ステートメント
・日本人女性の乳癌発症リスクモデルが確立していない現状では,乳癌の発症を予防するための薬剤投与は有用かどうか結論付けられない。
〔エビデンスグレード:Limited—no conclusion(証拠不十分)〕
エビデンスグレードを決めるにあたって
乳癌発症リスクが高い女性への,selective estrogen receptor modulators(タモキシフェン,ラロキシフェン)やアロマターゼ阻害薬(エキサメスタン,アナストロゾール)の予防投与による乳癌発症の抑制効果は確実である。しかし,日本人女性に適応するためには,乳癌発症のリスク評価の確立と,化学予防による有効性と安全性の検証が必要である。
背 景
これまでに実施された薬剤による乳癌発症予防(chemoprevention)に関するランダム化比較試験から,その有用性と安全性に関する知見が集積されてきた。注意すべき点は,例えばGailモデルにおいて5年間の浸潤性乳癌の発症リスクが1.66%以上の女性やlobular carcinoma in situの既往をもつ女性など,多くの試験で対象を乳癌発症リスクが高い女性としている点である(二次資料①)。しかしGailモデルは日本人には適用できない(疫学・予防FQ2参照)。また,乳癌発症リスクを算定するためのツールとしてBreast Cancer Risk Assessment Toolが開発されており〔National Cancer Institute(NCI). http://www.cancer.gov/bcrisktool/ 参照〕,このツールによって5年間および生涯にわたる白人とアフリカ系アメリカ人の浸潤性乳癌の発症リスクが算定可能であるが,日本人に用いることは推奨されていない(疫学・予防FQ2参照)。
本項では,乳癌の発症予防に関するランダム化比較試験の結果をもとに,代表的なselective estrogen receptor modulators(SERM)であるタモキシフェンとラロキシフェン,およびアロマターゼ阻害薬の乳癌発症リスクが高い女性に対する予防投与の有効性と安全性について概説する。なお,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性に対する予防的内分泌療法に関しては別項参照(疫学・予防CQ4)。
解 説
1)タモキシフェン
過去,タモキシフェンの乳癌予防効果をプラセボと比較検討したランダム化比較試験はNSABP P-11),IBIS-Ⅰ2),Royal Marsden Hospital Tamoxifen Prevention Trial3),Italian Randomized Tamoxifen Prevention Trial4)の4試験である。これらのメタアナリシスの結果,タモキシフェンによる浸潤性乳癌発症抑制率は30%と報告されている5)。ホルモン受容体発現別の検討ではホルモン受容体陽性乳癌の発症は42%抑制されたが,ホルモン受容体陰性乳癌に対する抑制効果は認められず,タモキシフェンの効果は主にホルモン受容体陽性乳癌発症の抑制による。長期成績としてIBIS—Ⅰの16年のフォローアップの結果,0~10年目と10年目以降の乳癌発症抑制率は同等であった2)。また,副次的な効果として骨折が34%減少したことが報告されている5)。全死亡リスク,乳癌特異死亡リスクの有意な低減効果は認められていない。
タモキシフェンによる副作用としては子宮内膜癌のリスクが2.1倍,血栓症のリスクが1.9倍,肺塞栓のリスクは2.7倍増加する5)。2013年に公表されたASCOガイドラインでは「今後5年間の乳癌発症の絶対リスクが1.66%以上の35歳以上の女性に対しては,乳癌発症リスク低減のための選択肢として,タモキシフェン(20 mg/日)を5年間服用することに関して話し合うべき」としている。また,深部静脈血栓症や肺梗塞,脳卒中,一過性脳虚血性発作の既往を有する場合や,長時間動きが制限される期間中の投与,妊娠中あるいは妊娠の可能性のある場合,授乳中の投与は避けるべきとしている(二次資料②)。
2)ラロキシフェン
ラロキシフェンは閉経後骨粗鬆症の治療薬として認可された薬剤であるが,ランダム化比較試験の結果により,乳癌発症予防としての効果も証明されたため,FDAから乳癌発症予防薬としても認可されている。ラロキシフェンとプラセボを比較した代表的なランダム化比較試験は,MORE,CORE,RUTHの3試験である6)~8)。これらのメタアナリシスの結果,ラロキシフェンによる浸潤性乳癌発症抑制率は56%と報告されている5)。ホルモン受容体発現別の検討ではホルモン受容体陽性乳癌の発症は67%抑制されたが,ホルモン受容体陰性乳癌に対する抑制効果は認められず,ラロキシフェンの効果はタモキシフェンと同様に,主にホルモン受容体陽性乳癌発症の抑制による。また,副次的な効果として脊椎の圧迫骨折が39%減少したことが報告されている5)。ラロキシフェンによる副作用としては血栓症のリスクが1.6倍,肺塞栓のリスクは2.2倍増加する5)。ASCOガイドラインでは「今後5年間の乳癌発症の絶対リスクが1.66%以上の35歳以上の閉経後の女性に対しては,乳癌発症リスク低減のための選択肢として,ラロキシフェン(60 mg/日)を5年間服用することに関して話し合うべき」とし,深部静脈血栓症や肺梗塞,脳卒中,一過性脳虚血性発作の既往を有する場合や,長期間動きが制限される期間中の投与は避けるべきとしている(二次資料②)。なお,閉経後日本人女性を対象としたラロキシフェンの市販後調査では,四肢の浮腫0.65%,静脈血栓症0.16%と報告されている(二次資料③)。
