A.乳がんの種類や性質,広がりや進行度を明らかにします。それにより,これからの手術や薬物療法などの治療方針が決定されます。

解説

病理検査とは

患者さんのからだから採取された組織や細胞を染色し,顕微鏡で観察する検査を病理検査,その結果を病理診断といいます。病理検査は病理医が担当しています。乳腺に関する診療で病理検査が行われる場面は,大きく2つに分けられます。

1つは,乳房のしこりや分泌物の原因がどのような病気によるものかを判断し,症状の原因が悪性(がん)か良性かを診断する場合です(☞Q6参照)。この場合の病理検査には,症状の原因と思われるところの組織を針や小さな手術で取ってくる「生検」と細い針を用いて細胞を採取する「細胞診」があります(☞Q7参照)。

もう1つは,乳がんと診断された後に,その生検標本や手術で切除された標本を観察し,乳がんの種類や性質,広がりや進行度(どこのリンパ節に,何個の転移があるかなど)を診断する場合です。手術中の断端判定や,センチネルリンパ節転移の判定も病理検査の一部です。このような情報は,その後の治療方針決定に必要不可欠です。

乳がん組織の病理検査では何を検査していますか

病理検査では,浸潤(しんじゅん)の有無,腫瘍の大きさ,がんの種類(組織型(そしきけい)  表1 ),がん細胞の悪性度(グレード),がん細胞の増殖能(Ki67陽性がん細胞の割合など),リンパ節転移の有無と個数,脈管侵襲(みゃっかんしんしゅう)(がん周囲の血管やリンパ管にがん細胞が侵入しているかどうか),ホルモン受容体の有無,HER2(ハーツー)タンパクの過剰発現あるいはHER2遺伝子増幅の有無などを検査しています。主要な病理診断項目を 表2 に示しました。これらの項目と年齢,月経の状況などをもとに,術前・術後の治療を選択します(☞Q19参照)。がんの組織型のうち,まれなものを特殊型がんといいますが,その中には性質が通常の乳がん(浸潤性乳管がん)とは異なるものがあります。そのため,特殊型がんの場合には,その性質に応じた治療法が選択されることがあります(☞Q31参照)。

非浸潤がんと浸潤がん

乳がん細胞のほとんどは,乳汁をつくって分泌する乳腺組織の一番末梢部分(乳管末梢から小葉に至る部位にあたります 図1 )に発生し,時間が経過すると,乳管・小葉の周囲(間質(かんしつ))に広がります。がん細胞が乳管・小葉の周囲に広がることを浸潤といいます。この浸潤の有無によって,乳がんは大きく非浸潤がんと浸潤がんに分けられます。非浸潤がんは,がん細胞が乳管・小葉の中にとどまる乳がんで,適切な治療を行えば,転移や再発をすることはほとんどありません。一方,浸潤がんは,乳管・小葉の周囲に広がった乳がんで,後述の脈管侵襲を介して転移や再発をする危険性があります 図2

表1組織型

組織型
非浸潤がん
非浸潤性乳管がん
非浸潤性小葉がん
微小浸潤がん
浸潤がん
浸潤性乳管がん
腺管形成型,充実型,硬性型,その他
特殊型がん
浸潤性小葉がん,管状がん,篩状がん, 粘液がん,髄様がん, アポクリンがん, 化生がん*,
浸潤性微小乳頭がん,分泌がん,腺様囊胞がん,その他
Paget病

*「化生がん」はさらに,扁平上皮がん,間葉系分化を伴うがん(紡錘細胞がん,骨・軟骨化生を伴うがん,基質産生がん,その他),混合型に分類される。
(臨床・病理 乳癌取扱い 規約 第18版,金原出版,2018より改変)

図1 乳腺の構造

図2 非浸潤がんと浸潤がんおよび脈管(リンパ管,血管)侵襲

がん細胞の悪性度とは

がん細胞の悪性度とは,顕微鏡でみたがん細胞の形から判断するもので,わかりやすくいうとがん細胞の顔つきのことです。浸潤がんでは,がん細胞の悪性度が高いと転移・再発の危険性が高くなります。悪性度は,グレード1~3の3段階に分けられます (図3) 。

図3 がん細胞の悪性度

がん細胞の増殖能とは

1個の細胞が2個に,2個の細胞が4個に増えることを細胞の増殖といいます。一般的に,細胞が増殖する能力(増殖能)の高い乳がんは低い乳がんに比べて,悪性度が高く,抗がん薬が効きやすいといわれています。Ki(ケーアイ)67は細胞増殖の程度を表す指標です。Ki67陽性の細胞は,増殖の状態にあると考えられています。したがって,Ki67陽性細胞の割合が高い乳がんは,増殖能が高く,悪性度が高いと考えられるため,より慎重に対処することが望まれます。最近では多くの施設で,治療方針決定のためKi67が調べられるようになっています。具体的には,後述のホルモン受容体と同様,乳がん組織について免疫組織化学法という病理検査を行います。しかし,今のところ,病理標本のつくり方や,陽性細胞をどのように数えるか,また,陽性の細胞がどれくらいあれば陽性率が高いと考えるのかなどについて,一定の決まりがありません。そのため,Ki67をどのように調べるのが一番良いのかについての研究が,日本を含め,世界的に行われています。

脈管侵襲とは

血管やリンパ管は脈管(みゃっかん)ともいい,がん周囲の血管やリンパ管の中にがん細胞がみられることを脈管侵襲といいます 図2 。乳がんが,肺や骨・肝臓などの乳腺以外の臓器に転移する場合,がん細胞は脈管を通ります。このため,病理検査で脈管侵襲が確認されると,転移・再発する危険性が高くなります。

