ステートメント
・乳腺悪性葉状腫瘍に対する薬物療法の有用性を検証した前向き試験はなく,軟部肉腫に準じた治療を行うことを考慮する。
背 景
乳腺悪性葉状腫瘍は極めて稀な疾患であり、治療の基本は外科的切除である。局所再発が比較的多く、時に遠隔転移を来すが、術後放射線治療、術後薬物療法のエビデンスは乏しく確立していない。遠隔転移に対する薬物療法の有効性について前向きの比較試験はなく,実地診療においては,軟部肉腫に準じた治療が行われている。
解 説
乳腺葉状腫瘍は乳腺全腫瘍の0.3~0.9%と稀な腫瘍であり1)、組織学的特徴により,良性型・境界型・悪性型に分類される2)。良性型でも局所再発を起こすことがあり,再発時に悪性転化し得る3)。悪性型は13~40%が遠隔転移をきたし、好発部位は肺であるが,胸膜,骨,脳にも転移する。
乳腺悪性葉状腫瘍の遠隔転移に対する薬物療法は,発生頻度が低いため限られた症例数の後ろ向き解析報告に限られ,軟部肉腫に対する薬物療法に準じて行われるのが一般的である4)5)。
軟部肉腫に対する一次治療として、これまでにドキソルビシンを対照群として様々な単剤又は併用レジメンを比較する第Ⅲ相試験が行われてきたが、OSの優越性を示したレジメンはなく、ドキソルビシン単剤が現在も標準治療として用いられている。第Ⅲ相試験のEORTC32012(n=228)では軟部肉腫の一次治療として、ドキソルビシン単剤とドキソルビシン+イホスファミド併用療法が比較された。主要評価項目であるOSに有意差は認められなかった(単剤12.8ヶ月 vs併用14.3ヶ月 HR 0.83, p=0.076)。しかしながら、PFS (4.6ヶ月 vs 7.4ヶ月)、奏効率(14% vs 26%)では併用群が有意差をもって優れていた。好中球低下、発熱性好中球減少症、貧血、血小板減少性などのグレード3/4の毒性は併用群で多かった。従って化学療法併用レジメンは患者の状態が良好で、かつ腫瘍の縮小が望まれる場合に限りその使用が考慮される6)。
ドキソルビシン不応性軟部肉腫に対する2次治療以降の治療としてランダム化比較試験によって有効性が検証された保険承認薬剤には,パゾパニブ,エリブリン,トラベクテジンがあるが,それぞれの主な臨床試験に乳腺悪性葉状腫瘍症例は含まれておらず注意が必要である.
パゾパニブは血管新生をターゲットとするマルチチロシンキナーゼ阻害薬でVEGFR, PDGFR, c-Kitなどを阻害する.第Ⅲ相試験(PALETTE試験)ではアンスラサイクリンやイホスファミド,ゲムシタビンを含む一次治療以降の軟部肉腫に対してパゾパニブを投与し,主要評価項目のPFSはパゾパニブ投与群で4.6カ月とプラセボ群の1.6カ月に対して有意な延長を認めた。OSに差はなかった(12.5 ヶ月 vs 10.7 ヶ月)。主な有害事象は倦怠感,高血圧,下痢,食思不振であった7)。
エリブリンはアンスラサイクリン系抗がん剤治療を含む少なくとも2レジメンの前治療後に増悪した進行再発悪性軟部腫瘍(脂肪肉腫または平滑筋肉腫)対して、ダカルバジンを対照とした第Ⅲ相試験(309試験)において、OSを有意に延長した(13.5 ヶ月 vs 11.5 ヶ月)。PFSは有意差がなく(両群とも 2.6 ヶ月)、また奏効率も差がなかった(4% vs 5%)。主な有害事象は好中球減少、疲労、脱毛、悪心、末梢神経障害であった8).
トラベクテジンはアルカロイド化合物であり,DNA修復機構や細胞増殖に関与する遺伝子の転写を制御することで抗腫瘍効果を発揮する.前治療において使用可能な化学療法に無効又は不応となった、染色体転座が報告されている進行軟部肉腫を対象に,ベストサポーティブケアを対照とする国内第Ⅱ相比較試験が行われた.主要評価項目のPFSはトラベクテジン群で有意に延長した。(5.6 ヶ月 vs 0.9 ヶ月)主な有害事象は、骨髄抑制、肝機能異常、消化管毒性、倦怠感、横紋筋融解症などであった9).海外で行われた第Ⅲ相試験(T-SAR試験)でも同様の結果であった(本邦承認用量は海外とは異なる)10)。
その他の薬剤として保険適用外ではあるが、ゲムシタビン、ドセタキセル、ダカルバジンなどの単剤または併用療法が用いられることがある11)。
葉状腫瘍の20~40%はホルモン受容体陽性であるが内分泌療法には反応しないため,その使用は推奨されない12)。
以上のように乳腺悪性葉状腫瘍に限って薬物療法の有用性を検証した前向き研究はなく,治療法は確立していない.ただ稀少な疾患であるゆえに大規模な比較試験によるエビデンスの構築は今後も困難と考えられるため,現状では個々の症例に応じて軟部肉腫に準じた薬物療法を行うことを考慮する.