タモキシフェンとラロキシフェンとを直接比較したSTAR試験では,タモキシフェンに対するラロキシフェンの浸潤癌発生に関する相対リスクは1.24(95%CI 1.1-1.5)とタモキシフェン群で有意に低かった9)。一方,副作用に関する比較では,血栓症の相対リスクは0.75(95%CI 0.6-0.9),深部静脈血栓症で0.72(95%CI 0.5-0.95),子宮内膜癌で0.55(95%CI 0.4-0.8)といずれもラロキシフェン群で低値であった9)。
3)アロマターゼ阻害薬
National Cancer Institute of Canada(NCIC)MAP. 3 trialは乳癌発症リスクの高い閉経後女性を対象とした,エキセメスタン(25 mg/日,5年間)とプラセボとのランダム化比較試験であり,エキセメスタン群で有意な浸潤性乳癌発症リスクの低減効果が認められている〔HR 0.35(95%CI 0.18-0.7)〕10)。副作用に関しては,更年期症状の有意な増加が認められたものの,骨折,心血管イベント,他癌の発症,治療関連死に有意差は認められていない。International Breast Cancer Intervention StudyⅡ(IBIS—Ⅱ)は乳癌発症リスクの高い閉経後女性を対象とした,アナストロゾール(1 mg/日,5年間)とプラセボとのランダム化比較試験であり,アナストロゾール群で有意な浸潤性乳癌発症リスクの軽減効果が認められている〔HR 0.5(95%CI 0.32-0.76)〕11)。副作用に関しては,アナストロゾール群で更年期症状,関節のこわばりや疼痛,腟の乾燥,ドライアイなどの有意な増加が認められたものの,骨折に有意差は認められていない。また,アナストロゾール群では他癌の発症が有意に低かった〔HR 0.58(95%CI 0.39-0.85)〕。
以上,乳癌発症リスクが高い女性には,SERM〔タモキシフェン,ラロキシフェン(閉経後)〕やアロマターゼ阻害薬〔エキサメスタン(閉経後),アナストロゾール(閉経後)〕の予防投与により乳癌発症リスクを低減することは明らかである。しかし予防投与のリスクとベネフィットのバランスは,基本となる乳癌発症リスクと副作用とに依存している。日本人は欧米人に比べてリスクが低いことに加え(疫学・予防:1.疫学総論 総説1参照),日本人における乳癌発症リスクを評価するツールが確立されていない現状では,対象者の選定,予防投与による乳癌発症抑制効果が不明であるため,基本的には勧められない。日本人女性に予防投与を適用するためには,乳癌発症リスク評価の確立と予防投与による有効性と安全性の検証が必要である。
検索キーワード
PubMedで“Breast Neoplasms”,“Aromatase Inhibitors”,“Hormone Antagonists”のキーワードと同義語で検索した。医中誌・Cochrane Libraryも同等のキーワードで検索した。検索期間は2014年10月~2016年9月とし,344件がヒットした。該当文献から1件を選択した。2015年版で引用した11件の論文のうち,フォローアップデータが報告された1件を最新版に更新し本解説に引用した。
参考にした二次資料
① UpToDate 2017. (Topic 756 Version 21.0)
② Visvanathan K, Hurley P, Bantug E, Brown P, Col NF, Cuzick J, et al. Use of pharmacologic interventions for breast cancer risk reduction:American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline. J Clin Oncol. 2013;31(23):2942—62. [PMID:23835710]
③ Iikuni N, Hamaya E, Nihojima S, Yokoyama S, Goto W, Taketsuna M, et al. Safety and effectiveness profile of raloxifene in long—term, prospective, postmarketing surveillance. J Bone Miner Metab. 2012;30(6):674—82. [PMID:22752125]
参考文献
1)Fisher B, Costantino JP, Wickerham DL, Cecchini RS, Cronin WM, Robidoux A, et al. Tamoxifen for the prevention of breast cancer:current status of the National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project P—1 study. J Natl Cancer Inst. 2005;97(22):1652—62. [PMID:16288118]
2)Cuzick J, Sestak I, Cawthorn S, Hamed H, Holli K, Howell A, et al;IBIS—Ⅰ Investigators. Tamoxifen for prevention of breast cancer:extended long—term follow—up of the IBIS—Ⅰ breast cancer prevention trial. Lancet Oncol. 2015;16(1):67—75. [PMID:25497694]
