A.妊娠や出産,授乳が乳がんの再発の危険性を高めるという証拠はありません。また,乳がんの治療後に妊娠・出産をしても,胎児に異常や奇形が起こる頻度は高くなりません。
また,抗がん薬の中には卵巣機能に傷害を与えて恒久的に月経を止めるものがあり,治療後に妊娠できなくなることがあります。

解説

かつては,妊娠が乳がんの再発の危険性を増やす可能性や抗がん薬による催奇形性(さいきけいせい)(胎児に奇形を起こしやすくすること)などの問題を漠然と危惧(きぐ)して,抗がん薬治療後の妊娠はあきらめるべきだとする風潮がありました。しかし,さまざまな研究の結果,このような考え方は必ずしも正しくないことがわかってきました。

乳がん治療後に妊娠したり授乳したりすると,再発しやすくなるのでしょうか

再発しやすくなるとは考えられていません。乳がん治療後に妊娠した患者さんと妊娠しなかった患者さんを比較した研究の結果がいくつか報告されており,そのほとんどが「妊娠しても再発しやすくはならない」と結論付けています。また,授乳により乳がんが再発しやすくなるという根拠はなく,乳児に対しても悪影響を及ぼすことはないと考えられています。

治療終了後に妊娠した場合,胎児の奇形の可能性は増えるのでしょうか

そのようなことはありません。抗がん薬治療を受けた方においても,治療終了後の妊娠・出産で胎児に異常や奇形がみられる頻度は,一般女性の妊娠・出産の場合と変わらないことがわかっていますので,特に心配はいりません。

抗がん薬治療によって妊娠できなくなる可能性はどの程度あるのでしょうか

閉経前の乳がん患者さんが抗がん薬の投与を受けた場合,抗がん薬によって卵巣がダメージを受け,抗がん薬治療中や治療後に月経が止まってしまう患者さんが少なくありません。卵巣機能に障害を引き起こす可能性のある代表的な抗がん薬はシクロホスファミド(商品名 エンドキサン)であり,この薬剤をどれだけ投与したかが月経にかかわる要因の一つとして考えられています。この抗がん薬はAC療法, FEC療法やCMF療法など乳がんに対する代表的な抗がん薬レジメン(組み合わせ)治療に含まれています。抗がん薬により無月経となってしまう割合は,抗がん薬のレジメンの種類だけではなく,患者さんの年齢によっても異なります。ASCO(アスコ)(米国臨床腫瘍学会)のガイドライン(2013年版)では,無月経のリスクが低い(30%未満)とされたのは30歳未満のCMF療法,CAF療法,CEF療法のみであり,30歳以上あるいは年齢に関係なく,アンスラサイクリン系とタキサン系抗がん薬の併用レジメンは,無月経のリスクは中間(30~70%)または高い(70%以上)とされています。また,抗がん薬治療後にホルモン療法を併用する場合には,さらに無月経のリスクが高くなります。

現在,抗がん薬による卵巣へのダメージを減らす方法について,さまざまな研究が進められていますが,まだ研究段階で明確な結論は得られていません。しかし,それぞれの患者さんに最適と考えられる治療は,再発リスクやサブタイプなどを考慮して決定することが原則です。現在では,受精卵や未受精卵子,卵巣組織を凍結保存しておくことも可能です。受精卵の凍結保存に比べて,凍結融解未受精卵子を用いた場合の生産率は約半分(22.4% 対 9.9%)と報告されています。一方,卵巣組織凍結に関しては,まだ試験的な取り組みとされています。将来,挙児希望のある患者さんは,治療前から担当医や生殖医療の専門の先生と妊孕性(にんようせい)温存について相談し,妊孕性温存療法を受けることも大切な選択肢です。

乳がんの治療後はいつから妊娠が可能でしょうか

どのような薬剤でも妊娠前期に使用すると胎児に影響を与える可能性があります。特に抗がん薬やホルモン療法薬は,妊娠前期に使用すると胎児の奇形が増すなど,胎児に影響を与える可能性がありますので,治療中は妊娠しないように気をつけましょう。妊娠中期からの抗がん薬治療は可能といわれています。

治療終了後は妊娠が可能です。抗がん薬による卵巣への直接の影響は,抗がん薬使用直後の月経周期に対してだけですが,薬によっては数週間~数カ月間,内臓に影響が残る薬剤もありますので,念のため,数回月経を確認した後で妊娠するほうがよいと考えられています。また,タモキシフェンの場合,薬が体内から出るまでには,約2カ月かかるという報告があります。このため,タモキシフェン終了後は,念のため2カ月間は妊娠を避けたほうがよいでしょう。

再発の危険性には個人差がありますが,再発する方の多くが術後2~3年以内にみられることから,少なくとも術後2年間は妊娠を避けたほうがよいかもしれません。

ホルモン受容体陽性乳がんの術後ホルモン療法は,5年間から10年間へとさらに長期の治療が勧められるようになってきました。そのため,術後ホルモン療法を休薬し,妊娠することへの安全性を検証する国際共同臨床試験(POSITIVE(ポジティブ)試験)が現在進行中です。

患者さんによってそれぞれ状況が異なりますので,妊娠・出産を希望される場合には担当医にご相談ください。

なお,乳がん治療と妊娠出産,生殖医療について詳しくお知りになりたい方は,下記書籍(刊行版,ウェブ版)をご参照ください。

・乳がん患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療の手引き 2017年版(日本がん・生殖医療学会編)   http://www.j-sfp.org/dl/JSFP_tebiki_2017.pdf

・小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017年版(日本癌治療学会編)  https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0326/G0000995