2021年3月31日更新

総説1 日本人女性の乳癌罹患率,乳癌死亡率の推移

1.疫学総論

癌対策の立案と評価には,地域,あるいは国レベルでの癌の罹患と死亡の把握が不可欠である。日本人女性における乳癌罹患率,死亡率についてどのようなリソースが存在し,どのような傾向があるかを知ることは乳癌の対策を立てるうえで重要である。

1)死亡率

わが国では,癌の死亡動向は厚生労働省の人口動態調査によって全数把握されている。人口動態調査は明治時代から実施されている政府統計であり,国際的にみても精度が高く,また公表時期も調査年から1年遅れと早い。人口動態統計による癌死亡データ(1958~2015年)ならびにそれを用いた種々のグラフは国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/dl/index.html)より入手可能である。

死亡率には,粗死亡率と年齢調整死亡率がある。粗死亡率とは,一定期間の死亡数を単純にその期間の人口で割った死亡率である。一方,年齢調整死亡率とは,集団全体の死亡率を基準となる集団の年齢構成(基準人口)に合わせたものである。一般に癌は高齢になるほど死亡率が高くなるため,高齢者が多い集団は高齢者が少ない集団より癌の粗死亡率が高くなる。そこで,年齢構成が異なる集団の間で死亡率を比較する場合や,同じ集団で死亡率の年次推移をみる場合には年齢調整死亡率が用いられる。基準人口として,国内では通例昭和60年(1985年)モデル人口(昭和60年人口をベースに作られた仮想人口モデル)が用いられ,国際比較などでは世界人口が用いられる。

2015年の人口動態統計(厚生労働省大臣官房統計情報部編)に基づく女性の癌死亡数は150,838人であり,このうち乳癌は13,584人であった。部位別では,大腸,肺,胃,膵臓に次いで第5位であり,全癌死亡に占める乳癌の割合は9.0%であった。年齢調整死亡率の推移(図1)をみると,1960年代より増加傾向を示していたが,2010年前後より横ばい傾向が見てとれる。Joinpoint 回帰分析を用いて年次推移を定量的に評価したKatanodaらの報告によると,1958~1962年はやや減少の傾向がみられ,1962~2008年は有意な増加が認められたが,2008~2013年は横ばいであった1)。年変化率は,1958~1962年が-1.0%,1962~1992年が1.9%,1992~1997年は3.4%と増加がより顕著になったが,1997~2008年には1.3%とやや落ち着き,2008~2013年は0%となった。年齢階級別乳癌死亡率の年次推移(図2)をみると,高齢ほど近年の増加が顕著であり,60歳以上の年齢階級では増加傾向がみられた。一方,40~54歳の年齢階級においては,2000年頃より減少傾向がみられる。前述のように,日本人女性の乳癌死亡率が増加から横ばいに転じた一因として,この年齢層の死亡率低下が寄与しているといえる。年齢階級別死亡率(図3)をみると,1970年,1985年,2000年は55歳から59歳にピークがあり,その後,横ばいを示すものの80歳代から再び増加している。2015年の死亡率は60~64歳でピークを迎え,その後は横ばい,80歳代で再び増加を示している。2015年は2000年に比べ死亡率のピークが高齢化しており,また,40歳代~50歳代前半の年齢層における死亡率が低く,この年齢層における近年の死亡率低下がここにも表れている。

2)罹患率

わが国では,死亡と異なり,癌罹患に関するデータを国として系統的に把握するシステムが確立されていなかった。罹患率を推定するためには,ある集団を設定し,その集団で一定期間に発生した罹患数を把握する必要がある。これを実現するためには地域がん登録が不可欠であり,癌対策の立案と評価のために世界の多くの国や地域で行われている。日本では,1950年代に宮城県,広島市,長崎市で開始され,次いで1960年代に大阪府,愛知県などで始められた。2012年には宮崎県と東京都で開始され,すべての都道府県(47都道府県と1市)で地域がん登録事業が実施されている。さらに,2013年12月にがん登録推進法が制定され,2016年1月から全国がん登録が開始された。データの整備にはまだ時間がかかるであろうが,2018年末頃には全国がん登録による罹患率,2023年には全国がん登録に基づく生存率の結果が公表されることが期待できるであろう。

