A.薬による治療は,乳がんの性質と再発の危険性(リスク)を予測する因子,患者さんの全身状態,治療法に対する希望や意向,月経の有無などを考慮して決定します。

解説

薬による治療の目的

乳がんは薬がよく効くがんとして知られています。どんな薬をどう使うかは,治療の目的,すなわち,①手術前にしこりを小さくするためか(術前薬物療法☞Q20参照),②術後にからだのどこかに潜んでいるがん細胞を根絶するためか(術後化学療法☞Q46参照,術後ホルモン療法☞Q52参照),③最初から他の臓器に転移があった場合や再発を治療するためか(再発・転移の治療☞Q41参照),によって変わります。ここでは, 術前もしくは術後にからだのどこかに潜んでいるがん細胞(微小転移といいます)を根絶して,再発を予防する目的で行う薬物療法について説明します。

薬の種類と使用する薬の決め方

再発予防効果が確認されている薬物療法は大きく分けて,抗がん薬(いわゆる抗がん剤),ホルモン療法薬,抗HER2(ハーツー)療法薬である分子標的治療薬の3種類があります。これらの薬を術前もしくは術後に使用するかどうかは,乳がんの性質と再発のリスクを考慮して決定されます。ホルモン療法薬と抗HER2薬は,がん自体がもっているホルモン受容体やHER2受容体を介して攻撃するので,患者さん自身のがんがこれらの性質をもっている場合にのみ使用します。

乳がんの性質に応じた薬の選択
(1)ホルモン受容体陽性乳がん

乳がんが,その細胞内に「ホルモンを取り入れるための口」であるホルモン受容体(エストロゲン受容体)をもっている場合,女性ホルモン(エストロゲン)を取り入れて増殖する性質があります。閉経前の方は,LH–RHアナログという注射で卵巣の機能を抑えることでエストロゲンの量を減らすことができ,閉経後の方はアロマターゼ阻害薬という薬で,脂肪などからエストロゲンをつくる働きを抑えることができます。また,タモキシフェンなどの抗エストロゲン薬を投与すると乳がん細胞はエストロゲンを取り入れられなくなります。これらの薬剤の作用により,がんの増殖を抑えることができます(☞Q51参照)。したがって,ホルモン受容体(エストロゲン受容体もしくはプロゲステロン受容体)をもっているかを病理検査で調べ,もっている乳がん(ホルモン受容体陽性乳がんといいます)にはホルモン療法を行います。がん細胞のホルモン受容体陽性細胞の割合が多いほど,ホルモン療法の効果は高くなります。

ホルモン受容体陽性乳がんに抗がん薬を使用するかどうかは,下記の再発リスクを予測する因子を考慮して決定します(☞Q46参照)。Oncotype DX(オンコタイプディーエックス)やMammaPrint(マンマプリント)といった遺伝子検査(多遺伝子アッセイ)を用いることもできます(☞Q30参照)。

(2)HER2陽性乳がん

細胞表面にHER2タンパクをもっている乳がんは,増殖が盛んなことが知られています。抗HER2薬であるトラスツズマブは,このHER2タンパクにくっついて,がん細胞の増殖を抑えます(☞Q50参照)。したがって,がん細胞がHER2タンパクをもっているかどうかを調べ,HER2タンパクをもっている場合(HER2陽性乳がんといいます)にはトラスツズマブと抗がん薬を使用します。ペルツズマブを併用することもあります。

(3)ホルモン受容体陰性・HER2陰性乳がん(トリプルネガティブ乳がん)

上記のエストロゲン受容体やプロゲステロン受容体,HER2タンパクのいずれももっていない乳がん(トリプルネガティブ乳がんといいます)は,ホルモン療法や抗HER2薬の効果が期待できないため,これらの治療は行いません。からだのどこかに潜んでいるがん細胞を根絶するためには,術前もしくは術後に抗がん薬治療を行うことで対処します。トリプルネガティブというと極端に悪いがんという印象があるかもしれませんが,抗がん薬の効果が高い場合もありますので,必ずしもそうではありません。また,腺様囊胞(せんようのうほう)がん(☞Q31参照)などの再発のリスクが低い特殊な乳がんに対しては抗がん薬治療を行わないこともあります。

再発リスクを予測する因子

再発リスクを予測する因子は,腫瘍の大きさ(大きいほうがリスクが高い),リンパ節転移の状態(転移があるほうがリスクが高い),がん細胞の悪性度(組織学的悪性度,グレードが高いほうがリスクが高い),がんの増殖能(Ki67が高いほうがリスクが高い),がん細胞のHER2の状態(HER2があるほうがリスクが高い),脈管侵襲(みゃっかんしんしゅう)〔切除した標本を顕微鏡でみて,がんの周りの脈管(リンパ管や血管)にがん細胞がどの程度入り込んでいるかを調べる。脈管侵襲があるほうがリスクが高い〕などです(☞Q30参照)。腫瘍の大きさ(☞Q19参照)が0.5cm未満で腋窩(えきか)リンパ節転移がなく,上記のリスク因子を伴わない場合には再発の可能性が少ないため,抗がん薬や抗HER2薬は使用しません。

薬による再発予防の治療を行う根拠とその限界

再発予防の治療は,本来であれば,「再発する人」と「再発しない人」を特定して,再発する人にだけ行うのが理想的です。しかし,どの人が再発するかしないかを正確に予測することは非常に難しく,前述したように,「再発の危険性を予測する因子」を組み合わせて,「再発の危険性の高い群,中くらいの群,低い群」に区別するのが限界です。

再発予防を目的に抗がん薬を行うべきかどうかという判断は,ときに難しいことがあります。乳がんの性質や再発のリスクを十分に検討し,再発のリスクが高く,抗がん薬による再発予防効果が高いと判断される場合は,強く抗がん薬治療を勧めることになります。一方,再発のリスクが低く,抗がん薬による再発予防効果が低いと判断される場合は,抗がん薬治療は勧めません (図1) 。判断が難しいのはその中間の場合にどうするかという点です。抗がん薬による再発予防効果と副作用などを総合的に検討し,担当医と十分に話し合って,治療法を決めてください。

また,薬物療法により生じる副作用の程度は患者さんそれぞれで違いがあるので,一度決定した治療法であっても,その薬物療法の副作用で生活の維持が著しく困難になる場合があります。担当医と薬物療法変更のメリット・デメリットなども十分に話し合い,ときに治療を中断したり,変更したりする判断が必要となることもあります。

図1 再発リスクによる抗がん薬のメリットの違い(イメージ)
同じ抗がん薬を使用しても,再発リスクの高い人には抗がん薬のメリットは大きく,再発リスクの低い人には抗がん薬のメリットは小さくなります。