A.抗がん薬治療を始めて2~3週間後ぐらいから脱毛が始まります。脱毛に備えたウィッグ(かつら)や帽子は,治療中も安心して使用でき,生活スタイルに合った自分らしく過ごせるものを選びましょう。眉やまつ毛の脱毛カバーの仕方や治療中の爪ケアについても知っておくと安心です。

解説

抗がん薬治療による脱毛

抗がん薬は,分裂が速いがん細胞を攻撃しますが,正常細胞の中でも分裂が速い毛母細胞(もうぼさいぼう)(髪のもとになる細胞)も攻撃し,脱毛を起こします。

乳がん治療で使われるアンスラサイクリン系やタキサン系抗がん薬(☞Q48参照)は脱毛率が高く,最近の脱毛調査では,頭髪の8割以上が脱毛した患者さんが94%いたと報告されています。抗がん薬治療が始まって,2~3週間後から脱毛が始まり,治療終了後,早い人で1カ月(平均3.4カ月)程度で髪が生え始めます。個人差がありますが,その後,ショートの長さまで生え揃うには半年~1年ぐらいかかるため,初期治療でウィッグを使う期間は,1~2年程度の方が多いようです。また,毛の太さ,色,毛質(巻き毛,ストレート)など元の髪質とは違う毛が生えてくることもありますが,時間の経過とともに治療前の状態に戻ることが多いです。しかし,中には回復まで時間がかかる方や,薄毛のまま,元の髪の状態に戻らない方もおられます。眉やまつ毛は,8割以上脱毛した患者さんが60%いたと報告されていますが,薄くなる程度の人もいます。

また,パーマやカラーリングは頭皮への刺激が強いため,抗がん薬治療中は避け,抗がん薬治療終了後から1年ぐらいを目安に,皮膚の様子をみて,担当医の許可が出てから始めましょう。

なお,施設によっては頭皮冷却装置を用いて抗がん薬治療による脱毛抑制効果に関する臨床試験を行っていたり,この装置を実際に使用している場合があります。髪を湿らせて特有のキャップを頭部に密着させ,抗がん薬投与30分前から投与中,および投与後30~90分,頭皮冷却装置を用いて頭皮を3℃に冷却します。副作用として,悪寒,頭皮の疼痛,頭痛などが報告されています。対象となる患者さんや,抗がん薬の種類や方法も施設によって異なりますので,関心がある場合は担当医に尋ねてください。

ウィッグを選ぶとき,治療中ならではの大切なこと

治療中もできるだけ普段と変わらない生活や仕事を続けていくために,脱毛に備えて治療前にウィッグを準備しておくと安心です。ウィッグには,通信販売で購入できるものからウィッグメーカーや美容室のサロンでつくるものまでいろいろあり,価格も数万円から数十万円以上のものまで幅があります。生活スタイルや好み,予算に合わせて,自分らしくかぶれるウィッグを選んで構いません。ただし,治療中ならではのポイントは押さえておきましょう。

ウィッグには,すぐに使える既製品と,出来上がるまでに1カ月程度かかるオーダー品があります。脱毛が始まる時期も確認して準備しましょう。毛質(人毛,人工毛,混合毛)によって,普段の手入れの方法が異なります。人毛の場合は自髪と同様ですが,人工毛や混合毛は形状が記憶されていて手入れが簡単です。また,治療中,髪が脱毛して再び生えてくるまでの間,頭周のボリュームが変わっていくので「サイズ調整はできるか」,体調の変化や敏感な頭皮,暑さやムレを考慮して「締め付けはないか」「裏側ネットの肌触りや通気性はどうか」なども確認しましょう。見た目だけでなく,かぶり心地も大切です。実際に試着してみるとよいでしょう。また,治療後も薄毛で髪が戻らない患者さんのために,最近は部分かつら(ウィッグ)も出ていますので,試着してみてください。

なお,ここ数年,「医療用ウィッグ」と銘打った粗悪品が出回っていることから,ウィッグの安全性を確認するため,2015年4月に経済産業省が「医療用ウィッグJIS(日本工業規格)」を制定し,ウィッグ本体と付属のネットを対象に,「性能,品質,安全性」についての基準が示されました。

帽子やバンダナ,つけ毛を活用

普段の生活では,帽子やバンダナ,つけ毛などを活用すると楽に過ごせます 図1 。髪が抜けると,頭皮が露出し,暑さ寒さを敏感に感じ,汗や皮脂も出やすくなります。帽子をかぶることで頭を保護し,心地よく過ごせます。頭皮が敏感になっているので,締め付けず,肌触りのよい素材で縫い目が気にならない,すっぽりと頭全体を覆うものがよいでしょう。寝るとき(横になるとき)のもの,抜け始めから屋内で楽にかぶれるもの,屋外でもかぶれるものなどを用意しておくと便利です。屋外用のつば付き帽子は,深くかぶれて,つば幅が広すぎないものなら強風にあおられる心配はありません。さらに,帽子とつけ毛を組み合わせて,帽子から少し髪が出ると,見た目が自然になり,ちょっとした外出や突然の来客にも気を使いません。

図1  頭髪の脱毛をカバーするアイテム

眉とまつ毛の脱毛をカバーするには

脱毛後に眉を描くときは,眉の位置がわかりにくいので,顔と眉のバランス 図2 を確認してみましょう。アイブロー(眉ずみ)は,ウォータープルーフ(防水用)のものにすると皮脂や汗が出ても落ちにくくなります。アイブローの色は,ウィッグの色に合わせると自然です。

まつ毛が脱毛すると,目にゴミが入りやすいので,メガネやファッショングラスでカバーしましょう。つけまつ毛を使うときは,接着剤のパッチテストを行ってください。

抗がん薬治療が終わると眉やまつ毛も徐々に生えてきますが,まつ毛が生えてこないときは,まつ毛貧毛症治療薬(商品名 グラッシュビスタ)が承認されていますので,医師に相談してください。ただし,これは自由診療となります。

図2  顔と眉の美しいバランス

治療中の爪ケア

爪のもととなる爪母細胞(そうぼさいぼう)も抗がん薬による影響を受け,手足の爪が脆(もろ)くなったり,筋が入ったり,変色したりします。普段よりやさしいケアと保湿をしましょう。爪切りを使うと,爪に圧力がかかるので,なるべくファイル(爪やすり)で優しく削ります (図3) 。爪は短めに整え,清潔にしましょう。手を洗った後は,よく拭いてから,保湿用オイルやクリームで爪周りの保湿をします。爪のトラブルを悪化させないために,弱くなっている爪の乾燥を防ぐことが大切です。

変色した爪にネイルカラーを塗る場合は,乾燥のもとになる除光液をできるだけ使わないように,ネイルカラーの前後に,ベースコートとトップコートを塗り,カラーを長持ちさせます。なお,治療中は,爪を削るジェルネイルはお勧めできません。また,金属や磁性体を使ったジェルネイルは,MRI検査に反応し,怪我をしたり機器を壊す可能性がありますので,検査の際は必ず外すようにしてください。

図3  爪の削り方