2021年3月31日更新

FQ2.日本人の乳癌発症リスク評価にGailモデルは勧められるか?

5.乳癌発症リスクの評価と化学予防

ステートメント
・対象としてアジア系アメリカ人が追加されたが,日本在住の日本人を対象としたデータが考慮されていないため勧められない。

背 景

乳癌の治療成績を向上させるためには,発症予防のための一次予防,ならびに早期発見のための二次予防が重要であり,ハイリスク者を同定することができれば臨床的に有用である。

Gailモデルは,乳癌既往のない35歳以上の健常女性の乳癌罹患リスクを算出する方法であり,今後5年間に乳癌に罹患するリスクおよび生涯にわたるリスクを推計する(乳癌やDCIS,LCIS,Hodgkin病で胸部放射線治療の既往,BRCA1およびBRCA2遺伝子変異を有する女性の評価はできない)1)

解 説

Gailモデルは,1989年にGailらによって報告された2)。Gailらは,1973~80年の間にマンモグラフィによる乳がん検診を行うBreast Cancer Detection Demonstration Project(BCDDP)の中で,この期間に乳癌を発症した2,852人の白人女性と対照のmatched pairを抽出して乳癌の発症リスク要因を解析した。その結果,初潮年齢,初産年齢,乳癌家族歴(第1度近親者における乳癌患者数),乳腺生検回数が乳癌発症に大きく関与していることが示された。さらにBCDDPのデータから年齢別乳癌罹患リスクを算出して,毎年マンモグラフィ検診を受けた場合の今後乳癌に罹患する可能性を計算するモデルを作成したのがGailモデル1である。これには乳腺生検の病理診断において異型過形成が新たな因子として加えられている。

Gailモデル1はマンモグラフィで乳がん検診を受けている女性のデータをもとに算出しているため,スクリーニングを定期的に受けていない若い女性の乳癌リスクを過大に評価する可能性がある。そこでNCIのSurveillance,Epidemiology,and End Results(SEER)から算出された乳癌罹患率を用いて,さらに人種を考慮したものがGailモデル2である3)。これには乳腺生検の病理診断において異型過形成が新たな因子として正式に加えられている。さらにアフリカ系アメリカ人のためのリスク評価モデルが作成され4),2011年にはアジア系アメリカ人のデータが追加されて現在に至っている5)

Gailモデルの妥当性は複数の臨床研究により確認されているが3)6)~9),第2度近親者,父方親族,乳癌診断時年齢は考慮されていないことから,母や姉妹が高齢になって乳癌と診断された女性ではリスクを過大評価し,若年で乳癌を発症した第2度ないし第3度近親者がいる女性ではリスクを過小評価する可能性のあること,閉経前の女性のリスクを過大評価する可能性のあることが指摘されている。

このGailモデルが作成された経緯をみてもわかるように,基礎データは米国在住女性の疫学データを用いて作成されている。人種に関しては,2011年にアジア系アメリカ人も加わっており,日本人の項もあるが,米国在住の日本人を対象としており,日本在住の日本人に関するデータが考慮されていないことから,日本に在住する日本人女性を対象にGailモデルの使用は推奨されない。二次資料①においても米国外に在住する女性には適用できない可能性を指摘している。

乳癌の年齢別罹患リスクなど米国在住の日本人とは異なっており,このモデルを日本在住の日本人の乳癌発症予測に適用することはできない。

韓国には韓国人を対象とした乳癌のリスク評価のツールがあり,韓国人女性にはGailモデルよりも予測能が優れていたという〔Korean breast cancer risk assessment tool(KoBCRAT,二次資料③)〕。わが国にも乳癌発症のリスク評価システムの作成が望まれる。

検索キーワード

PubMedで,“Breast Neoplasms”,Gail,“Risk”のキーワードと同義語で検索した。医中誌・Cochrane Libraryも同等のキーワードで検索した。検索期間は2014年10月~2016年9月とし,76件がヒットした。該当文献のうち1件を採用し,これまでの8件に合わせて9件の研究報告を解説に引用した。

参考にした二次資料

① Natural Cancer Institute. Breast Cancer Risk Assessment Tool. http://www.cancer.gov/bcrisktool/

② 菰池佳史,佐伯俊昭,園尾博司,竹内正弘,佐藤信昭,平成人.日本人女性の乳癌発症リスクに対する新しいロジスティック回帰モデルの臨床への応用に関する研究.厚生労働省がん研究助成金による研究報告集.2007:351—5.

③ Park B, Ma SH, Shin A, Chang MC, Choi JY, Kim S, et al. Korean risk assessment model for breast cancer risk prediction. PLoS One. 2013;8(10):e76736. [PMID:24204664]

参考文献

1)Gail MH. Twenty—five years of breast cancer risk models and their applications. J Natl Cancer Inst. 2015;107(5). pii:djv042. [PMID:25722355]

2)Gail MH, Brinton LA, Byar DP, Corle DK, Green SB, Schairer C, et al. Projecting individualized probabilities of developing breast cancer for white females who are being examined annually. J Natl Cancer Inst. 1989;81(24):1879—86. [PMID:2593165]

3)Costantino JP, Gail MH, Pee D, Anderson S, Redmond CK, Benichou J, et al. Validation studies for models projecting the risk of invasive and total breast cancer incidence. J Natl Cancer Inst. 1999;91(18):1541—8. [PMID:10491430]

4)Gail MH, Costantino JP, Pee D, Bondy M, Newman L, Selvan M, et al. Projecting individualized absolute invasive breast cancer risk in African American women. J Natl Cancer Inst. 2007;99(23):1782—92. [PMID:18042936]

5)Matsuno RK, Costantino JP, Ziegler RG, Anderson GL, Li H, Pee D, et al. Projecting individualized absolute invasive breast cancer risk in Asian and Pacific Islander American women. J Natl Cancer Inst. 2011;103(12):951—61. [PMID:21562243]

6)Spiegelman D, Colditz GA, Hunter D, Hertzmark E. Validation of the Gail et al. model for predicting individual breast cancer risk. J Natl Cancer Inst. 1994;86(8):600—7. [PMID:8145275]

7)Bondy ML, Lustbader ED, Halabi S, Ross E, Vogel VG. Validation of a breast cancer risk assessment model in women with a positive family history. J Natl Cancer Inst. 1994;86(8):620—5. [PMID:8003106]

8)Rockhill B, Spiegelman D, Byrne C, Hunter DJ, Colditz GA. Validation of the Gail et al. model of breast cancer risk prediction and implications for chemoprevention. J Natl Cancer Inst. 2001;93(5):358—66. [PMID:11238697]

9)Decarli A, Calza S, Masala G, Specchia C, Palli D, Gail MH. Gail model for prediction of absolute risk of invasive breast cancer:independent evaluation in the Florence—European Prospective Investigation Into Cancer and Nutrition cohort. J Natl Cancer Inst. 2006;98(23):1686—93. [PMID:17148770]

保護中: 乳癌診療ガイドライン2018年版

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