ステートメント
・ストレス・ライフイベント・性格傾向と乳癌発症リスクとの関連性については結論付けることができない。
〔エビデンスグレード:Limited—no conclusion(証拠不十分)〕
背 景
以前より,乳癌の発症には身体的要因のみならず,心理社会的要因が関与していると考えられてきた。これまで,さまざまな要因について症例対照研究やコホート研究が行われてきたが,結論は出されていない。今回,検索を行うにあたり,まず「心理社会的要因」あるいは「心理的要因」をキーワードとしてみたが,乳癌発症リスクに言及した適切な文献は得られなかった。そこで,心理社会的要因の中でも,以前より多くの研究が行われてきた「ストレス」「ライフイベント」「性格」を中心に文献検索を行い,乳癌発症リスクについて概説する。
解 説
1996~2015年5月までの系統立った文献検索により,メタアナリシス2件,コホート研究10件の計12件を選択した。心理社会的要因の内訳は,ストレスに関するもの6件,ライフイベントに関するもの4件(1件は重複),性格に関するもの3件であった。
ストレスと乳癌発症リスクに関して2014年までに選択した5文献は,すべてコホート研究であった。このうち3件1)~3)(ストレス内容としては,仕事上のストレス,生活上のストレス,家族介護に関わるストレス)についてはすべて対象者数が10,000人を超えたものであったが,ストレスは乳癌発症リスクを増加させないという結果であった。他の2件のうち,1件4)はスウェーデンの女性1,462人を24年間追跡したものであり,ベースライン時にストレスを経験していた女性は経験していなかった女性に比べ,約2倍の乳癌発症リスク増加を示していた〔年齢調整RR 2.1(95%CI 1.2-3.7)〕。逆に残りの1件5)は,デンマークの6,689人の女性を対象とし,18年間追跡した結果,自覚的ストレスレベルの高い女性はストレスレベルの低い女性と比較し,乳癌発症リスクが低いことを示したものであった〔HR 0.60(95%CI 0.37-0.97)〕。2016年に報告されたコホート研究は,英国の女性106,000人を追跡したものであり,ベースライン時に持続的にストレスを経験していた女性の経験していなかった女性に対するRRは0.92(95%CI 0.73-1.15)であった6)。このように,ストレスと乳癌発症リスクとの関連についての見解は一定していないが,その原因の一つとして,過度の心理的ストレスは好ましくない健康影響をもたらすが,適度な心理的ストレスは逆に人が健全に生きていくために必要なものとされるなど,ストレスの概念が一様ではなく,それに対する生体の反応も一定でないことが挙げられる。
ライフイベント,特にストレスフルなライフイベントと乳癌発症リスクに関して選択した2014年までの4文献のうち,3件はメタアナリシスの報告であった。1件7)は,27文献(後ろ向き症例対照研究10件,前向き症例対照研究4件,制限のある前向きコホート研究9件,前向きコホート研究4件)をメタアナリシスした結果,配偶者の死が乳癌発症リスクと若干関連している〔OR 1.37(95%CI 1.10-1.71)〕以外,ライフイベントとの間には関連は認められなかった。他の1件8)は,8文献(症例対照研究6件,コホート研究2件)をメタアナリシスした結果,配偶者の死〔RR 1.04(95%CI 0.75-1.44)〕,離婚〔RR 1.03(95%CI 0.72-1.48)〕ともに乳癌発症リスクとは関連していなかった。2013年に報告された1件9)は,7文献(症例対照研究4件,コホート研究3件)をメタアナリシスした結果,“顕著な”ライフイベントは乳癌発症リスクと関連している〔OR 1.51(95%CI 1.15-1.97)〕ことを報告した。しかし,この7文献における相対リスクは文献によって非常に幅があり,またライフイベントの内容も特定されていないものが多い。2016年に報告された英国の女性106,000人を追跡したコホート研究6)では,配偶者の死〔RR 1.13(95%CI 0.88-1.46)〕をはじめとするあらゆるストレスフルなライフイベントは乳癌発症リスクと関連していなかった。以上の結果より,ライフイベントに関しては,配偶者の死や離婚が乳癌発症リスクを増加させる可能性はあるが見解は一定しておらず,今後の良質なデザインによる追試が必要である。
性格傾向と乳癌発症リスクとの関連については,1996年にBleikerら10)が不安,怒り,抑うつ,合理的,反感情的(感情表出の欠如)という6つの性格傾向との関連を5年間追跡調査し,反感情的な性格傾向と乳癌発症との間に弱い関連があるのみ〔OR 1.19(95%CI 0.5-1.35)〕であることを報告して以降,性格傾向と乳癌発症リスクの関連についての報告はみられなかった。しかし,2008年,同じBleikerら11)のグループが,上記対象者を13年間追跡した結果を再度報告し,最終的に性格傾向と乳癌発症リスクとの間に関連はないと結論付けている。2015年には,日本人を対象としたコホート研究が報告された12)。宮城県に在住する40~64歳の15,107人の日本人女性を対象に17年間の追跡調査を行った結果,4つの性格傾向のいずれも乳癌発症リスクとの間に関連は認められなかった。
以上のように,心理社会的要因と乳癌発症リスクについて多くは否定的な見解が多いが,一部にはその関連を示唆するものもあり,また要因自体の吟味も十分ではないことから,「心理社会的要因の中で,乳癌発症リスクとして同定できる明らかな因子はない」といえる。
検索キーワード
PubMedで“Breast Neoplasms”,“breast cancer”,“Psychological Stress”,“Personality”,“Life Events”,“Risk”のキーワードを用いて検索を行った。検索期間は2014年10月~2017年5月とした。最終的に選択された海外文献該当77件より新たにコホートスタディの文献2件を採用した。結果,2015年版の11件からストレス,ライフイベント,性格傾向とは直接関連しない1件を除外した10件に,今回の2件を加えた12件を本文の解説に引用した。国内文献に採択すべき論文はなかった。
参考文献
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