A.手術後に,特別な理由もなく放射線療法の開始を遅らせることは望ましくありません。しかし,放射線療法と抗がん薬治療(化学療法)の両方を受ける必要がある場合には,抗がん薬治療が終わってから放射線療法を開始するのが一般的です。

解説

乳房温存療法の場合

乳房温存手術を受けた患者さんは,年齢や病気の性質,進行度などによって,放射線療法だけを受ければよい場合と,放射線療法と抗がん薬治療の両方を受けたほうがよい場合があります。①放射線療法だけを受ける場合には,放射線療法はいつ頃までに始めたほうがよいか,②放射線療法と抗がん薬治療の両方を受ける場合には,放射線療法と抗がん薬治療のどちらを先にしたらよいか,③抗がん薬治療を先に始めた場合,放射線療法はいつ頃までに開始しないといけないのかが気になると思います。こうした問いに対する明確な答えはないのですが,いくつか明らかになっていることもあります。

(1)抗がん薬治療を受けない場合,放射線療法はいつ頃までに始めたほうがよいでしょうか

放射線療法だけを行う場合は,手術の傷がよくなった時点で治療を始めるのが普通です。しかし,ときには手術後の合併症(傷の治りが悪い場合や炎症など)や年末・年始のお休み,個人的な理由などで治療の開始が遅れることがあります。これまでの研究によると,治療開始が遅れるほど残された乳房内の再発が増える可能性が示されています。特に手術から放射線療法の開始までが20週を超えると,生存率も下がる可能性があると報告されています。したがって,特別な理由がない限り,手術後の放射線療法は傷が治り次第なるべく早期に(特に手術後20週以内に)始めることが勧められます。

(2)放射線療法と抗がん薬治療のどちらを先にしたらよいでしょうか

放射線療法と抗がん薬治療の両方が必要な場合,両者の順序には,放射線療法を先に行う場合,抗がん薬治療を先に行う場合,放射線療法と抗がん薬治療を同時に行う場合の3通りが考えられます。どの方法が最も治療効果が高いかを調べた研究では,放射線療法と抗がん薬治療はどちらを先に行っても局所再発や遠隔転移,死亡率に差がないことが報告されています。しかし,遠隔転移は生死にかかわる可能性があるため,これを減らす目的で数カ月間の抗がん薬治療を先に行い,その後に放射線療法を行うことが一般的となっています。抗がん薬治療と放射線療法を同時に行う治療については,副作用に問題はなく安全に行えたとする報告と,見過ごすことのできない急性の副作用がみられたとする報告があり,現時点では十分観察の行き届いた臨床研究においてのみ行われるべきと考えられます。

(3)抗がん薬治療を先に始めた場合,放射線療法は遅くともいつ頃までに開始しないといけませんか

抗がん薬による治療にもさまざまな種類と投与法があり,どのように組み合わせるかで放射線療法の開始時期も異なります。標準的な術後の抗がん薬治療は3~6カ月かかり,その副作用からの回復期間を含めると放射線療法の開始は手術後おおよそ4~7カ月後になります。放射線療法は,予定していた標準的な抗がん薬治療が終わり,副作用がある程度落ち着いた時点で始めても差し支えないと考えてよいでしょう。

手術前に抗がん薬治療を行った場合は,手術後から放射線療法までの期間は,抗がん薬治療をしていない場合と同じように考えてよいでしょう。

乳房全切除術の場合

乳房全切除術後の放射線療法は,乳房を切除した手術部位(胸壁)とその近辺(周囲のリンパ節領域)の再発を予防するために行われ,抗がん薬治療は乳房から離れた部位(遠隔)の再発を予防するために行われます。両者とも必要な治療ですが,どちらを先に行ったらよいかという問題が生じます。この問題について,いくつかの研究が行われてきましたが,まだはっきりした結論は得られていません。ただし,乳房全切除術と術後の放射線療法が必要になるような進行乳がんの患者さんでは,抗がん薬による遠隔転移の予防が重要です。また,標準的な抗がん薬治療を先に行って放射線療法の開始が遅れても,胸壁やその周囲のリンパ節への再発は増えないと考えられています。したがって,通常は抗がん薬治療を先に行うことが勧められます。

一方,他のがん腫(食道がん,肺がん,膵臓がんなど)では,放射線療法と抗がん薬治療を同時に行うことで治療成績が高まったという信頼性のある報告があります。乳がんでも抗がん薬を放射線療法と同じ期間に行うことについて研究されていますが,副作用が多くみられるという報告もあり,今のところ標準治療としてはこのような方法はお勧めできません。