2021年3月31日更新

総説2 乳房手術後に放射線療法が勧められない場合

放射線療法

乳房温存療法がその治療成績において乳房全切除術と同等であることは知られているが,これは乳房温存手術後に放射線療法を加えることにより達成される。また,高リスクの乳房全切除術後では術後照射が予後を改善することが知られている。しかし時には放射線療法による害がそのような益を大きく上回る場合がある。そこで適切なインフォームドコンセントを得るためには放射線療法が勧められない条件を明らかにしなければならない。

1)絶対的禁忌
(1)妊娠中

胚/胎児は放射線感受性が高いことが知られているが,その感受性は妊娠の時期によって大きく異なる。奇形については,3~8週の臓器形成期では0.1~0.2 Gyでも発生し得る1。また,精神発達障害については,感受性の高い妊娠8~25週の時期に0.1 Gyを超えて胎児被曝すればIQ低下がみられることがあり,1 Gyでは重篤な精神発達障害のリスクは40%にもなる2。発癌については,妊娠後期の胎児被曝が出生後に発癌を誘発する可能性があり,その閾値は動物実験では0.1 Gy前後の可能性も指摘されている3

このように胎児への被曝はできるだけ避けねばならない。妊娠中の放射線療法が禁忌であるのは,妊娠中はいかに遮蔽をしても胎児が成長すれば乳房または胸壁照射野に近くなり,胎児の被曝量も増加するためである。例えば6 MV X線による乳房接線照射(50 Gy)のファントム(人体模型)実験では胚/胎児被曝は,妊娠初期(0.021~0.076 Gy),中期(0.022~0.246 Gy),後期(0.022~0.586 Gy)となった4。非妊娠時なら施行される放射線療法が妊娠中のために遅れることへの不安もあるが,これに応えるエビデンスはない。したがって,妊娠後期で乳房手術や化学療法が可能であっても,乳房や胸壁への照射は出産後まで延期すべきである。

以上のように放射線治療前に妊娠の可能性の有無について確認することが必須であるが,万が一,妊娠初期に気づかずに照射しても判明した時点で,それ以降を中止すれば,胎児被曝が0.1 Gyを超える可能性は低い。医学物理士などの放射線物理の専門家を交えて詳細な胎児の被曝線量評価を行い,胎児が受けた線量と生じる可能性のある影響について患者に十分な情報を与えた上で妊娠継続の可否を判断すべきであり,安易に妊娠中絶を勧めるべきではない。

(2)放射線療法による二次性悪性腫瘍のリスクが極めて高い遺伝性疾患

ホモ接合性ATM遺伝子変異のある患者は放射線感受性が極めて高く、NCCNガイドラインでは5)絶対的禁忌に挙げられているが、非常にまれである。一方で、米国臨床腫瘍学会(ASCO)、米国放射線腫瘍学会(ASTRO)、外科腫瘍学会(SSO)の3学会が共同で作成した遺伝子変異情報に基づいた遺伝性乳がんの治療方針に関するガイドラインで、ヘテロ接合性ATM遺伝子変異保因者である乳癌患者に対しては、放射線治療を控えるべきではないとしている6)

2)相対的禁忌
(1)背臥位にて患側上肢挙上不能

照射時には患側上肢を外転,挙上した背臥位で照射することが多く,その姿勢を保持できない患者は精度の高い再現性と十分な照射野を確保できず,乳房ならびに胸壁への放射線照射は困難である。

(2)膠原病のうち活動性の強皮症や全身性エリテマトーデス(SLE)を合併

膠原病患者ではときに強い反応を起こすことが報告されている。免疫システムの活性化により急性反応が惹起され,皮膚萎縮などの晩期反応は急性反応よりも頻繁にみられることが示唆されるレビューも報告されている7

膠原病患者における放射線療法のリスクについては,対象によって結果はさまざまである8~12。エール大学の症例対照研究8は乳房温存療法のみを対象としているが,ほかは癌腫を制限していない。これらの症例対照研究では急性期反応に差がなかったが,晩期についてはエール大学8とミシガン大学からの報告9では有害事象が増加した。前者では膠原病のうち強皮症で,後者では強皮症および全身性エリテマトーデス(SLE)で晩期反応が強くみられた。ミシガン大学では全体としては急性期の反応に差はないものの乳房については急性期反応が強くみられた。一方,マサチューセッツ総合病院のケース・シリーズによると関節リウマチでは有害事象は増えなかったが,強皮症とSLEでは晩期有害事象が有意に増加した10。また,有害事象と線量との関係も示されていない。少なくとも40 Gy未満の姑息的照射では問題となる反応がみられなかった11。先述のケース・シリーズでは晩期反応は線量とは関係なかった10。このようにどの報告も患者数が少なく,結果もさまざまで強いエビデンスとはならない。かつて予想されたほど危険ではないにしても,急性期および晩期有害事象が強く出る可能性はある9ので,活動性の強皮症やSLEを合併した患者では乳房照射および胸壁照射は避けたほうがよい。一方,関節リウマチでは有害事象の増加はないと考えられるが,膠原病は一般的に肺疾患を合併することが多く,肺の有害事象には十分に注意して治療すべきである7

