ステートメント
・手術に耐え得る健康状態であれば,高齢者の乳癌に対しても手術療法を行うことが標準治療である。
背 景
合併症の多くなる高齢者でも,乳癌の手術治療が標準治療であることを概説する。
解 説
高齢者の定義を,過去の研究では70歳以上としているものが多かったが,近年80歳以上としている報告が増えてきた。
70歳以上の乳癌に対して,タモキシフェン単独と手術または手術+タモキシフェンとを比較した7つのランダム化比較試験によるメタアナリシスでは1),生存率は差がないものの(HR 0.98(95%CI 0.81-1.20,p=0.85;手術のみvsタモキシフェン:3試験495患者),(HR 0.86 95%CI 0.73-1.00,p=0.06;手術+タモキシフェンvsタモキシフェン:3試験1,076患者),無増悪期間および局所制御率は有意に手術+タモキシフェンが勝っていた(HR 0.55 95%CI 0.39-0.77,p=0.0006;手術のみvsタモキシフェン),(HR 0.65 95%CI 0.53-0.81,p=0.0001;手術+タモキシフェンvsタモキシフェン)。よって,高齢者であっても手術により無増悪生存率や局所制御率の向上といった「益」を見込める。
一方,「害」としての手術合併症については,高齢者においても乳癌手術の合併症は軽微である。Chatzidakiらは80歳以上の乳癌患者を対象とした検討で,合併症率は37.1%であったがほとんどは創部に関連した軽微なもの(血腫・漿液腫・感染)であり,周術期死亡はなかった2)。
高齢者乳癌の術式については,適応があれば乳房温存手術とセンチネルリンパ節生検が望ましい。Figueriredoらは,67歳以上の高齢者のコホート研究を実施し,若年女性と同様に31%の高齢者においては,術式選択理由として整容性(body image)が最も重要であるとしていた。術後2年の時点でのbody imageに対する満足度評価では,乳房温存手術を受けた群が良好で,一方,乳房温存手術を希望したものの乳房全切除を実施された症例が不良であった3)。腋窩手術に関しては,臨床的腋窩リンパ節転移陰性乳癌にはセンチネルリンパ節生検が標準術式であり,高齢者に対しても行われるべきである4)。一方で,高齢者に対する腋窩リンパ節郭清に関しては,高齢者乳癌に対して腋窩リンパ節郭清を省略する2つのランダム化比較試験が報告されている。Martelliらは,65歳から80歳までの2 cm以下・臨床的腋窩リンパ節陰性乳癌238例に対して乳腺扇状部分切除に腋窩リンパ節郭清を行う群と省略する群とを比較した5)。観察期間15年における遠隔再発,乳癌死亡,全生存率は有意差がなく,郭清省略群における腋窩再発は6%であった。試験は予定症例数を集めることなく終了した。同じく60歳以上の臨床的リンパ節転移陰性乳癌473例に対して腋窩リンパ節郭清の有無によるQOLを評価したIBCSG 10-93試験でも,6年無病再発期間は両群間で有意差を認めなかった(67% vs 66%)6)。高齢者に対して腋窩リンパ節郭清を行うかどうかに関しては,個々の症例ごとに益と害のバランスを考える必要がある。
以上より,乳癌の手術侵襲は比較的小さく,高齢者でも手術に耐えられる状態であれば非高齢者と同様の手術療法を行うことが標準治療である。薬物療法のみの治療は,重篤な合併症を有する患者や手術を拒否された場合に行われるべきものと考えられる。
検索キーワード・参考にした二次資料
「乳癌診療ガイドライン①治療編2015年版」の同クエスチョンの参考文献に加え,PubMedで“Breast Neoplasms”,“Aged”のキーワードで検索した。検索期間は2014年1月から2016年11月までとし,64件がヒットした。また,UpToDate 2017,Cochrane Database 2014を参考にし,これらの文献の中から必要なものを抽出した。
参考文献
1)Hind D, Wyld L, Beverley CB, Reed MW. Surgery versus primary endocrine therapy for operable primary breast cancer in elderly women(70 years plus). Cochrane Database Syst Rev. 2006;(1):CD004272. [PMID:16437480]
2)Chatzidaki P, Mellos C, Briese V, Mylonas I. Perioperative complications of breast cancer surgery in elderly women(≥80 years). Ann Surg Oncol. 2011;18(4):923―31. [PMID:21107743]
3)Figueiredo MI, Cullen J, Hwang YT, Rowland JH, Mandelblatt JS. Breast cancer treatment in older women:does getting what you want improve your long―term body image and mental health? J Clin Oncol. 2004;22(19):4002―9. [PMID:15459224]
4)Biganzoli L, Wildiers H, Oakman C, Marotti L, Loibl S, Kunkler I, et al. Management of elderly patients with breast cancer:updated recommendations of the International Society of Geriatric Oncology(SIOG)and European Society of Breast Cancer Specialists(EUSOMA). Lancet Oncol. 2012;13(4):e148―60. [PMID:22469125]
5)Martelli G, Boracchi P, Ardoino I, Lozza L, Bohm S, Vetrella G, et al. Axillary dissection versus no axillary dissection in older patients with T1N0 breast cancer:15―year results of a randomized controlled trial. Ann Surg. 2012;256(6):920―4. [PMID:23154393]
6)International Breast Cancer Study Group, Rudenstam CM, Zahrieh D, Forbes JF, Crivellari D, Holmberg SB, et al. Randomized trialcomparing axillary clearance versus no axillary clearance in older patients with breast cancer:first results of International Breast Cancer Study Group Trial 10―93. J Clin Oncol. 2006;24(3):337―44. [PMID:16344321]