A.乳房温存療法は,ステージ I, IIの浸潤性乳がんおよび非浸潤性乳管がん(主に腫瘍径3cm以下)に適応となります。また,腫瘍径が大きな場合でも術前薬物療法により腫瘍が縮小すれば温存療法は可能となります。ただし,術後放射線療法ができない場合や遺伝性乳がんに対してはお勧めできません。
解説
乳房温存療法の目的と考え方
乳房温存療法(乳房温存手術+温存乳房への手術後の放射線療法)は,ステージが0,Ⅰ,Ⅱ期の乳がんに対する標準的な局所治療です(☞Q19参照)。乳房温存療法の目的は,乳房内での再発率を高めることなく,美容的にも患者さんが満足できる乳房を残すことにあります。そのためには,乳がんの広がりを術前画像検査で正確に診断して,それをもとに適切な乳房温存手術を行うこと,そして手術後に適切な放射線療法(原則的には必須)を行うことが重要です。
乳房温存療法に適したしこりの大きさ
しこりの大きさが何センチまでなら乳房温存療法の適応になるかについては,科学的に基準が設けられているわけではありません。日本では,局所再発をできるだけ少なくすることや,美容的に満足できる形を残せることを考え併せて,しこりの大きさ3cm以下を温存療法の適応としてきました。しかし,最近では,がんを完全に取り切ることができて,見栄えも良好な手術が可能と判断された場合は,しこりの大きさが3cmより大きくても適応となることがあります。また,腫瘍径が大きな場合でも術前薬物療法により腫瘍が縮小すれば温存療法は可能となります。
非浸潤性乳管がんの乳房温存療法
ステージが0期の非浸潤性乳管(ひしんじゅんせいにゅうかん)がんでは,乳房温存療法と乳房全切除術では生存率に差はなく(手術例を集計した報告では,10年生存率は乳房温存療法で95~100%,乳房全切除術で98~100%),美容的な観点からは乳房温存療法が選択肢となります。しかし,がんが広範に及ぶ場合は,乳房温存療法では術後に温存乳房内再発の危険があるため,乳房全切除術が勧められます。
乳房温存療法の適応にならない場合
以下のいずれかに該当する場合は,原則として乳房温存療法が適応にならず,通常,乳房全切除術が行われます。
①2つ以上のがんのしこりが,同じ側の乳房の離れた位置にある場合
②乳がんが広範囲にわたって広がっている場合(マンモグラフィで,乳房内の広範囲に微細石灰化(びさいせっかいか)が認められる場合など)
③以下の理由で,温存乳房への放射線療法が行えない場合
a)温存乳房への放射線療法を行う体位がとれない
b)妊娠中である*
c)過去に手術した側の乳房や胸郭(きょうかく)へ放射線療法を行ったことがある
d)活動性の強皮症(きょうひしょう)や全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病(こうげんびょう)を併発している
④しこりの大きさと乳房の大きさのバランスから,美容的な仕上がりがよくないことが予想される場合
⑤患者さんが乳房温存療法を希望しない場合
*妊娠中でも出産後まで放射線療法を待つことができると判断される場合には温存療法は可能です。
加えて遺伝性乳がん(BRCA1/2遺伝子変異)では,それ以外の乳がんと比べて温存療法後の乳房内再発のリスクが高くなる可能性や,術後の放射線療法による二次がんの発生が心配されることから積極的には勧められません。
乳房温存手術後の追加治療について
温存した乳房にまだ多くのがん細胞が残っていると予想される場合は,追加切除や乳房全切除術が推奨されます。断端陽性であっても温存した乳房に残っているがん細胞が少ないと予想される場合は,標準的放射線療法にさらに放射線療法を追加(ブースト照射)する方法も有効であると考えられており,追加切除の代わりに放射線療法で対応する場合もあります。また,若年の患者さんには,断端陰性でもブースト照射の追加による再発率の大幅な低下が報告されており,行うことが勧められます。
温存乳房内再発について
乳房温存療法後に残した乳房にがんが出現することがあり,これを「温存乳房内再発」と呼びます。この原因には2つあり,1つは,乳房を部分切除した際に目にみえないがんが隠れていて残ってしまい,かつ手術後に放射線療法や薬物療法を行っても生き残り,あとで大きくなって再発としてわかったもの,もう1つは,まったく新しい乳がんが同じ乳房内にできたものです。この2つを厳密に区別することは困難で,温存乳房内再発に関する多くのデータがどちらも含めた結果になっています。治療としては,原則として乳房全切除が勧められます。再度の温存が可能な場合もあると考えられますが,局所の再々発のリスク因子が明らかにされておらず標準治療とされていません。