(3)患側乳房,胸壁への放射線療法の既往(同一部位への再照射)

過去に今回の治療対象である患側乳房や胸壁に対する放射線療法の既往がある場合は同一部位への再照射は注意が必要である。なぜなら正常細胞には一定の限度を超えると不可逆的変化をきたす耐容線量があり,一連の照射ではその限度近くまで照射されている可能性があるからである。過去の放射線療法の線量分布を十分に検討し、再照射が可能と判断されれば照射を行うことも許容される。

(4)Li Fraumeni症候群などの放射線療法による二次性悪性腫瘍のリスクが高い遺伝性疾患

Li Fraumeni症候群はTP53遺伝子の病的変異を原因とする遺伝性疾患であり,肉腫や副腎皮質癌のほか,閉経前乳癌を発症するリスクが高いことが知られている。Li Fraumeni症候群では、発症率は報告により異なるものの、乳癌手術後の放射線療法による二次発がんのリスクが高いことが報告されている13~15)ので、放射線療法はできるだけ避けるべきである。遺伝子変異が診断済みで乳房全切除術によって照射を避けることが可能なら乳房全切除術を選択するべきである。先述のASCO/ASTRO/SSOガイドラインにおいても、TP53の生殖細胞系列変異を有する保因者である乳癌患者に対する温存乳房照射は禁忌としている6)乳房温存を希望した場合や、乳房全切除術後に再発リスクが高い場合では、リスクベネフィットバランスについて患者と十分に話し合うことが必要である。一方、緩和照射の場合には一般的にベネフィットがリスクを上回ると考えられる。

参考文献

1)Loibl S, von Minckwitz G, Gwyn K, Ellis P, Blohmer JU, Schlegelberger B, et al. Breast carcinoma during pregnancy. International recommendations from an expert meeting. Cancer. 2006;106(2):237―46. [PMID:16342247]

2)International Commission on Radiological Protection. Pregnancy and medical radiation. Ann ICRP. 2000;30(1):iii―viii, 1―43. [PMID:11108925]

3)Streffer C, Shore R, Konermann G, Meadows A, Uma Devi P, Preston Withers J, et al. Biological effects after prenatal irradiation(embryo and fetus). A report of the international commission on radiological protection. Ann ICRP. 2003;33(1―2):5―206. [PMID:12963090]

4)Mazonakis M, Varveris H, Damilakis J, Theoharopoulos N, Gourtsoyiannis N. Radiation dose to conceptus resulting from tangential breast irradiation. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2003;55(2):386―91. [PMID:12527052]

5)NCCN. Clinical practice guidelines in oncology:BREAST CANCER, version 1.2018.

6)Tung NM, Boughey JC, Pierce LJ, Robson ME, Bedrosian I, Dietz JR, et al. Management of Hereditary Breast Cancer: American Society of Clinical Oncology, American Society for Radiation Oncology, and Society of Surgical Oncology Guideline.J Clin Oncol. 2020; 38(18): 2080-106. [PMID:32243226]

7)Lee CE, Prabhu V, Slevin NJ. Collagen vascular diseases and enhanced radiotherapy―induced normal tissue effects――a case report and a review of published studies. Clin Oncol(R Coll Radiol). 2011;23(2):73―8. [PMID:21168314]

8)Chen AM, Obedian E, Haffty BG. Breast―conserving therapy in the setting of collagen vascular disease. Cancer J. 2001;7(6):480―91. [PMID:11769860]

9)Lin A, Abu―Isa E, Griffith KA, Ben―Josef E. Toxicity of radiotherapy in patients with collagen vascular disease. Cancer. 2008;113(3):648―53. [PMID:18506734]

10)Morris MM, Powell SN. Irradiation in the setting of collagen vascular disease:acute and late complications. J Clin Oncol. 1997;15(7):2728―35. [PMID:9215847]

11)Ross JG, Hussey DH, Mayr NA, Davis CS. Acute and late reactions to radiation therapy in patients with collagen vascular diseases. Cancer. 1993;71(11):3744―52. [PMID:8490925]

12)Phan C, Mindrum M, Silverman C, Paris K, Spanos W. Matched―control retrospective study of the acute and late complications in patients with collagen vascular diseases treated with radiation therapy. Cancer J. 2003;9(6):461―6. [PMID:14740974]

13)Heymann S, Delaloge S, Rahal A, Caron O, Frebourg T, Barreau L, et al. Radio―induced alignancies after breast cancer postoperative radiotherapy in patients with Li―Fraumeni syndrome. Radiat Oncol. 2010;5:104. [PMID:21059199]

14) Le AN, Harton J, Desai H et al. Frequency of radiation-induced malignancies post-adjuvant radiotherapy for breast cancer in patients with Li-Fraumeni syndrome. Breast Cancer Res Treat 2020; 181: 181-188.  [PMID:32246378]

15) Petry V, Bonadio RC, Cagnacci AQC et al. Radiotherapy-induced malignancies in breast cancer patients with TP53 pathogenic germline variants (Li-Fraumeni syndrome). Fam Cancer 2019.  [PMID:31748977]

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