検索キーワード・参考にした二次資料
PubMedで”Breast Neoplasms(またはBreast Cancer)”,”Phyllodes Tumor”,”drug therapy(またはAntineoplastic Agents,chemotherapy)“のキーワードで検索した。 検索期間は2018年12月までとし,149件がヒットした。またハンドサーチにて2件の文献を追加した。
参考文献
1)Tan EY, Tan PH, Yong WS, Wong HB, Ho GH, Yeo AW, et al. Recurrent phyllodes tumours of the breast: pathological features and clinical implications. ANZ J Surg. 2006 ;76(6):476-80. [PMID: 16768772]
2)Guerrero MA, Ballard BR, Grau AM. Malignant phyllodes tumor of the breast: review of the literature and case report of stromal overgrowth. Surg Oncol. 2003;12(1):27-37. [PMID: 12689668]
3)Barrio AV, Clark BD, Goldberg JI, Hoque LW, Bernik SF, Flynn LW, et al. Clinicopathologic features and long-term outcomes of 293 phyllodes tumors of the breast. Ann Surg Oncol. 2007;14(10):2961-70. [PMID: 17562113]
4)Confavreux C, Lurkin A, Mitton N, Blondet R, Saba C, Ranchère D, et al. Sarcomas and malignant phyllodes tumours of the breast–a retrospective study. Eur J Cancer. 2006;42(16):2715-21. [PMID: 17023158]
5)NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Breast Cancer. ver.1. 2019. http://www.nccn.org
6)Judson I, Verweij J, Gelderblom H, Hartmann JT, Schöffski P, Blay JY, et al; European Organisation and Treatment of Cancer Soft Tissue and Bone Sarcoma Group. Doxorubicin alone versus intensified doxorubicin plus ifosfamide for first-line treatment of advanced or metastatic soft-tissue sarcoma: a randomised controlled phase 3 trial. Lancet Oncol. 2014;15(4):415-23. [PMID: 24618336]
7)van der Graaf WT, Blay JY, Chawla SP, Kim DW, Bui-Nguyen B, Casali PG, et al; EORTC Soft Tissue and Bone Sarcoma Group; PALETTE study group. Pazopanib for metastatic soft-tissue sarcoma (PALETTE): a randomised, double-blind, placebo-controlled phase 3 trial. Lancet. 2012;379(9829):1879-86. [PMID: 22595799]
8)Schöffski P, Chawla S, Maki RG, Italiano A, Gelderblom H, Choy E, et al. Eribulin versus dacarbazine in previously treated patients with advanced liposarcoma or leiomyosarcoma: a randomised, open-label, multicentre, phase 3 trial. Lancet. 2016;387(10028):1629-37.[PMID: 26874885]
9)Kawai A, Araki N, Sugiura H, Ueda T, Yonemoto T, Takahashi M, et al. Trabectedin monotherapy after standard chemotherapy versus best supportive care in patients with advanced, translocation-related sarcoma: a randomised, open-label, phase 2 study. Lancet Oncol. 2015;16(4):406-16. [PMID: 25795406]
10)Cesne AL, Blay JY, Cupissol D, Italiano A, Delcambre C, Penel N, et al. Results of a prospective randomized phase III T-SAR trial comparing trabectedin (T) vs best supportive care (BSC) in patients with pretreated advanced soft tissue sarcoma (ASTS): A French Sarcoma Group (FSG) trial. J Clin Oncol. 2018;36 (suppl): abstr 11508.
11)Seddon B, Strauss SJ, Whelan J, Leahy M, Woll PJ, Cowie F, et al. Gemcitabine and docetaxel versus doxorubicin as first-line treatment in previously untreated advanced unresectable or metastatic soft-tissue sarcomas (GeDDiS): a randomised controlled phase 3 trial. Lancet Oncol. 2017;18(10):1397-410. [PMID: 28882536]
12)Sapino A, Bosco M, Cassoni P, Castellano I, Arisio R, Cserni G, et al. Estrogen receptor-beta is expressed in stromal cells of fibroadenoma and phyllodes tumors of the breast. Mod Pathol. 2006;19(4):599-606. [PMID: 16554735]