性と妥当性が検証されている。

QOLを構成する最も基本的な構成要素は,「身体面」「心理面」「社会面」「機能面」とされる。例えば,「身体面」は身体の痛みはないか,副作用はないかなどで測るため,医療者でも比較的評価しやすいと考えられる一方で,「心理面」は患者自身でないと評価しづらい。このようにQOLは多面性をもつ概念ゆえ,目的に応じて測定すべき対象あるいは要素を限定することが必要条件となる22)

11)男性乳癌に対する転移・再発治療

転移・再発男性乳癌は患者数が少なく,そのエビデンスは限定される。その中でタモキシフェンの有効性を示すデータはある程度存在することから,ホルモン受容体陽性乳癌に対する第一選択はタモキシフェンになる。アロマターゼ阻害薬やフルベストラントなどの薬剤の有効性やLH―RHアナログを併用すべきかは現在定かではない。

化学療法や抗HER2療法もエビデンスは不十分とはいえ,疾患は稀少であり患者の利益と不利益を考慮すると,女性乳癌の治療方針に準じて薬物選択するのが妥当だと考える23)

参考文献

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