2021年3月31日更新

BQ9.乳癌術後患側上肢リンパ浮腫に対する予防・治療は勧められるか?

2.乳癌初期治療における腋窩手術

ステートメント
・予防:術後リンパ浮腫に対する適切な予防指導(スキンケア),運動療法は発症率を減少させ,発症時の早期介入の機会を増やす。患者や家族が行う用手的セルフリンパドレナージによる上肢リンパ浮腫の予防効果を明確に示すデータはない。
・治療:弾性着衣・弾性包帯を用いた圧迫療法,圧迫下の運動を主体とした複合的治療は上肢リンパ浮腫の病期にかかわらず有効である。

背 景

乳癌術後の上肢リンパ浮腫は,腋窩郭清や照射によって生じ得る上肢の機能障害の一つである。腋窩手術後に上肢リンパ浮腫を発症する頻度はセンチネルリンパ節生検で0~13%,腋窩郭清では7~77%と報告には大きな幅があり1),2 cm以上の周径増大は23~38%にみられ,71%の症例が術後1年以内に発症すると報告されている。わが国の実態調査によれば,同部位の周径が健側より1 cm以上増大した場合を有意な左右差とみなした場合の発症率は50.9%であった(二次資料から引用)。ここではそのリスク因子および予防と複合的治療の有用性について概説した。

解 説

日本乳癌学会班研究(2006年度)による実態調査の結果における,多変量解析では肥満(BMI≧25),拡大術式,領域リンパ節への照射,補助療法なし,予防教育なしが術後患側上肢リンパ浮腫発症の有意なリスク因子であった。Showalterらは,腋窩郭清を伴う乳癌術後1年間におけるリンパ浮腫発症の危険因子は,単変量解析では人種(非白人・非黒人),切傷,サウナ,多変量解析ではサウナ,人種のみが検出されたと報告した2)。また,Spechtらは乳癌術後3カ月以降の患側上肢体積の10%以上の増加を生じる危険因子は,腋窩郭清,高BMIと術後3カ月以内の患側上肢の体積増加であると報告した3)

従来,発症リスクの一つとされてきた「患肢で重いものを持つ」行為に関連するものとして,ウェイトリフティングに関するランダム化比較試験が複数報告されており,Schmitzらは乳癌術後ウェイトリフティング(ベンチプレス)による介入群と対照群各77例のランダム化比較試験において,プログラムされたスローペースの漸増ウェイトリフティングではリンパ浮腫の発症率が増えないことを証明した4)。リンパ浮腫患者に対するベンチプレスを用いた治療介入についてはKimらが,20例ずつのランダム化比較試験において介入群で近位側の浮腫が有意に改善したと報告している5)。Cormieらはランダム化比較試験で62例を負荷運動の程度別に3群で患肢の周径と体積を前後比較したが,高負荷群においてもリンパ浮腫,症状とも増悪を認めなかったと報告している6)

上肢リンパ浮腫に対する予防目的での介入については,スキンケア指導による皮膚の保護や感染,肥満の予防が広く行われており,リンパ浮腫診療ガイドラインでも推奨されている。また,Lacombaらは116例の乳癌術後症例に対して術直後から患者指導に運動療法を中心とした介入を加える群と患者指導のみの群にランダムに振り分け,2 cm以上の周径増大を示す発症率を1年後に比較したところ,介入群では7%,対照群では25%と前者で有意に低値であった(p=0.01)7)。また介入群のほうが発症の診断が早いという利点も報告された。一方,発症予防のための用手的リンパドレナージについてはDevoogdtらが,介入群76例(標準的予防教育+エクササイズ+用手的リンパドレナージを6カ月継続)を1年後に対照群84例(標準的予防教育+エクササイズ)と比較したところ,リンパ浮腫の発症率に差がみられず,他の前向き試験の報告も併せて用手的リンパドレナージの予防的効果は懐疑的であると結論付けた8)

治療には圧迫療法,圧迫下の運動,圧迫±用手的リンパドレナージ,スキンケアなどを併用する複合的治療(従来の複合的理学療法にセルフケア等の日常生活指導を加えた包括的治療)が推奨され,特に圧迫療法は国際リンパ学会のStageⅠ~Ⅲのすべてにおいて治療の基本となる。Vignesらは続発性リンパ浮腫537例の前向きコホート研究で,弾性着衣,弾性包帯,リンパドレナージを用いた初期治療後の維持療法の効果を検討した。結果,リンパ浮腫の治療効果に悪影響を及ぼすのは圧迫療法のコンプライアンス不良であり用手的リンパドレナージのコンプライアンス不良は影響しない,と圧迫療法の重要性を強調した9)。Partschらは上下肢の適正な圧迫圧について比較検討し,初期治療においては上肢で30 mmHg以下,下肢で30~40 mmHg程度が適正であると結論付けた10)。その他の発症予測因子や治療選択肢の優位性等についても,論文数は着実に増えてきた11)

