診療ガイドラインは,福井らにより,「診療上の重要度の高い医療行為について,エビデンスのシステマティック・レビューとその総体評価,益と害のバランスなどを考量して,患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書」と定義されている。この定義に沿って,乳癌診療ガイドライン2018年版は,日常診療の多くを占める介入に関して,益と害を設定し,それぞれに対するエビデンスを総体評価し,さまざまな介入手段をその推奨度とともに提示できるよう作成された。その結果,患者と医療者のshared decision makingを直接的にサポートすることを目指した(本書「乳癌診療ガイドライン2018年版作成にあたって」参照)。
一方,病理診断領域のガイドラインで扱う項目には介入に関するものが少なく,害として介入による明らかなもの(薬物療法による副作用や局所療法による後遺症など)を想定しにくい。病理診断で想定される主な害は,その診断自体が不適切,あるいは,診断結果が不適切に理解され,その後の医療行為が誤って選択されることである。病理診断領域のガイドラインは,この害をできる限り回避すべく,病理診断に従事する人(検体採取を行う臨床医,病理医,臨床検査技師)と病理診断を利用する人(臨床医,患者)を対象に,適切な病理診断が報告されることと病理診断結果が適切に理解されることを目的に作成された。このことにより,間接的に,患者と医療者のshared decision makingをサポートすることを目指した。
具体的には,BQ1の穿刺吸引細胞診(FNA),針生検(CNB),吸引式乳房組織生検(VAB)の比較のみ,介入であるため,当初はCQとして検討された。しかし,この項目に関する研究のほとんどが後ろ向きであり,対象の選択バイアスが大きく,エビデンスレベルが低かった。また,FNA,CNB,VABは,検体不適正,良性,鑑別困難,悪性の4段階に分けて診断されることが多く,それらのデータを用いた診断精度の評価方法が研究により異なり,定量的なシステマティック・レビューも困難であった。このため,この項目は最終的にBQとして記載された。BQ1以外の項目はすべて介入ではないため,検査の意義,方法,判定基準,有用性について文献検索を行い検討した。検査方法や判定基準が標準化されていない場合は,診断自体が不適切,あるいは,診断結果を不適切に理解される可能性が高く,特に注意を喚起した。記載内容の正当性を支える報告が多い項目はBQに,少ない項目はFQとした。検体の取扱い,浸潤性乳癌の病理学的グレード分類,サブタイプや診断困難病変の解説は,総論として記載した。
以上のように,病理診断領域のガイドラインは他領域のガイドラインと背景が異なるため,内容や体裁が異なる。しかし,医療行為における患者と医療者の意思決定に役立つという目的は共通している。本ガイドラインが他領域のガイドラインと合わせて,より多くの臨床現場で活用されることを期待したい。