A.薬物療法の主な目的は,再発・転移を防ぐことです。加えて,手術前の薬物療法は,手術を行うことが困難な進行乳がんを手術できるようにしたり,しこりが大きいために乳房温存手術が困難な乳がんを小さくして温存できるようにする効果があります。

解説

再発・転移を防ぐ目的で薬物療法を行う場合,手術後に行う方法と手術前に行う方法があり,どちらも予後には差がないことがわかっています。術前薬物療法には,手術前に抗がん薬治療を行う「術前化学療法」とホルモン療法を行う「術前ホルモン療法」があります。

術前化学療法
(1)術前化学療法の対象となる方

しこりが大きい浸潤(しんじゅん)がんや,皮膚に浸潤していたりするためそのままでは手術が困難な局所進行乳がん・炎症性乳がんの場合には,術前化学療法が第一選択となります。手術可能な早期乳がんの場合では,診断時にしこりが大きいために乳房温存手術が困難で,かつ術後化学療法が必要と判断された乳がんで,患者さんが乳房温存手術を希望するときに行います。

(2)術前化学療法に使用する薬剤

術前化学療法に使用する薬剤は,アンスラサイクリン系薬剤やタキサン系薬剤などで,術後に使用する薬剤と同一のものです(☞Q47参照)。治療は3~6カ月の期間で行うのが一般的です。病理組織検査によりHER2タンパクが陽性もしくはHER2遺伝子に増幅がみられる場合(☞Q30参照)には,アンスラサイクリン系薬剤に加えて,タキサン系薬剤とトラスツズマブ(商品名ハーセプチン),ペルツズマブ(商品名パージェタ)との併用などを考慮します。

(3)術前化学療法のメリット・デメリット

化学療法は術前に行っても術後に行っても,乳がんの再発率や生存率は同じです。術前化学療法のメリットは,しこりが大きいために乳房温存療法が行えない人が術前化学療法を行うことで,しこりが小さくなった場合に乳房温存手術ができる可能性が出てくることや,手術での切除範囲が少なくて済むことで,より美容性の高い手術ができる可能性があることです。

術前化学療法により70~90%の乳がんが小さくなります。原発巣の浸潤がんが消失した場合には,消失しなかった場合と比較して再発の危険性が約半分になります。原発巣の浸潤がんと腋窩(えき か)リンパ節転移がともに消失した場合には,消失しなかった場合と比較して再発の危険性が約4分の1程度になります。一方で,術前化学療法中にしこりが大きくなる乳がんがまれにあります。このような場合は,大きくなったと判断した時点で手術を早めに行ったり,別の抗がん薬に変更することを検討します。

術前化学療法を行ってがんが完全に消失しなかった場合に,カペシタビンを術後に約6カ月間投与することで再発の危険性を減らすことができる場合があります。

術前化学療法のデメリットは,針生検などの限られた標本で病理診断を行うので,化学療法を行う前の乳がんの状態がわかりにくくなり,術後治療の選択が難しくなる場合があることです。術後化学療法と比較して,温存乳房内再発率が若干高くなるとの報告もあります。

もともとがんが広範に及んでいて,しこりが小さくなっても乳房温存手術が行えない人や,もともと腫瘍が小さい乳がんの人には,術前化学療法のメリットはありません。

術前ホルモン療法
(1)術前ホルモン療法の対象となる方

手術可能なホルモン受容体陽性乳がんに対して,しこりを小さくするために術前にホルモン療法が行われることがあります。閉経後乳がんを対象とした術前ホルモン療法の臨床研究の結果はいくつかありますが,閉経前乳がんでの研究結果はまだ少ないので,臨床研究以外では閉経前乳がんは術前ホルモン療法の対象とはなりません。また,ホルモン受容体陽性細胞の割合が少ない乳がんやHER2陽性の乳がん(☞Q38参照)は,ホルモン療法の効果が低いことが懸念されるため術前ホルモン療法に適した対象ではありません。

(2)術前ホルモン療法に使用する薬剤

閉経後の乳がんに対しては,アロマターゼ阻害薬が推奨されます。治療期間は明確には定まっていませんが,一般に6カ月ほどホルモン療法薬を使用します。乳がんが縮小し続けているようであれば6カ月以上使用することを考慮してもよいかもしれません。ホルモン療法薬と抗がん薬を同時に併用した場合の有効性は明らかではなく,臨床研究以外では勧められません。

術後ホルモン療法で使用する薬剤は,術前で使用したホルモン療法薬を計5年もしくはそれ以上となるように使用します。術前ホルモン療法中にしこりが大きくなったときには,術後にホルモン療法薬を変更したり,化学療法を追加したりすることを検討します。

(3)術前ホルモン療法のメリット・デメリット

術前ホルモン療法と術後ホルモン療法の再発率や生存率を比較した臨床試験はないため,どちらが治療法として優れているかはわかりません。術前ホルモン療法のメリットは,しこりが縮小した場合に,乳房温存手術が困難な乳がんを温存できるようにする可能性があることです。もともとがんがかなり広範に及んでいて,しこりが小さくなっても乳房温存手術が行えない人や,もともとしこりが小さい乳がんの人に対する術前ホルモン療法のメリットは明らかではありません。