推 奨
・基本的に再発リスクの低いStageⅠ・Ⅱ乳癌術後に定期的な全身画像検査を行わないことが勧められる。
〔推奨の強さ:3~4,エビデンスの強さ:弱,合意率:合意に至らず〕
背景・目的
乳癌術後フォローアップを行ううえで,定期的な画像検査の必要性や検査法,検査間隔について,これまで多くの調査研究が行われており,ASCOは2012年に発表したChoosing Wisely®キャンペーンの中で“Don’t perform surveillance testing(biomarkers)or imaging(PET,CT,and radionuclide bone scans)for asymptomatic individuals who have been treated for breast cancer with curative intent.”と勧告している1)。治癒を目的とした乳癌術後のフォローアップの目的は無症候性の遠隔転移を見つけることではなく,局所再発もしくは対側乳癌の早期発見であるが2),わが国の実臨床においては乳癌術後のフォローアップに全身画像検査を行っている施設も多い。今回,再発リスクの低いStageⅠ・Ⅱ乳癌術後フォローアップに定期的な全身画像検査を推奨すべきかどうか,システマティック・レビューを行った。
解 説
今回のシステマティック・レビューを行ううえで,全生存期間の改善,医療費の増加,被曝量の増加,偶発性病変の検出をアウトカムとして設定し,StageⅠ・Ⅱ乳癌術後の定期的な全身画像検査(intensive follow up)と通常フォローアップに該当する研究報告において,下記に記載した検索条件で参考文献を参照した。
全生存期間の改善に関して,GIVIO試験3)とRosselli Del Turcoらの試験4)5)によりランダム化比較試験にて検証が行われた。GIVIO試験では,1,320人のStageⅠ―Ⅲの乳癌術後患者が,問診,視触診,対側マンモグラフィのみの通常フォローアップ群とそれらに加え骨シンチグラフィ,肝臓超音波,胸部X線,血液検査を行うintensive follow up群の2群にランダムに割り付けられた。観察期間中央値71カ月の観察で,生存割合,再発発見割合に2群間に有意な差を認めなかった。以上より,術後の定期的な血液検査や胸部X線を定期的に行うべきではないと結論付けられた。Rosselli Del Turcoらによる試験も同様に,問診,視触診,マンモグラフィによる通常のフォローアップ群とそれらに胸部X線,骨シンチグラフィを加えたintensive follow up群の2群にランダムに割り付けられた。肺・骨転移の発見はintensive follow up群で多く,それ以外の再発は両群間に有意差を認めなかった。5年後および10年後の死亡割合は通常フォローアップ群とintensive follow up群でいずれも両群間で統計学的有意差を認めなかった。胸部X線,骨シンチグラフィは転移の早期発見につながるが,5年および10年生存割合の改善には寄与しないことが明らかとなり,胸部X線,骨シンチグラフィの定期的な検査は推奨されないと結論付けられた。以上の結果を踏まえ,ASCO,NCCN,ESMO,ESOいずれのガイドラインにおいても無症状患者に対する術後フォローアップには定期的な問診・視触診およびマンモグラフィが推奨されており,高度画像検査(PET,CT,骨シンチグラフィ)を癌再発のスクリーニングのために実施すべきではないとしている。以上のように乳癌術後にintensive follow upを行う前向き研究の結果は通常のフォローアップに対する有効性は認められなかった。
術後フォローアップにCTを用いた前向き研究は存在しない。わが国における小規模の後向き研究6)において,StageⅠ~Ⅲの無症状患者に対する術後フォローアップにおいてCTを含む画像検査もしくは腫瘍マーカーで見つかった遠隔転移群(intensive群)は,症状出現もしくは視触診で見つかった遠隔転移群(コントロール群)より,全生存期間,再発後の生存期間が有意に良好であることが示されている。しかしながら症例数が少ないこと,またStageⅠ,Ⅱにおいてはintensive群の検出率はそれぞれ4.7,5.1%にとどまっており,結果の解釈には慎重を期する必要がある。
一方,GIVIO試験とRosselli Del Turcoらの試験は1980年代に立案,実施されたものであり,その後薬物療法や画像診断法は大きな進歩を遂げ,転移乳癌の生存率も改善している。また乳癌サブタイプにより再発リスクが異なることが近年明らかになっている。特にoligometastasisに限れば局所治療による病勢の制御も期待できる症例も存在し,臨床的背景も変化している7)。
わが国において乳癌サブタイプおよび腋窩リンパ節転移を考慮した再発高リスク群に対するintensiveな画像検査を用いた術後フォローアップの有用性に関する前向き臨床試験が開始されており,解析結果が待たれる8)。
医療費の増加においては,intensive follow upにおいて検査費用が増加する。前述の施設での試算において10年のサーベイランスでかかる費用はintensive群で290,000円,コントロール群で51,000円であった3)。遠隔転移が少ないStageⅠ・Ⅱに対し術後フォローアップにintensiveな検査を行っても費用対効果は期待できない。
CT,骨シンチグラフィを行うことで患者は放射線被曝を受ける。Berringtonらは2004年に15カ国の診断用X線検査の発癌リスクを推定し,日本人の癌の3.2%は診断用X線が原因であると報告した9)。これはCTの人口あたりの設置台数が多いことに起因していると考えられるが,画像診断の進歩により大きな恩恵を受けている一方,被曝のリスク(CT 5~30 mSv,核医学検査0.5~15 mSv,PET検査2~20 mSv;放射線医学総合研究所ホームページ http://www.nirs.qst.go.jp/rd/faq/medical.html より)を伴うことも認識すべきである。また若年または女性であるほど放射線の影響を受けやすいことが報告されている10)。米国保健物理学会の声明では100 mSv未満では体への影響は認めないと報告されている(http://www.jhps.or.jp/report/pdf/report2010-2.pdf)が,国際放射線防護委員会は安全性の立場から放射線被曝に関する明確なしきい値はないとしている(http://www.icrp.org/docs/SG02_Japanese.pdf)。このため明確なコンセンサスがない段階では,被曝量の増加はintensive follow upのリスクの一つと考えられる。被曝に加え,造影剤によるアレルギーを含む有害反応もリスクの一つとなる。さらに検査を行うことで誤診や偽陽性のリスクを増加させることもわかっており,不要な患者の心理的負担や侵襲的検査も増えかねない。
