A.しこりとして触れる病態は,乳がん以外にも,乳腺の良性腫瘍,皮下脂肪の塊(かたまり),皮膚の腫瘍,乳腺症などがあります。基本的に乳がんと一部の良性腫瘍以外は治療の必要はありません。

解説

乳房内に触れるしこりの大部分は,乳がんとは関係のない良性の病変です。もちろん,皮下脂肪の塊などは治療不要です。以下に,主な乳房のしこりについて解説します。

乳腺線維腺腫

乳腺線維腺腫とは,乳房の代表的な良性腫瘍で,10歳代後半から40歳代の人に多く起こります。ころころとしたしこりで,触るとよく動きます。マンモグラフィや超音波検査などの画像検査や針生検などで線維腺腫と診断された場合は,特別な治療は必要なく,乳がんの発症とも関係ありません。閉経後には徐々に縮小してしまうことが多いのですが,しこりが急速に大きくなる場合は,摘出することもあります。

葉状(ようじょう)腫瘍

初期のものは線維腺腫に似ているものの,急速に大きくなることが多いのが特徴です。ほとんど良性ですが,なかには良性と悪性の中間のものや,悪性のものもあります。通常は摘出が必要で,治療の原則は手術による腫瘍の完全摘出です。ただし,葉状腫瘍は腫瘍のみをくり抜いて摘出するだけでは周囲に非常に再発しやすいので,腫瘍の周りに少し正常組織を付けて,腫瘍をくるむように確実に摘出します。乳房全体を占めるほど大きな腫瘍では,乳房全切除術が必要になりますが,この場合の同時乳房再建術は保険診療で行うことが可能です。針生検の検査結果だけでは乳腺線維腺腫と区別がつかないこともあるので,臨床経過から葉状腫瘍が疑われる場合は摘出が勧められます。

乳腺炎

乳腺炎とは,乳汁のうっ滞(たい)(滞(とどこお)り)や細菌感染によって起こる乳房の炎症で,赤く腫(は)れたり,痛み,うみ,しこりなどの症状がみられます。特に授乳期には,母乳が乳房内にたまり炎症を起こす,うっ滞性乳腺炎が多くみられます。乳頭から細菌が侵入すると化膿性乳腺炎(かのうせいにゅうせんえん)となって,うみが出るようになります。症状を改善させるために,皮膚を切開して,うみを出しやすくする処置が行われることがあります。一方,授乳期以外に,乳房の広い範囲に乳腺炎が起こることもあります。原因はよくわかっていませんが,乳房の中にたまった分泌液にリンパ球などが反応して起こるのではないかと考えられています。 また,乳輪下にうみがたまることがあります(乳輪下膿瘍(にゅうりんかのうよう)といいます)。これは陥没乳頭(かんぼつにゅうとう)の人や喫煙者に起こりやすく,治りにくい乳腺炎で,手術が必要になる場合があります。これらの乳腺炎は乳がんの発症とは直接関係ありません。ただし,痛みがないのに乳房が腫れる場合は,炎症性乳がんといって,炎症症状を呈する,まれな乳がんであることがありますので,このような場合には医療機関を受診してください。

乳腺症(病理学用語)

いわゆる乳腺症は,30~40 歳代の女性に多くみられる乳腺のさまざまな良性変化をひとくくりにして呼ぶときの総称です。病理学的には,乳腺の良性変化には嚢胞(のうほう),乳管内乳頭腫,腺症など,さまざまな病態が含まれており,それが乳腺の一部に集まるとしこりとして触知されることがあります。しこり以外の症状としては硬結(こうけつ)(しこりではないが,限局した硬い部分),疼痛(とうつう)(乳房痛),異常乳頭分泌が挙げられます。乳腺症には,主として卵巣から分泌されるエストロゲンとプロゲステロンというホルモンがかかわっており,閉経後に卵巣機能が低下すると,これらの症状は自然に消失します。

硬結は,片側あるいは両側の乳房に,大きさが不揃(ふぞろ)いの境界不明瞭な平らで硬いしこりとして触れることが多く,月経前に増大し,月経後に縮小します。硬結部は何もしないでも痛むか,押さえると痛むことが多く,この痛みも月経周期と連動します。乳腺症に伴う異常乳頭分泌の性状はサラッとした水のような漿液性(しょうえきせい),乳汁様(にゅうじゅうよう)あるいは血性など,さまざまです。漿液性あるいは乳汁様の場合には,ほとんど問題はありません。血性乳頭分泌(血液の混じった分泌物)がみられた場合には,乳腺良性疾患の一種である乳管過形成や乳頭腫である頻度が高いですが,乳がんが隠れている可能性もあるので詳細な検査が必要になります。月経周期と連動するしこりや痛みはあまり心配する必要はありませんが,月経周期に関係のないしこりに気づいたら医療機関を受診してください。