1)マンモグラフィによる被曝の身体への影響
放射線被曝はマンモグラフィ検診において,すべての受診者が被る不利益である。マンモグラフィ検診によって受ける利益(救命効果)を論じる際には,被曝の不利益を常に考慮しなければならない。
放射線が人体に及ぼす生物学的影響は,確定的影響と確率的影響に分類される。確定的影響は,被曝線量のしきい値が存在する“組織反応”であり,線量がしきい値を超えて組織の損傷を自己修復できなくなると放射線障害として臨床症状が現れる。一方,確率的影響は明らかなしきい値が存在しない“発癌や遺伝的影響”であり,被曝線量に比例して癌や白血病,遺伝的影響が発生する確率が直線的に上昇すると考えられている。
国際放射線防護委員会(ICRP)は確定的影響に関して,約100 mGy未満の吸収線量域においては,1回の急性被曝,繰り返した年間被曝のいずれについても,人体組織に臨床的に有意な機能障害は生じないとしている1)。マンモグラフィの吸収線量は1乳房2方向撮影で6 mGy以下と少なく,通常の線量や検査頻度であれば確定的影響を懸念する必要はないとされる2)。また,生殖腺は照射野に含まれず,散乱線も非常に少ないため,遺伝的影響についても心配はないと考えられる。しかし,被曝による乳癌発生のリスクについては考慮する必要がある。乳腺の放射線感受性は高く,ICRPの分類では組織加重係数が最も高い臓器グループに属している。組織加重係数は放射線に対する組織の感受性を表す係数であり,ICRPの2007年の勧告で,乳房の組織加重係数はそれまでの0.05から0.12に引き上げられた1)。被曝線量が増えると乳癌の発症リスクが増加することは,広島・長崎の原爆被爆者や,乳腺を照射野に含む放射線治療歴のある患者を対象とした疫学的研究から明らかにされている3)~6)。診断レベルの被曝についても,脊柱側弯症や肺結核に対する繰り返すX線検査によって乳癌発症リスクが増加することが報告されている7)~9)。これまでにマンモグラフィによる乳癌発症の増加を直接観察したデータはないが,さまざまなモデル分析でマンモグラフィによる発癌リスクが推定されている10)~12)。発癌リスク計算の一例として,1方向撮影で乳房に3 mGyの被曝が生じた場合,放射線加重係数(X線は1.0)と組織加重係数0.12を乗じて求めた実効線量0.36 mSvに,生涯リスク係数2.5%/Sv(41~60歳の場合)を乗じれば,被曝による発癌の生涯リスク(死亡率)は0.0009%と算出される13)。しかし,数百mSv以下の線量における発癌リスクを疫学的研究から高い精度で推定することは不可能と考えられており,実際には低線量の被曝で発癌リスクがどれくらい増加するのかは不明である。いずれにしても,マンモグラフィ検診による致死的発癌リスクは極めて低いと考えられ,日本の乳がん検診の対象年齢である40歳以上であればマンモグラフィ検診の利益リスク比は十分大きいとされるが13),検診の至適推奨年齢に関しては現在も議論が続いている(検診・画像診断FQ1参照)。
2)BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異保持者の被曝に関して
BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異保持者に対するマンモグラフィの施行に関してはさらなる配慮が求められる。BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異保持者における,胸部や肩の単純X線撮影,CT,骨シンチグラフィなどの検査による放射線被曝と乳癌罹患リスクの関係を分析した大規模後ろ向きコホート研究(GENE-RAD-RISK)14)では,30歳未満で検査被曝歴のある群は乳癌罹患リスクが有意に高く,被曝線量と罹患リスクに用量反応関係も認められた。若年のBRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異保持者に対する放射線を用いる検査は,適応を慎重に検討する必要がある。ただし,検査歴をマンモグラフィに限ったサブグループ解析では乳癌罹患リスク増加は有意差を示すには至っておらず〔HR 1.43(95%CI 0.85-2.40)〕,マンモグラフィの線量で乳癌罹患リスクが増加するのかについては未解決である15)。一方,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異保持者に対する乳がん検診において,乳房MRIの乳癌検出能はマンモグラフィと比較して圧倒的に優れることが示されており16),また,年1回の造影MRIを用いたスクリーニングは,マンモグラフィよりも早期に乳癌を発見し,StageⅡ-Ⅳの乳癌を減少させることも報告されている17)。BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異保持者に対するマンモグラフィ検診の妥当性については今後さらに明らかにされる必要がある。なお,米国NCCNガイドラインでは,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異保持者においては,基本的には25~29歳までは毎年の乳房MRIスクリーニング,30歳以上では毎年のマンモグラフィおよび乳房MRIスクリーニングを実施することが勧められている18)。わが国では任意型検診を前提とした,「乳がん発症ハイリスクグループに対する乳房MRIスクリーニングに関するガイドラインver1.2」が日本乳癌検診学会により上梓されている19)。近年,若年者でBRCA1遺伝子変異保持者にはマンモグラフィ施行による感度上昇の利益よりも,被曝による不利益が大きい可能性も議論されており20),今後はBRCA1,BRCA2遺伝子変異保持者別に個別化されたマンモグラフィと乳房MRI検診が推奨される可能性が高いと思われる。