以上,益と害のバランスより,再発リスクの低いStageⅠ・Ⅱ乳癌術後の定期的な全身画像検査は推奨されない。本ガイドラインの推奨決定会議では「行わないことを弱く勧める」のか「行わないことを強く勧める」のかで意見が分かれ,3回のvotingを行ったが決定には至らなかった(3回ともに,行わないことを弱く推奨する36%,行わないことを強く推奨する64%)。
検索キーワード・参考にした二次資料
PubMedで“Breast Neoplasms”,“Neoplasm Staging”,“Tomography,X―Ray Computed”,“Postoperative Period”,“Postoperative Care”,“Mastectomy”,“Follow―up Studies”,“Prognosis”のキーワードで検索した。医中誌・Cochrane Libraryも同等のキーワードで検索した。検索期間は2016年11月までとし,262件がヒットした。また重要文献をハンドサーチで検索した。
エビデンス総体・システマティックレビュー資料
参考文献
1)Schnipper LE, Smith TJ, Raghavan D, Blayney DW, Ganz PA, Mulvey TM, et al. American Society of Clinical Oncology identifies five key opportunities to improve care and reduce costs:the top five list for oncology. J Clin Oncol. 2012;30(14):1715―24. [PMID:22493340]
2)Lin NU, Thomssen C, Cardoso F, Cameron D, Cufer T, Fallowfield L, et al;European School of Oncology―Metastatic Breast Cancer Task Force. International guidelines for management of metastatic breast cancer(MBC)from the European School of Oncology(ESO)―MBC Task Force:Surveillance, staging, and evaluation of patients with early―stage and metastatic breast cancer. Breast. 2013;22(3):203―10. [PMID:23601761]
3)Impact of follow―up testing on survival and health―related quality of life in breast cancer patients. A multicenter randomized controlled trial. The GIVIO Investigators. JAMA. 1994;271(20):1587―92. [PMID:8182811]
4)Rosselli Del Turco M, Palli D, Cariddi A, Ciatto S, Pacini P, Distante V. Intensive diagnostic follow―up after treatment of primary breast cancer. A randomized trial. National Research Council Project on Breast Cancer follow―up. JAMA. 1994;271(20):1593―7. [PMID:7848404]
5)Palli D, Russo A, Saieva C, Ciatto S, Rosselli Del Turco M, Distante V, et al. Intensive vs clinical follow―up after treatment of primary breast cancer:10―year update of a randomized trial. National Research Council Project on Breast Cancer Follow―up. JAMA. 1999;281(17):1586. [PMID:10235147]
6)Ogawa Y, Ikeda K, Izumi T, Okuma S, Ichiki M, Ikeya T, et al. First indicators of relapse in breast cancer:evaluation of the follow―up program at our hospital. Int J Clin Oncol. 2013;18(3):447―53. [PMID:22415743]
7)Puglisi F, Fontanella C, Numico G, Sini V, Evangelista L, Monetti F, et al. Follow―up of patients with early breast cancer:is it time to rewrite the story? Crit Rev Oncol Hematol. 2014;91(2):130―41. [PMID:24726438]
8)Hojo T, Masuda N, Mizutani T, Shibata T, Kinoshita T, Tamura K, et al. Intensive vs. Standard Post―Operative Surveillance in High―Risk Breast Cancer Patients(INSPIRE):Japan Clinical Oncology Group Study JCOG1204. Jpn J Clin Oncol. 2015;45(10):983―6. [PMID:26246481]
9)Berrington de González A, Darby S. Risk of cancer from diagnostic X―rays:estimates for the UK and 14 other countries. Lancet. 2004;363(9406):345―51. [PMID:15070562]
10)Smith―Bindman R, Lipson J, Marcus R, Kim KP, Mahesh M, Gould R, et al. Radiation dose associated with common computed tomography examinations and the associated lifetime attributable risk of cancer. Arch Intern Med. 2009;169(22):2078―86. [PMID:20008690]