A.乳がんのなかには,粘液がん,管状がん,腺様(せんよう)囊胞(のうほう)がんなどの特殊型があり,通常の乳がんとは予後や薬物療法の適応基準がやや異なるものがあります。また,炎症性乳がんや潜在性乳がんといった特殊な病態もあり,それぞれの病態に応じた治療方針がガイドラインで示されています。

解説

粘液がん

粘液がんの発生頻度は全乳がんの約3%程度です。粘液がんは,比較的病気の進行がゆっくりで,ホルモン療法が有効なタイプが多いのが特徴です。通常の乳がんでは,しこりの大きさやわきのリンパ節(腋窩(えきか)リンパ節)転移の有無が治療後の予後に影響しますが,粘液がんでは,しこりがやや大きくても通常の乳がんほど予後が悪くないことが知られています。したがって,粘液がんの場合,腋窩リンパ節転移がなければ,しこりがやや大きくても,再発予防目的の薬物療法はホルモン療法だけで十分である場合が多いと考えられています。

管状がん

管状がんの発生頻度は全乳がんの約0.3%程度で,上記の粘液がんよりもさらにまれなタイプです。管状がんは,粘液がんよりもさらに病気の進行が緩やかで,ホルモン療法が有効なタイプが多いのが特徴です。管状がんの予後は非常に良好であるため,腋窩リンパ節転移がなければ,しこりがやや大きくても,再発予防目的の薬物療法はホルモン療法だけで十分であると考えられています。

腺様囊胞がん

腺様囊胞がんの発生頻度は全乳がんの約0.1%程度で,粘液がんや管状がんよりもさらにまれなタイプの乳がんです。腺様囊胞がんの多くは,エストロゲン受容体陰性・プロゲステロン受容体陰性・HER2陰性のいわゆるトリプルネガティブ乳がんに分類されます。一般的に,トリプルネガティブ乳がんは病気の進行が早く,予後が悪いため,再発予防目的に抗がん薬治療(化学療法)が行われます。しかし,腺様囊胞がんは,トリプルネガティブ乳がんであるにもかかわらず,その予後は極めて良好であることから,腋窩リンパ節転移がなければ,再発予防目的の抗がん薬治療は行わなくてもよいだろうと考えられています。

炎症性乳がん

炎症性乳がんとは,しこりを認めず,皮膚が急性乳腺炎のときのように赤くなることを特徴とする乳がんです。炎症性乳がんの発生頻度は全乳がんの約0.5~2%程度で比較的まれな病態です。炎症性乳がんと似ている急性乳腺炎は,授乳期に多くみられる細菌による感染症ですので,授乳期でないにもかかわらず乳房に発赤(ほっせき)を認めたときには,炎症性乳がんの可能性がないかどうかを調べることが勧められます。炎症性乳がんに対しては,抗がん薬治療(化学療法)を行った後に,手術や放射線療法などの乳房に対する局所療法を組み合わせた治療が一般的に勧められます。

潜在性乳がん

がんが最初にできた場所である「原発部位」がわからないがんを「原発不明がん」と呼びます。腋窩リンパ節転移がみつかったにもかかわらず,視触診やマンモグラフィ・乳房超音波検査,さらには乳房MRIなどの精密検査を行っても乳房内には異常を認めない「原発不明がん」は,乳房内のどこかに乳がんが隠れていると考えることが妥当なため,「潜在性乳がん」とも呼びます。腋窩リンパ節転移でみつかった「潜在性乳がん」に対しては,乳がんに準じた治療を行うことが推奨されます。乳房に対する治療として,手術か放射線療法のどちらかを行うことが推奨されますが,どちらがより適切かは個々の患者さんの状況をみて総合的に判断することになります。腋窩リンパ節に関しては,転移しているリンパ節を含めた切除(腋窩リンパ節郭清術)を行います。腋窩リンパ節郭清術に加えて,乳がんに準じた薬物療法を行うことが推奨されます。