A.がん研究の発展により近年さまざまな遺伝子の検査が行われるようになっています。その中には,がん組織中の遺伝子を調べる検査と,患者さんが親から受け継いでいる遺伝子を調べる検査があります。また,遺伝子の増幅を調べる,遺伝子の変異やその数を調べる,遺伝子の構造変化を調べるなど,さまざまな検査があります。さらに,薬剤を選ぶために,1つの遺伝子を調べる検査から,多くの遺伝子をまとめて調べる遺伝子パネル検査などもあります。目的に応じて,適切な遺伝子検査を受ける機会が今後増えていくと考えられます。
解説
多遺伝子アッセイ
ホルモン受容体陽性HER2(ハーツー)陰性乳がんの術後治療を考える場合,抗がん薬治療を行うかどうかについては,病理学的腫瘍径,リンパ節転移,グレード,Ki67などを参考にしますが,明確な基準は確立されていません。この治療選択をするための手助けとしていくつかの多遺伝子アッセイ(複数の遺伝子を調べる検査法)が有用であることが明らかとなってきました。
Oncotype DX(オンコタイプディーエックス)は,手術時に切除した乳がん組織のホルマリン固定標本を用いて21の遺伝子の発現を測定し,それをスコア化したものです。低,中,高リスクに分類し,例えば低リスクであれば抗がん薬治療は行わなくてもよいとする根拠に利用します。
CurebestTM95GC Breast(キュアベスト95ジーシーブレスト)は,Oncotype DXと同様に手術標本を用いて遺伝子の発現解析を行いますが,Oncotype DXと違いマイクロアレイという方法を用いています。日本人のデータをもとに検査法として確立されました。95遺伝子の発現を分析,再発のリスクを低,高リスクに分類し,抗がん薬治療を行うべきかどうかの参考とします。
これら2つ以外にもさまざまな多遺伝子アッセイが利用されており,それぞれ特徴や利点・欠点が存在します。現時点ではOncotype DXが最もエビデンスが豊富なものの,この検査だけで抗がん薬治療の必要性を完全に判定できるわけではありません。現時点では保険適用にはなっておらず自費の検査であることなどを考慮し,実施するかどうかを決定してください。
BRCA1/2遺伝子検査
PARP(パープ)阻害薬のオラパリブ(商品名 リムパーザ)が,抗がん薬治療歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能または再発乳がんに対して使用できるようになりました。それに伴い,コンパニオン診断(オラパリブの適応があるかどうかを調べる検査)としてのBRCA1/2遺伝子検査が保険適用になりました。この検査は,親から受け継いだ遺伝子の変異を調べる検査です。これとは別に,薬を選ぶ目的ではなく,患者さんが遺伝性乳がんかどうかを調べるBRCA1,BRCA2遺伝子の検査は,現状では健康保険の適用対象になっていません(☞Q4参照)。
遺伝子パネル検査
遺伝子検査の技術向上により,がん組織を用いてがんにかかわる複数の遺伝子の変異の有無を同時に測定することができるようになりました。これを遺伝子パネル検査といいます。遺伝子パネル検査が登場してから,一人ひとりの乳がんには,さまざまな遺伝子の変異があり,その違いでそれぞれ細かくグループ分けできる可能性が出てきました。さらに,異なるがん種でも同じ遺伝子に変異がある場合や,同じ分子標的治療薬が有効な場合があることが最近わかってきました。
このような状況のなか,患者さんのがんに関する遺伝子を1回の検査で網羅的に解析し,薬の選択に役立てることを目的とした遺伝子検査が開発されました。その一つに国立がん研究センターが中心となって開発したNCCオンコパネル検査があります。114個の遺伝子を同時に検査するもので,標準治療のない固形がんや原発不明がんなどを対象として,2019年から保険適用となります。同様のパネル検査として,324遺伝子を調べるFoundationOne CDxも同時期から保険適用となります。これらは一定の条件が整えば乳がんでも検査を実施できそうですが,得られた遺伝子情報をもとに適切な薬剤を候補として挙げることができるか,またそれが新薬や乳がんには適用外の薬剤であった場合に実際に使用できるかという問題があります。
MSI検査キット(FALCO(ファルコ))
免疫チェックポイント阻害薬であるペムブロリズマブ(商品名 キイトルーダ)は「がん化学療法後に増悪した進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する固形がん(標準的な治療が困難な場合に限る)」に対して使用することができます。MSI検査キット(FALCO)を使ってMSIの有無を解析し,MSI-Highと診断されたもののみがペムブロリズマブの適応となります。乳がんでMSI-Highとなるのは1%未満の頻度とされています。この検査の実施については担当医との相談が必要です。
それ以外のインターネットなどで広告されている遺伝子検査
遺伝子検査は現在,血液はもちろん唾液や口腔粘膜などでも検査キットを送付することで,医療機関を介さず手軽に行えるようになってきました。インターネットやその他の広告媒体にて,肥満や心臓病,がんに罹(かか)る確率などが判明するとして広告されています。しかし,検査の精度管理がきちんと行われていない場合も多く,検査結果の信頼性が低い可能性があります。また,遺伝子変異の結果と病気の関連性の科学的根拠も希薄です。商用ベースで行っている遺伝子検査の結果およびその解釈には注意が必要です。