ステートメント
・浸潤性乳管癌以外の特殊型では,組織型の特性(予後,サブタイプの傾向,薬物療法感受性)に基づいて薬物療法を選択することが望ましいが,特定の組織型に限ったランダム化比較試験はほとんどない。
背 景
浸潤性乳管癌以外の乳癌特殊型として,粘液癌(mucinous carcinoma),管状癌(tubular carcinoma),腺様囊胞癌(adenoid cystic carcinoma),髄様癌(medullary carcinoma),アポクリン癌(apocrine carcinoma),浸潤性小葉癌(invasive lobular carcinoma)などがあり,浸潤性乳癌の約10%を占めている。組織型ごとに予後やサブタイプの傾向や薬物療法感受性が異なることが指摘されているが,それらの特性に応じた薬物療法の選択をすべきか概説した。
解 説
乳癌特殊型のみを対象としたランダム化比較試験はほとんど行われておらず,エビデンスに基づいて治療方針を検討することは困難であるが,一般的には下記のような状況となっている1)。
粘液癌の発生頻度は約3%である。純型と混合型に亜分類され,純型の予後は良好であるが,混合型の予後は浸潤性乳管癌と同等とされている。NCIのがん登録(Surveillance Epidemiology and End Results;SEER)をもとにした純型粘液癌11,400症例を対象とした解析によると,エストロゲン受容体陽性の割合は約94%であり,通常の浸潤性乳管癌の約75%と比較して高く,組織学的に低分化である割合は通常の浸潤性乳管癌が約44%であるのに対して粘液癌では9%と低率であった2)。粘液癌全体の予後は比較的良好であり,浸潤性乳管癌の10年生存率が73%であるのに対して,粘液癌の10年生存率は92%であった2)。粘液癌における腫瘍径は独立した予後因子ではあるが,腋窩リンパ節転移の有無と比較すると予後への影響は相対的に低い2)。理由として,腫瘍量の多くを粘液が占めることによると考えられている。粘液癌の腋窩リンパ節転移陽性の割合は約12%と浸潤性乳管癌の36%より低いが,粘液癌における腋窩リンパ節転移の有無は,浸潤性乳管癌と同様に強い予後不良因子である2)。
以上より,エストロゲン受容体強陽性で組織学的に高分化な典型的な粘液癌で,腋窩リンパ節転移陰性であれば,術後薬物療法として内分泌療法単独が推奨される。ホルモン受容体陽性・腋窩リンパ節転移陽性の場合は,化学療法の追加を考慮する。ホルモン受容体陰性の粘液癌の場合は,通常の浸潤性乳管癌に準じた薬物療法が推奨される。
管状癌の発生頻度は約0.2%であり,エストロゲン受容体陽性,プロゲステロン受容体陽性,HER2陰性の症例が多い。単施設における管状癌73例の報告によると,エストロゲン受容体陽性が約85%,プロゲステロン受容体陽性が約93%で,全症例のうち47例(64%)は手術療法のみで術後薬物療法は施行されなかったにもかかわらず,中央値93カ月のフォローアップ期間で,死亡例はなく,局所再発を4%に認めたのみであった3)。また,他の単施設での管状癌307例の報告4)では,約14%(46/307)に腋窩リンパ節転移を認めたものの,全症例の10年乳癌特異的生存率(breast cancer―specific survival)は約97%と非常に良好な結果であった。この報告では,全症例のうち89例(29%)は手術のみで術後薬物療法は施行されなかった。
以上より,ホルモン受容体陽性・腋窩リンパ節転移陰性の管状癌は非常に予後良好であり,術後薬物療法は,内分泌療法単独または薬物療法なしが推奨される。ホルモン受容体陽性・腋窩リンパ節転移陽性の場合は,化学療法の追加を考慮する。ホルモン受容体陰性の場合は,通常の浸潤性乳管癌に準じた薬物療法が推奨される。