3)マンモグラフィの乳腺吸収線量,診断参考レベル(DRL)
ICRPは放射線防護の最適化を推進するために,それぞれの国や施設で診断参考レベル(diagnostic reference level;DRL)を設定して利用することを推奨している21)。日本では医療被ばく研究情報ネットワーク(Japan Network for Research and Information on Medical Exposures;J-RIME)が2010年に設立され,関連学会,団体と協力して,2015年にCT検査,一般撮影,マンモグラフィ,口内法X線撮影,IVR,核医学検査のDRLを公表している22)。マンモグラフィのDRLは,日本乳がん検診精度管理中央機構のデータに基づいて,平均乳腺線量(average glandular dose;AGD)で2.4 mGy(95パーセンタイル値)と提言された。ちなみに従来わが国では国際原子力機関(IAEA)ガイダンスレベルの3 mGy以下,日本診療放射線技師会ガイドラインの低減目標値2 mGyなどが目安にされてきた。DRLは線量限度ではなく,臨床目的に寄与しない照射線量を避けるための参考値であるので,診療に必要であれば超えてもよいが,各施設の通常のマンモグラフィ線量がDRLを超えている場合には対策を講じなければならない。2.4 mGyのDRLを超えている施設は少なくないと推測されており23),自施設のマンモグラフィ線量を把握しておく必要がある。
普及が進む乳房トモシンセシスについては,J-RIMEは上記提言の中でその被曝線量を検討する必要性を述べているが,現時点で特別なDRLは設定していない。European Reference Organisation for Quality Assured Breast Screening and Diagnostic Services(EUREF)はデジタルマンモグラフィのDRL(PMMA板の厚さ40 mmで2 mGy)に準拠することを推奨している24)。
参考文献
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18)National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Genetic/familial high―risk assessment:Breast and Ovarian. ver 1. 2018.
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20)Phi XA, Saadatmand S, De Bock GH, Warner E, Sardanelli F, Leach MO, et al. Contribution of mammography to MRI screening in BRCA mutation carriers by BRCA status and age:individual patient data meta―analysis. Br J Cancer. 2016;114(6):631―7. [PMID:26908327]
21)ICRP Publication 105. Radiation protection in medicine. Ann ICRP. 2007;37(6):1―63. [PMID:18762065]
22)医療被ばく研究情報ネットワーク(J―RIME).最新の国内実態調査結果に基づく診断参考レベルの設定.2015.http://www.radher.jp/J-RIME/report/DRLhoukokusyo.pdf
23)堀田勝平,岡崎正敏,遠藤登喜子;NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構.マンモグラフィによる乳がん検診の放射線被ばく線量の精度管理.日本乳癌検診学会誌.2015;24(1):18―21.
24)EUREF. Protocol for the Quality Control of the Physical and Technical Aspects of Digital Breast Tomosynthesis Systems ver1.01. 2016. http://www.euref.org/european-guidelines/physico-technical-protocol