乳癌診療では長い間,腫瘍の浸潤径,腋窩リンパ節転移状況,組織型,病理学的悪性度,エストロゲン受容体(ER),プロゲステロン受容体(PgR),HER2状況等により,予後予測や治療方針決定がなされてきた。一方,2000年にPerouらがcDNA マイクロアレイを用い乳癌の遺伝子発現プロファイリング(gene expression profiling;GEP)を行って以来,GEPに基づくintrinsic subtype分類が注目されている1)2)。この分類では,乳癌はluminal A,luminal B,HER2-enriched,basal-like,normal breast-like等,生物学的性状の異なるサブタイプに分けられる。サブタイプにより予後や薬物感受性が異なるため,薬物療法選択の指標となり得る点が有利だが,GEPを乳癌全例に行うのは臨床上現実的ではない。そこで2011年,2013年のザンクトガレンコンセンサス会議では,一般的な病理検査で得られる免疫組織化学法を主体としたER/PgR/HER2/Ki67状況に基づくintrinsic subtypeの代替定義が採択された3)4)。2015年の同会議では,intrinsic subtypeそのものよりも,治療方針決定により役立つ分類を,という観点から,進行度も加えた形でのサブタイプ分類が提示された5)。一方,2017年の同会議で提示されたサブタイプ定義そのものには進行度は考慮されておらず(表1),補助療法の推奨においてサブタイプと進行度が考慮される形となっている6)。なお,2017年同会議のサブタイプ定義では,luminal A-likeとluminal B-likeにintrinsic subtypeの名が残っているが,HER2-enrichedとbasal-likeは遺伝子解析でのみ定義されるべきものとされており,各々,ホルモン受容体陰性/HER2陽性,トリプルネガティブというように病理診断情報に忠実な形で表現されている。また,luminal A-likeとluminal B-likeの分類に際し,多遺伝子アッセイ(乳癌診療ガイドライン①治療編2018年版,薬物:1.初期治療 総説,FQ4参照)が重視される方向にあるが,わが国ではまだ多遺伝子アッセイの普及は限られている。‘luminal A’(正確にはluminal A-like)や‘luminal B’(正確にはluminal B-like)という言葉は,わが国でも日常診療においてごく普通に聞かれるようになっている。しかし,本来,intrinsic subtypeはあくまでもGEPに基づく分類であり,臨床病理学的情報に基づく分類と必ずしも一致するものではない点は留意しておく必要がある。また,Ki67はluminal A-likeとluminal B-likeの分類上,重要な項目とされているが,その評価方法は標準化されていないという現状がある(病理FQ1参照)。‘luminal’という言葉が日常診療で多用されるようになっているとはいえ,実際に行われる診療は,基本的に,ER/PgR/HER2(加えて,場合によりKi67)状況と,従来の臨床病理学的情報に基づくリスクを考慮して行われるので,intrinsic subtype登場前と,少なくともわが国における現状では,本質的に大きな変化はない。しかし,多遺伝子アッセイの臨床的有用性(対費用効果も含めた)が今後さらに認められ,わが国でも普及していけば,luminal A-likeとluminal B-likeの分類も,より意義のあるものになっていくかもしれない。今後の動向を注視して行く必要がある。
参考文献
1)Perou CM, Sørlie T, Eisen MB, van de Rijn M, Jeffrey SS, Rees CA, et al. Molecular portraits of human breast tumours. Nature. 2000;406(6797):747―52. [PMID:10963602]
2)Sørlie T, Perou CM, Tibshirani R, Aas T, Geisler S, Johnsen H, et al. Gene expression patterns of breast carcinomas distinguish tumor subclasses with clinical implications. Proc Natl Acad Sci USA. 2001;98(19):10869―74. [PMID:11553815]
3)Goldhirsch A, Wood WC, Coates AS, Gelber RD, Thürlimann B, Senn HJ;Panel members. Strategies for subtypes――dealing with the diversity of breast cancer:highlights of the St. Gallen International Expert Consensus on the Primary Therapy of Early Breast Cancer 2011. Ann Oncol. 2011;22(8):1736―47. [PMID:21709140]
4)Goldhirsch A, Winer EP, Coates AS, Gelber RD, Piccart―Gebhart M, Thürlimann B, et al;Panel members. Personalizing the treatment of women with early breast cancer:highlights of the St Gallen International Expert Consensus on the Primary Therapy of Early Breast Cancer 2013. Ann Oncol. 2013;24(9):2206―23. [PMID:23917950]
5)Coates AS, Winer EP, Goldhirsch A, Gelber RD, Gnant M, Piccart―Gebhart M, et al;Panel members. Tailoring therapies――improving the management of early breast cancer:St Gallen International Expert Consensus on the Primary Therapy of Early Breast Cancer 2015. Ann Oncol. 2015;26(8):1533―46. [PMID:25939896]
6)Curigliano G, Burstein HJ, P Winer E, Gnant M, Dubsky P, Loibl S, et al. De―escalating and escalating treatments for early―stage breast cancer:the St. Gallen International Expert Consensus Conference on the Primary Therapy of Early Breast Cancer 2017. Ann Oncol. 2017;28(8):1700―12. [PMID:28838210]