腺様囊胞癌の発生頻度は約0.1%である。唾液腺などにみられる同名の癌と同様の組織像を示す極めて稀な疾患である。エストロゲン受容体陰性・プロゲステロン受容体陰性・HER2陰性のいわゆるトリプルネガティブ乳癌の所見を示す症例が多いにもかかわらず,10年生存率は約95%と極めて良好なことが特徴である5)。2013年のザンクトガレンコンセンサス会議では,極めて良好な予後を理由に,本特殊型に対してはトリプルネガティブ乳癌であっても腋窩リンパ節転移陰性であれば化学療法は行わなくてもよいだろうと述べられている6)。
髄様癌の発生頻度は約0.03~8%であり,発生頻度のばらつきが目立つことから診断基準が統一されていないと考えられる。エストロゲン受容体陰性・プロゲステロン受容体陰性・HER2陰性のいわゆるトリプルネガティブ乳癌に分類される症例が多いのが特徴である。NCIのがん登録(SEER)における髄様癌1,617例の解析によると,エストロゲン受容体陰性・プロゲステロン受容体陰性の症例が多く,組織学的グレードも高いものが多かった7)。IBCSGの13試験に登録された髄様癌127症例の解析によると,約80%の症例がエストロゲン受容体陰性またはプロゲステロン受容体陰性であり,組織学的グレード3の症例が86%を占めた8)。同報告によると,髄様癌の予後は,ホルモン受容体陰性やグレード3の症例が多いにもかかわらず通常型の浸潤性乳管癌よりも良いという結果であった8)。しかしながら,診断基準が統一されていないため,薬物療法は,浸潤性乳管癌に準じて行うのが妥当である。
アポクリン癌は浸潤癌であり,その発生頻度は0.45~0.65%である。予後は良好とする報告から不良とする報告までさまざまであるが,通常型の浸潤性乳管癌とあまり変わらないとする報告が最も多い9)。エストロゲン受容体,プロゲステロン受容体,HER2は陰性の症例が多い。日本人におけるアポクリン癌73例を対象とした検討によると,エストロゲン受容体陽性率は15%,プロゲステロン受容体陽性率は約19%であった10)。エビデンスは限られるが,術後薬物療法は通常の浸潤性乳管癌に準じて行うことが妥当と考えられる。
浸潤性小葉癌の発生頻度は約5%で,近年,増加傾向にある。浸潤性小葉癌は,浸潤性乳管癌と比べて,ホルモン受容体陽性の割合が高く,組織学的グレード3の割合が低いことが知られている11)12)。予後は比較的良好とされているが,浸潤性乳管癌よりも晩期の再発症例がやや多いとの報告もある11)。再発部位は概ね浸潤性乳管癌と同じであるが,腹膜播種などの通常の浸潤性乳管癌にはみられない再発形式を取ることがある13)。浸潤性小葉癌に対する術後薬物療法は通常の浸潤性乳管癌に準じて行うことが推奨される。
ランダム化比較試験のサブグループ解析として特殊型乳癌症例における薬物療法の効果をみた報告は2件あり,いずれも,ホルモン受容体陽性早期乳癌の閉経後女性を対象に,術後内分泌療法として,タモキシフェン,レトロゾール,タモキシフェン→レトロゾール,レトロゾール→タモキシフェンの4群を比較したBIG 1―98試験のサブグループ解析であった14)15)。粘液癌と管状癌については,いずれの群でも再発が少ない傾向がみられたが,タモキシフェンとレトロゾールの効果の差はみられなかった14)。浸潤性小葉癌については,浸潤性乳管癌よりも,タモキシフェンとレトロゾールの再発抑制効果の差が大きく,レトロゾールがより有効である傾向が認められた15)。
検索キーワード・参考にした二次資料
PubMedで“Breast Neoplasms”,“Adenocarcinoma, Mucinous”,“Adenocarcinoma”,“Carcinoma, Adenoid Cystic”,“Carcinoma, Medullary”,“Sweat Gland Neoplasms”,“Carcinoma, Lobular”,“mucinous carcinoma―associated antigen”,“other”,“unusual”,“type”,“apocrine”のキーワードで検索した。検索期間は2016年11月までとし,271件がヒットした。
参考文献
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