ステートメント
・転移・再発乳癌に対して,薬物療法が完全奏効し,あるいは,局所治療(手術や放射線治療など)の追加で腫瘍の残存がない状態となり,その後,再燃のないまま長期生存する症例が報告されている。しかし,現時点では,「治癒」というエンドポイントは確立したものではなく,治癒を目標とする治療方針の妥当性は評価できない。
背 景
転移・再発乳癌では根治(治癒)は期待しにくいとされ,「全生存期間(OS)」の延長と,「生活の質(QOL)」の向上を目的に薬物療法が行われてきた1)2)。しかし,近年の薬物療法の進歩に伴い,薬物療法によって完全奏効が得られ,あるいは,局所治療の追加で腫瘍の残存がない状態となり,その後再燃のないまま長期経過する症例が増えてきている。これらの症例は,「治癒」が得られたと考えられるが,転移・再発乳癌でも「治癒」を目指した治療を行うことが妥当かどうかについて検討した。
解 説
「治癒」が得られたとする報告の多くは後ろ向きの症例報告やケースシリーズであり,転移・再発乳癌に対して前向きの臨床試験で「治癒」を評価した研究はない。「治癒」というエンドポイントは確立したものではなく,定義は定まっていない。「完全奏効が得られ,あるいは,局所治療追加で残存病変のない状態となり,他の原因で死亡するまでの間再燃しないこと」というのが一つの定義と考えられるが,「完全奏効」や「残存病変の有無」を画像評価のみで決められるのか(病理学的な証明が必要か)という点や,「再燃」をどのように評価するのかという点でも議論が定まっていない。完全奏効後,あるいは,残存病変治療後に,薬物療法を継続しているかどうかも考慮すべき(薬物療法を継続している場合は治癒とはいえない)という議論もある。
現時点で,転移・再発乳癌を対象とした臨床試験で用いられる真のエンドポイントは,OSとQOLであり,プライマリーエンドポイントとして多く用いられるのは,OS,または,その代理エンドポイントとしての無増悪生存期間(PFS)であるが,「治癒率」(完全奏効をきたし,あるいは,局所治療追加で残存病変のない状態となり,観察期間内に再燃せずに生存している症例の割合)というエンドポイントが,これらと比較して有用であるとは言い難い。「治癒率」が高くなっても,OSの延長に結びつかないのであれば,それ自体の意味は小さく,定義上「治癒」が得られたとしても,その後の長期生存や無再発が保証されるわけではないことからも,「治癒」を,OSに代わる真のエンドポイントと位置付けるのは困難である。
治癒率とPFS率は,「完全奏効をきたし,あるいは,局所治療追加で残存病変のない状態となっている」か否かに違いがあるだけで,「その後再燃せずに生存しているか」をみる点においては,同様のエンドポイントである。治癒とPFSのどちらがOSの代理エンドポイントとなり得るか,治癒とPFSには本質的な違いがあるのか,という検討も必要である。
現時点では,治療の有効性を判断する指標として,治癒率よりもOSを重視すべきと考えられる。すなわち,治癒を目指してより強力な薬物療法を行う方法や,局所治療を加える方法については,ランダム化比較試験でOSの改善が示されていなければ,現時点では,積極的に推奨する根拠とはならない。
ただし,本FQは,治癒を目指した治療戦略の妥当性をエビデンスに基づいて評価するものであり,個別の症例において,「治癒を目指す」ことを否定するものではない。
検索キーワード・参考にした二次資料
PubMedで“Breast Neoplasms”,“Neoplasm Metastasis”,“Neoplasm Recurrence, Local”,“Disease―free Survival”のキーワードで検索した。検索期間は2016年11月までとし,919件がヒットした。
参考文献
1)Cardoso F, Costa A, Senkus E, Aapro M, Andre F, Barrios CH, et al. 3rd ESO―ESMO international consensus guidelines for Advanced Breast Cancer(ABC 3). Breast. 2017;31:244―59. [PMID:27927580]
2)Cardoso F, Costa A, Senkus E, Aapro M, André F, Barrios CH, et al. 3rd ESO―ESMO international consensus guidelines for advanced breast cancer(ABC 3). Ann Oncol. 2017;28(1):16―33. [PMID:28177437]