3)Powles TJ, Ashley S, Tidy A, Smith IE, Dowsett M. Twenty—year follow—up of the Royal Marsden randomized, double—blinded tamoxifen breast cancer prevention trial. J Natl Cancer Inst. 2007;99(4):283—90. [PMID:17312305]
4)Veronesi U, Maisonneuve P, Rotmensz N, Bonanni B, Boyle P, Viale G, et al;Italian Tamoxifen Study Group. Tamoxifen for the prevention of breast cancer:late results of the Italian Randomized Tamoxifen Prevention Trial among women with hysterectomy. J Natl Cancer Inst. 2007;99(9):727—37. [PMID:17470740]
5)Nelson HD, Smith ME, Griffin JC, Fu R. Use of medications to reduce risk for primary breast cancer:a systematic review for the U. S. Preventive Services Task Force. Ann Intern Med. 2013;158(8):604—14. [PMID:23588749]
6)Cauley JA, Norton L, Lippman ME, Eckert S, Krueger KA, Purdie DW, et al. Continued breast cancer risk reduction in postmenopausal women treated with raloxifene:4—year results from the MORE trial. Multiple outcomes of raloxifene evaluation. Breast Cancer Res Treat. 2001;65(2):125—34. [PMID:11261828]
7)Martino S, Cauley JA, Barrett—Connor E, Powles TJ, Mershon J, Disch D, et al;CORE Investigators. Continuing outcomes relevant to Evista:breast cancer incidence in postmenopausal osteoporotic women in a randomized trial of raloxifene. J Natl Cancer Inst. 2004;96(23):1751—61. [PMID:15572757]
8)Barrett—Connor E, Mosca L, Collins P, Geiger MJ, Grady D, Kornitzer M, et al;Raloxifene Use for The Heart(RUTH)Trial Investigators. Effects of raloxifene on cardiovascular events and breast cancer in postmenopausal women. N Engl J Med. 2006;355(2):125—37. [PMID:16837676]
9)Vogel VG, Costantino JP, Wickerham DL, Cronin WM, Cecchini RS, Atkins JN, et al;National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project. Update of the National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project Study of Tamoxifen and Raloxifene(STAR)P—2 Trial:Preventing breast cancer. Cancer Prev Res(Phila). 2010;3(6):696—706. [PMID:20404000]
10)Goss PE, Ingle JN, Ales—Martinez JE, Cheung AM, Chlebowski RT, Wactawski—Wende J, et al;NCIC CTG MAP. 3 Study Investigators. Exemestane for breast—cancer prevention in postmenopausal women. N Engl J Med. 2011;364(25):2381—91. [PMID:21639806]
11)Cuzick J, Sestak I, Forbes JF, Dowsett M, Knox J, Cawthorn S, et al;IBIS—Ⅱ investigators. Anastrozole for prevention of breast cancer in high—risk postmenopausal women(IBIS—Ⅱ):an international, double—blind, randomised placebo—controlled trial. Lancet. 2014;383(9922):1041—8. [PMID:24333009]