ステートメント
・糖尿病の既往が乳癌発症リスクを増加させることはほぼ確実である。
〔エビデンスグレード:Probable(ほぼ確実)〕
背 景
肥満と身体活動は,特に閉経後女性において確実あるいはほぼ確実なリスク要因である。これらの要因は,性ホルモンに影響するだけでなく,アディポカイン,インスリン抵抗性・高インスリン血症を介して乳癌発症リスクに関連することが想定されている。また,肥満と身体活動は糖尿病のリスク要因でもあり,糖尿病は高インスリン血症,高血糖により癌の発症リスクを増加させる可能性が指摘されており,乳癌発症リスクとの関連も注目されている。ここでは,糖尿病の既往と乳癌発症リスクとの関連について概説する。
解 説
糖尿病の既往と乳癌発症リスクとの関連について,すでに7件のメタアナリシスが報告されており,いずれも糖尿病既往なしの群に比べて既往ありの群において乳癌発症リスクの増加が観察されている1)~7)。
コホート研究15件,症例対照研究5件の合計20件の研究を対象とした2007年のメタアナリシスでは,糖尿病既往なしの群に比べて既往ありの群の相対リスク(RR)は1.20(95%CI 1.12-1.28)であり,有意な乳癌発症リスクの増加であった2)。メタアナリシスに用いた20件の研究の中には,日本人を対象としたコホート研究が3件含まれており,そのうち1件で有意なリスク増加,残り2件は関連なしという結果であった。また閉経状況によるサブグループ解析では,閉経後においてRR 1.16(95%CI 1.08-1.23)と糖尿病既往者でリスクの増加がみられたが,閉経前ではRR 0.91(95%CI 0.62-1.34)とリスク増加は観察されなかった。
その後,2012年にもコホート研究22件,症例対照研究15件,断面研究3件の合計40件の研究を対象としたメタアナリシスの報告があった4)。Larssonらの結果と同様に,糖尿病既往なしの群に比べて既往ありの群のRRは1.27(95%CI 1.16-1.39)であり,有意なリスク増加がみられた。また閉経状況によるサブグループ解析でも,同様に閉経後においてRR 1.15(95%CI 1.07-1.24)と糖尿病既往者においてリスク増加がみられたが,閉経前ではRR 0.86(95%CI 0.66-1.12)とリスク増加は観察されなかった。閉経前後で関連が異なるかどうかは興味のあるところであるが,このメタアナリシスの時点では閉経前を対象とした研究が5件と少なく,さらなるエビデンスの蓄積を待つ必要がある。
また2013年には,日本人を対象としたコホート研究8件(男性156,917人,女性182,542人)のプール解析の結果が発表された8)。乳癌発症リスクと関連においては,6件のコホート研究のデータが用いられ,追跡開始後3年以内の癌罹患者を除外し,交絡要因を調整した結果,糖尿病既往者の相対リスクは1.03(95%CI 0.69-1.38)であった。また閉経状況別の解析では,閉経前がRR 1.39(95%CI 0.57-3.40),閉経後がRR 1.01(95%CI 0.63-1.60)であった。今回,関連がみられなかった理由は不明であるが,糖尿病既往あり群の乳癌症例数が43例とプール解析であっても十分なサンプル数とはいえないという点は結果の解釈において考慮すべきである。
また最近,2型糖尿病患者で持効型溶解インスリンアナログ製剤の長期使用により乳癌発症リスクが増加するという結果が発表された9)。22,395人のインスリン治療を受けている患者を対象としたコホート研究で12年間の観察期間で結晶性プロタミンインスリンに比較して,持効型溶解インスリンアナログ製剤使用した患者のほうがHR 1.44(95%CI 1.11-1.85)と乳癌発症リスクが増加していた。この結果は以前にインスリンを使用していた人でさらにHR 1.53とリスクが増加していた。
以上より,日本人のエビデンスでは必ずしもリスク増加がみられないが,近年のメタアナリシスの結果を主として考慮し,糖尿病の既往が乳癌発症リスクを増加させることはほぼ確実と判断した。
検索キーワード
PubMedで“Breast Neoplasms”,“Diabetes Mellitus”,“risk”のキーワードを用いて検索を行った。検索期間は2014年10月~2017年11月とした。
参考文献
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