A.触診や画像診断などで腋窩(えきか)リンパ節への転移がないと判断した場合は,センチネルリンパ節生検を行います。そして,病理検査でセンチネルリンパ節に転移がないか,あるいは転移があっても一定の条件を満たす場合は,腋窩リンパ節の郭清(かくせい)を省略することが可能です。

解説

センチネルリンパ節生検とは

センチネルリンパ節とは,乳房内から乳がん細胞が最初にたどりつくリンパ節と定義され,このセンチネルリンパ節を発見,摘出し,さらにがん細胞があるかどうか(転移の有無)を顕微鏡で調べる一連の検査をセンチネルリンパ節生検と呼びます 図1

腋窩リンパ節郭清(☞Q24参照)には転移の有無を調べ(診断),そして転移があればそれを取り除く(治療)という2つの目的があります。センチネルリンパ節生検が開発される前は,ほぼすべての患者さんに腋窩リンパ節郭清を行っていました。つまり,腋窩リンパ節郭清をして調べ,リンパ節に転移がなかったという場合には,患者さんにとって治療としてのリンパ節郭清は必要なかったことになります。

腋窩リンパ節郭清によって手術後のわきへのリンパ液の貯留(ちょりゅう),わきの感覚の異常,腕のむくみといった合併症や後遺症が引き起こされるなど,リンパ節郭清は,患者にとって術後の悩み事につながる可能性があります。そこで,リンパ節を郭清することなく,リンパ節転移の有無を調べる方法(センチネルリンパ節生検)が開発され,世界中で実施されています。

センチネルリンパ節にがん細胞がなければ,それ以外のリンパ節にも転移がないと考えられますので,腋窩リンパ節郭清を省略できます。センチネルリンパ節に転移がある場合は,原則として腋窩リンパ節郭清を行いますが,センチネルリンパ節の転移が微小(2mm以下)であった場合は,その他のリンパ節に転移が存在する可能性は低いため,腋窩リンパ節郭清を省略することも可能です。

さらに,最近の研究では,センチネルリンパ節に2mmを超える転移があっても,一定の条件を満たす場合には(条件:①センチネルリンパ節への転移が2個以下,②乳房のしこりの大きさが5cm未満,③乳房温存手術を行い,術後に腋窩を含む放射線照射を施行,④術後薬物療法を施行),腋窩リンパ節郭清を省略しても生存率は低下せず,遠隔再発率も上昇しないという報告が複数なされました。腋窩リンパ節郭清を行った場合,前述の通り,腕のむくみなどの後遺症を残す可能性があります。腋窩リンパ節郭清を省略するかどうかは,これらのデータをもとに担当医とよく相談して決めてください(☞Q24参照)。

図1  センチネルリンパ節

センチネルリンパ節生検の方法

通常,センチネルリンパ節生検は乳房の手術の際に行います。腫瘍の周りや乳輪に微量の放射性同位元素(ほうしゃせいどういげんそ)(わずかな放射線を発する物質,アイソトープ)あるいは色素を注射すると,その放射性同位元素(または色素)はリンパ管を通じてセンチネルリンパ節に集まります。放射線が検出されたり,色に染まったりしたリンパ節(センチネルリンパ節)を摘出して,転移の有無を顕微鏡で調べます。最近では,蛍光色素と赤外線カメラを用いた蛍光法も普及してきました。

なお,センチネルリンパ節生検は,確立された標準的な方法ですが,具体的な手技については,各施設でかなりばらつきがあります。例えば,センチネルリンパ節をみつけるのに使う薬剤や,それらを乳房のどこに注射するかも施設によってさまざまです。また,熟練した乳腺外科医を中心としたチームが行っても,センチネルリンパ節がみつからない場合もあります。

センチネルリンパ節生検の信頼性

センチネルリンパ節生検は,大規模な臨床試験の結果,十分信頼できる方法であることが確認されています。つまり,センチネルリンパ節の転移の有無で腋窩リンパ節郭清をするかどうかを決めた患者さんと,センチネルリンパ節の転移の有無にかかわらず腋窩リンパ節郭清を受けた患者さんでは生存率が変わらないということが報告されています。

センチネルリンパ節生検の合併症

センチネルリンパ節生検に用いる色素で,まれにアレルギー症状が出ることがあります。また,皮膚に色素の跡が残りますが数週間で消えます。一方,放射性同位元素を使用する場合,その量は非常に微量なため,人体に悪影響はほとんどありません。

センチネルリンパ節生検でもリンパ浮腫(術後の腕のむくみ),腕やわきのしびれや痛みなどが起きる可能性はありますが,腋窩リンパ節郭清によるものと比べて明らかに少ないことも報告されています。

術前化学療法後のセンチネルリンパ節生検

術前化学療法を行った患者さんに対するセンチネルリンパ節生検は,術前化学療法前の画像診断などにより腋窩リンパ節転移がないと判断された患者さんでは,術前化学療法の前あるいは後のいずれでも実施可能です。一方,術前化学療法前に腋窩リンパ節転移があった患者さんでは,たとえ術前化学療法後の画像診断で腋窩リンパ節転移が消失したと考えられても,センチネルリンパ節生検の信頼性は不十分なので,担当医と十分に話し合って,センチネルリンパ節生検をするかどうか決めることをお勧めします。

非浸潤がんの場合

がん細胞が乳管・小葉の中にとどまっている非浸潤(ひしんじゅん)がんの場合には,理論的にはリンパ節転移は起こらないため,腋窩リンパ節郭清はもちろんのことセンチネルリンパ節生検すら行う必要はないと考えられます。ただし,非浸潤がんかどうかを手術前に正確に診断することは困難です。手術前の針生検で非浸潤がんと診断されても,しこりが触れる場合や範囲が広い場合などには,そこに小さな浸潤(乳管の外にがんが出ている部分)が含まれている可能性があります。

したがって,浸潤がんの可能性がある場合には,センチネルリンパ節生検を行ったほうがよいと考えられます。一方,浸潤がんの可能性が少ない場合には,まず乳房部分切除術を行い,病理検査の結果,浸潤がんが認められた場合に,センチネルリンパ節生検を行うかどうかを担当医と相談のうえ決めてください。ただし,乳房全切除術が行われる場合,後日センチネルリンパ節生検を行うことが技術的に難しいため,乳房全切除術と同時にセンチネルリンパ節生検を行うべきであると考えられます。