ステートメント
・化学療法を受ける患者には,化学療法前にインフルエンザワクチンを接種することが勧められる。
・肺炎球菌ワクチンについては,インフルエンザワクチンに比べ有用性に関する情報は乏しいものの,接種することが望ましい。
背 景
化学療法中は一時的な免疫能低下状態となるため感染の高リスク群である。その状態でインフルエンザに罹患すると,肺炎など重篤な合併症がもたらされ,さらには死亡する危険性が増加する1)2)。肺炎球菌は,65歳以上の高齢者や糖尿病,慢性心不全などの基礎疾患を有する状態では,敗血症,髄膜炎など重篤な感染症を引き起こす場合があるため,これらの患者は肺炎球菌ワクチンの定期接種の対象となっている。免疫能が低下する化学療法中の患者においても,肺炎球菌ワクチンの接種は重要と考えられる。化学療法中のインフルエンザワクチン,肺炎球菌ワクチン投与の有効性・安全性について概説する。
解 説
1)インフルエンザワクチン
有効性については,固形癌を対象として,化学療法中の骨髄抑制時でのインフルエンザ抗体産生能を検討した6件の症例対照研究,4件の症例集積が存在する1)3)~6)。症例対照研究では,固形癌患者のインフルエンザ抗体の産生能に関しては対照(健康人)群と比較して変わらないとするものが4件,劣るとしたものが2件あった1)~8)。これらの結果からは,免疫能が低下した患者へのインフルエンザワクチンは,血清学的な反応は健康人と比較して劣る可能性はあるものの,予防医学的な意義は明らかであることがメタアナリシスにより示されている9)10)。
安全性については,化学療法中のインフルエンザワクチン投与に関する情報は少ないが,特に重篤な有害事象が増加するという報告はない。化学療法施行以外の乳癌症例も含めた解析であるが,接種部位の疼痛(12.7%),頭痛(12%),鼻汁(10%),疲労感(9.2%),8~12時間程度の微熱など軽度の有害事象を認めた2)。
接種時期については,化学療法開始前(少なくとも2週間前)の実施が望ましいとされているが7)11),化学療法の途中にインフルエンザの流行期を迎えた場合には,接種のタイミングを工夫する必要がある。乳癌症例の場合,FEC含有レジメンにおける抗体産生能を比較すると,治療4日目と16日目に接種した場合,3週後の抗体産生能は治療4日目接種のほうが高いが,健康人には劣ると報告されている6)。同じグループからの続報でも,早期(化学療法後5日まで)の投与のほうが抗体産生能は高かったと報告されている8)。これらの結果からは,治療中の接種時期に関しては,骨髄機能の最下点(nadir)の時期を避けて接種することが望ましい。
2)肺炎球菌ワクチン
有効性については,乳癌を含む固形腫瘍を主に対象とした検討では,肺炎球菌ワクチンによる抗体価の上昇は,化学療法中であっても,健康人と同等であると報告されている2)。乳癌以外の検討では,多発性骨髄腫を対象とした研究で,半数以上の症例において抗体価の上昇が認められたとしている12)。
安全性については,インフルエンザワクチン同様に情報は少ないが,担癌状態で重篤な有害事象を発症するという報告はない2)。肺炎球菌ワクチンの主たる有害事象は,接種部位の疼痛・発赤・腫脹,発熱,筋肉痛,倦怠感,頭痛である。
接種時期については,肺炎球菌感染症はインフルエンザと異なり一年を通じて発生するため,季節にかかわらず接種が可能である。インフルエンザワクチン同様に,癌薬物療法を開始する少なくとも2週間以上前に投与することが望ましい7)。
以上より,化学療法を受ける患者には,化学療法施行前にインフルエンザワクチンの接種を行う。肺炎球菌ワクチンの有効性に関しては,インフルエンザワクチンに比べてエビデンスに乏しいことには留意する。
検索キーワード・参考にした二次資料
PubMedで“Neoplasms”,“Influenza Vaccines”,“Pneumococcal Vaccines”,“Influenza, Human”,“Pneumococcal Infections”,“Vaccination”,“Immunocompromised Host”,“Drug Therapy”のキーワードで検索した。検索期間は2014年から2016年11月までとし,10件がヒットした。
参考文献
1)Vilar―Compte D, Cornejo P, Valle―Salinas A, Roldan―Marin R, Iguala M, Cervantes Y, et al:a case―series analysis. Med Sci Monit. 2006;12(8):CR332―6. [PMID:16865064]
2)Nordøy T, Aaberge IS, Husebekk A, Samdal HH, Steinert S, Melby H, et al. Cancer patients undergoing chemotherapy show adequate serological response to vaccinations against influenza virus and Streptococcus pneumoniae. Med Oncol. 2002;19(2):71―8. [PMID:12180483]
3)Anderson H, Petrie K, Berrisford C, Charlett A, Thatcher N, Zambon M. Seroconversion after influenza vaccination in patients with lung cancer. Br J Cancer. 1999;80(1―2):219―20. [PMID:10389999]
4)Brydak LB, Guzy J, Starzyk J, Machała M, Góźdź SS. Humoral immune response after vaccination against influenza in patients with breast cancer. Support Care Cancer. 2001;9(1):65―8. [PMID:11147146]
5)Hottinger AF, George AC, Bel M, Favet L, Combescure C, Meier S, et al. A prospective study of the factors shaping antibody responses to the AS03―adjuvanted influenza A/H1N1 vaccine in cancer outpatients. Oncologist. 2012;17(3):436―45. [PMID:22357731]
6)Meerveld―Eggink A, de Weerdt O, van der Velden AM, Los M, van der Velden AW, Stouthard JM, et al. Response to influenza virus vaccination during chemotherapy in patients with breast cancer. Ann Oncol. 2011;22(9):2031―5. [PMID:21303799]
7)Arrowood JR, Hayney MS. Immunization recommendations for adults with cancer. Ann Pharmacother. 2002;36(7―8):1219―29. [PMID:12086557]
8)Wumkes ML, van der Velden AM, Los M, Leys MB, Beeker A, Nijziel MR, et al. Serum antibody response to influenza virus vaccination during chemotherapy treatment in adult patients with solid tumours. Vaccine. 2013;31(52):6177―84. [PMID:24176495]
9)Beck CR, McKenzie BC, Hashim AB, Harris RC, Zanuzdana A, Agboado G, et al. Influenza vaccination for immunocompromised patients:systematic review and meta―analysis from a public health policy perspective. PLoS One. 2011;6(12):e29249. [PMID:22216224]
10)Beck CR, McKenzie BC, Hashim AB, Harris RC, Zanuzdana A, Agboado G, et al. Influenza vaccination for immunocompromised patients:summary of a systematic review and meta―analysis. Influenza Other Respir Viruses. 2013;7 Suppl 2:72―5. [PMID:24034488]
11)Kunisaki KM, Janoff EN. Influenza in immunosuppressed populations:a review of infection frequency, morbidity, mortality, and vaccine responses. Lancet Infect Dis. 2009;9(8):493―504. [PMID:19628174]
12)Robertson JD, Nagesh K, Jowitt SN, Dougal M, Anderson H, Mutton K, Zambon M, et al. Immunogenicity of vaccination against influenza, Streptococcus pneumoniae and Haemophilus influenzae type B in patients with multiple myeloma. Br J Cancer. 2000;82(7):1261―5. [PMID:10755398]