現在,わが国では,地域がん登録の精度がさまざまであるため,一定の精度基準を満たした数府県~20数府県(年度によって数が異なる)の地域がん登録のデータをもとに全国推計値を算出することで,国レベルの癌の罹患状況を把握している。1975~1999年の全国がん罹患推計は厚生労働省がん研究助成金による「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」班が罹患データの収集,解析・公表を行っている。2000年以降の推計(1995年以降の再推計を含む)は,国立がんセンター(現国立がん研究センター)がん対策情報センターが担当している。各地域からのデータ提出と集計作業には時間がかかるため,公表時期は罹患年より5~6年遅れとなっており,2017年8月現在,全国がん罹患推計の最新年は2012年である。これらのデータも前述の国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/dl/index.html)より入手可能である。

28府県の地域がん登録データに基づく2012年の推計値によると,女性の癌罹患数は361,268人,うち乳癌は73,997人であった。これは全部位の20.5%を占め,女性の癌の中では最も頻度が高い部位である。図1に示す罹患データは,年次推移の検討を目的として,山形・福井・長崎の3県の地域がん登録データを合わせて実測値として集計したものである。この3県の地域がん登録は,長期的に登録精度が高く安定しているため,登録精度の変化が罹患率の増減に及ぼす影響が小さいと考えられている。1985~2010年の罹患率は,一貫して増加傾向を示している。死亡率と同様にKatanodaらのJoinpoint回帰分析の結果をみると,年変化率3.9%で1985~2010年まで一貫して有意に増加していた1)。また上皮内癌を含む罹患率は,1985~2002年が3.8%,2002~2010年は5.9%と有意な増加傾向を示していたが,近年の年変化率のほうがより顕著であった。年齢階級別乳癌罹患率の年次推移(図4)をみると,45~54歳の年齢階級の罹患率が高く,年次推移としては年ごとのばらつきが大きいものの,45歳以上では概ね増加傾向を示していた。年齢階級別罹患率(図5)をみると,1985年の年齢階級別罹患率は55~59歳にピークがあり,その後,横ばいないしは緩やかな減少傾向を示していたが,2000年および2010年では45~49歳にピークがあり,その後,加齢に伴い減少傾向を示していた。

3)国際比較

世界の癌罹患情報は,各国の地域がん登録の情報に基づき「5大陸がん罹患」として国際がん研究機関より発行されている2)。また,死亡情報に関しては,世界保健機関(WHO)が死亡データベースとして,世界各国の死因別死亡データを集計している3)。日本人女性の乳癌の年齢調整罹患率は,欧米諸国に比べて2分の1程度であり,年次推移をみると,日本や中国では増加傾向が続いているのに対して,欧米諸国では,2000年頃を境に増加傾向から横ばいないしは減少傾向を示している。日本人女性の乳癌の年齢調整死亡率は,欧米諸国の3分の2程度である。年次推移は,欧米諸国が1990年前後を境に減少に転じているのに対して,日本では増加傾向から,近年になり横ばいに転じたところである。

 

参考文献

1)Katanoda K, Hori M, Matsuda T, Shibata A, Nishino Y, Hattori M, et al. An updated report on the trends in cancer incidence and mortality in Japan, 1958—2013. Jpn J Clin Oncol. 2015;45(4):390—401. [PMID:25637502]

2)Ferlay J, Bray F, Steliarova—Foucher E, Forman D. Cancer Incidence in Five Continents, CI5plus. IARC CancerBase No. 9. Lyon, International Agency for Research on Cancer;2014. http://ci5.iarc.fr

3)World Health Organization mortality database. http://www.who.int/healthinfo/mortality_data/en/

保護中: 乳癌診療ガイドライン2018年版

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