ホルモン受容体とは

ホルモン受容体とは,エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体のことで,乳がんにこのどちらかがあれば,ホルモン受容体陽性がんといいます。ホルモン受容体陽性がんでは,エストロゲンが,エストロゲン受容体にくっついて,がん細胞が増殖するように刺激します。乳がんの70~80%がホルモン受容体陽性がんで,このような乳がんでは,エストロゲンをブロックするホルモン療法が有効です。ホルモン受容体の有無は,乳がんの組織を用いた免疫組織化学法という病理検査でわかります。ホルモン受容体陽性乳がんでは,がん細胞の核が茶色く染まります(図4) 。より強く染まる細胞の割合がより高いほど,ホルモン療法の効果が高いことがわかっています。

図4 ホルモン受容体陽性の乳がん
免疫組織化学法でがん細胞の核の中のホルモン受容体が茶色く染まっています。

HER2とは

HER2とは,Human E pidermal Growth Factor Receptor type 2(ヒト表皮成長因子受容体2型)の略です。HER2タンパクは,細胞の表面に存在して,細胞の増殖調節などに関係しますが,たくさんあると,細胞増殖の制御が効かなくなります。乳がんの15~25%では,がん細胞の表面に正常細胞の1,000~10,000倍ものHER2タンパクが存在しています。このような乳がんを「HER2タンパクの過剰発現がある乳がん」と呼びます。このような乳がんでは,HER2タンパクをつくるように司令を出す遺伝子の数も増えており,この状態を「HER2遺伝子の増幅がある」といいます。

HER2タンパクの過剰発現あるいはHER2遺伝子の増幅がある浸潤がんは,そうでないものに比べて転移・再発の危険性が高いことが知られています。しかし,トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン),ペルツズマブ(商品名 パージェタ),ラパチニブ(商品名 タイケルブ)など,HER2タンパクに対する薬の登場で,予後が大幅に改善されました(☞Q50参照)。これらの薬は,HER2タンパクの過剰発現あるいはHER2遺伝子の増幅がある浸潤がんに対してのみ,効果が期待できます。

HER2についての検査は,がんの転移・再発の危険性を予測したり,トラスツズマブなどの有効性を予測するために行われ,現在の乳がん診療においてはとても重要な検査の一つです。具体的には,乳がん組織を用いてHER2タンパクの過剰発現を調べる免疫組織化学法 図5 ,またはHER2遺伝子の増幅を調べるin situ hybridization(ISH)法で検査します。ISH法には,FISH(フィッシュ)法やDISH(ディッシュ)法などがあります。通常は,まず免疫組織化学法でHER2タンパクを検査し,必要に応じて,ISH法でHER2遺伝子検査を追加します。

図5 HER2タンパクの過剰発現がある乳がん
免疫組織化学法でがん細胞の表面のHER2タンパクが茶色く染まっています。

多遺伝子アッセイ

最近,乳がん患者さんに対して,さまざまな遺伝子検査が行われるようになりましたが(☞Q55参照),その一部である多遺伝子アッセイは病理標本を使って行います。多遺伝子アッセイは,患者さん一人ひとりの乳がんの性質をより詳しく知るために,乳がん細胞にある遺伝子の発現の仕方や活性度を調べる検査で,欧米を中心に行われています。現在,商用化されているものにはOncotype DX(オンコタイプディーエックス)やMammaPrint(マンマプリント)があります。手術で採った乳がんの組織について,Oncotype DXは21個の遺伝子を,MammaPrintは70個の遺伝子を解析し,再発の危険度を予測します。患者さん個人個人に合った,最適な治療計画を立てる(特に化学療法を加えるかどうかの決定の)助けになることが期待され,日本でも検査が可能です。2019年5月現在,保険適用にはなっておらず,高額な検査ですが,特にOncotype DXについては日本人を対象とした研究も行われており,とても有用であることが確認されています。検査を実施するには,通常の臨床情報や病理検査結果に基づく条件が細かく規定されています。この検査の必要性および実施の可否については乳腺専門医の説明を受けることが勧められます。

サブタイプ分類

最近,医師が,「サブタイプ分類」の説明をする機会が増えているようです。サブタイプ分類は,本来,乳がん組織の遺伝子検査の結果によってわかるものですが,遺伝子検査をすべての患者さんで実施するのは大変なので,遺伝子検査の代わりに,前述した免疫組織化学法の結果で便宜的に分類して,サブタイプ分類を模した名付けをされることがあるのです。乳がんのサブタイプとして,「ルミナルA」,  「ルミナルB」, 「トリプルネガティブ」などの説明を受けることがあるかもしれません。大雑把にいえば,「トリプルネガティブ」とは,エストロゲン受容体,プロゲステロン受容体,HER2いずれも陰性のことで,ホルモン療法や抗HER2療法の効果が期待できません。「ルミナル」とはホルモン受容体陽性のことで,「ルミナル」であればホルモン療法の効果が期待できます。そのうち,「ルミナルA」は予後が比較的良好でホルモン療法単独での効果が期待されるタイプ,「ルミナルB」はホルモン療法に加え化学療法を行うことも考えたほうがよいタイプです。しかし,このような分類はあくまでも便宜的なものであり,本来の遺伝子検査によるものではありません。また,分類の基準が厳密には定まっていないため,混乱をきたしやすいという問題もあります。実際の治療方針はさまざまな情報を組み合わせて決定されますので,「サブタイプ」を気にしすぎるのは望ましくありません(☞Q38参照)。

表2病理レポートに記載される主要な病理診断項目