以上より,術後上肢リンパ浮腫のリスク因子としては腋窩郭清,高BMI,人種,術後3カ月以内の患側上肢の体積増加が報告されている。予防については,患者指導(スキンケア)に運動療法を加えた介入が,リンパ浮腫発症時の診断も早く有用であり,発症後は速やかに圧迫療法を中心とした複合的治療を開始することが重要である。外科治療の有効性に関しては外科療法FQ4を参照されたい。

検索キーワード・参考にした二次資料

「乳癌診療ガイドライン①治療編2015年版」の同クエスチョンの参考文献に加え,PubMedで“Breast Neoplasms”,“Lymphedema”のキーワードで検索した。検索期間は2014年1月から2016年11月までとし,81件がヒットした。これらの中から主要な論文を抽出した。二次資料としてリンパ浮腫診療ガイドライン(金原出版,2014),日本乳癌学会班研究によるリンパ浮腫の実態調査結果(脈管学50:715―720,2010)を用いた。

参考文献

1)Boneti C, Korourian S, Bland K, Cox K, Adkins LL, Henry―Tillman RS, et al. Axillary reverse mapping:mapping and preserving arm lymphatics may be important in preventing lymphedema during sentinel lymph node biopsy. J Am Coll Surg. 2008;206(5):1038―42;discussion 1042―4. [PMID:18471751]

2)Showalter SL, Brown JC, Cheville AL, Fisher CS, Sataloff D, Schmitz KH. Lifestyle risk factors associated with arm swelling among women with breast cancer. Ann Surg Oncol. 2013;20(3):842―9. [PMID:23054109]

3)Specht MC, Miller CL, Russell TA, Horick N, Skolny MN, O’Toole JA, et al. Defining a threshold for intervention in breast cancer―related lymphedema:what level of arm volume increase predicts progression? Breast Cancer Res Treat. 2013;140(3):485―94. [PMID:23912961]

4)Schmitz KH, Ahmed RL, Troxel AB, Cheville A, Lewis―Grant L, Smith R, et al. Weight lifting for women at risk for breast cancer―related lymphedema:a randomized trial. JAMA. 2010;304(24):2699―705. [PMID:21148134]

5)Kim DS, Sim YJ, Jeong HJ, Kim GC. Effect of active resistive exercise on breast cancer―related lymphedema:a randomized controlled trial. Arch Phys Med Rehabil. 2010;91(12):1844―8. [PMID:21112424]

6)Cormie P, Pumpa K, Galvao DA, Turner E, Spry N, Saunders C, et al. Is it safe and efficacious for women with lymphedema secondary to breast cancer to lift heavy weights during exercise:a randomised controlled trial. J Cancer Surviv. 2013;7(3):413―24. [PMID:23604998]

7)Torres Lacomba M, Yuste Sánchez MJ, Zapico Goñi A, Prieto Merino D, Mayoral del Moral O, Cerezo Téllez E, et al. Effectiveness of early physiotherapy to prevent lymphoedema after surgery for breast cancer:randomised, single blinded, clinical trial. BMJ. 2010;340:b5396. [PMID:20068255]

8)Devoogdt N, Christiaens MR, Geraerts I, Truijen S, Smeets A, Leunen K, et al. Effect of manual lymph drainage in addition to guidelines and exercise therapy on arm lymphoedema related to breast cancer:randomised controlled trial. BMJ. 2011;343:d5326. [PMID:21885537]

9)Vignes S, Porcher R, Arrault M, Dupuy A. Long―term management of breast cancer―related lymphedema after intensive decongestive physiotherapy. Breast Cancer Res Treat. 2007;101(3):285―90. [PMID:16826318]

10)Partsch H, Damstra RJ, Mosti G. Dose finding for an optimal compression pressure to reduce chronic edema of the extremities. Int Angiol. 2011;30(6):527―33. [PMID:22233613]

11)Kitamura K, Iwase S, Kuroda Y, Yamaguchi T, YamamotovD, Odagiri H, et al. A practice guideline for the management of lymphedema. J Lymphoedema. 2011;6(2):60―71.

保護中: 乳癌診療ガイドライン2018年版

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