A.乳がん初期治療には,「乳房温存手術」「乳房全切除術」「乳房全切除術→乳房再建術」のような手術療法のほか,「術前化学療法→乳房温存手術」のように薬物療法を先行させるなど,さまざまな選択肢があります。そのため,「乳がんの性質」と「乳がんの進行状況(ステージ)」や「乳房内での広がりなど」を詳しく検査する必要があります。

解説

乳がんの進行状況を判定するための検査

一般的に,乳房超音波検査,乳房MRI検査は「乳房内での病巣の広がりの程度や多発の有無」「反対側の乳房内の病変の有無」を調べるために,全身CT検査は「腋窩(えき か)リンパ節への転移の有無と程度」「遠隔転移の有無」などを知るために行われます。

乳がんの手術術式を選ぶときに,最初に検討される乳房温存手術では,がん病巣とその周囲へ広がっている領域を含めて過不足なくすべて切除するように行われます。しかし現実的には,乳房温存手術後には乳房内再発といって,手術した側の乳房に再びがんが出てくることがあります。これは,主に乳管内進展(乳汁を運ぶ管内で増殖していた病変)によって,残された乳房の中にがんが広がっていたことや,乳房内の離れた場所に小さながん細胞の塊(かたまり)がすでに存在していたことが原因で発生すると考えられています。

また,乳房温存手術ができるかどうかの判断は,術後に残った乳腺および周囲組織で保たれる乳房の形が,患者さんにとって許容できる程度かどうかを予測して行いますが,これは切除する量と切除される領域の位置によって変わってきます。十分に切除した場合,術後の乳房の整容性が保てないと判断される場合には,「乳房温存手術」よりも「乳房全切除術」あるいは「乳房全切除→乳房再建術」をお勧めすることになります(☞Q21, 26, 27参照)。

このように乳がんの治療前検査では,乳がんの広がりや別の場所に存在する小さながんの有無を正確に診断することが最も重要です。もちろん,マンモグラフィや超音波検査である程度判断することが可能ですが,完全に把握することは難しく,これを補う検査として,近年は造影剤を用いたCT 検査やMRI 検査が行われるようになってきています。また,CT 検査に比べてMRI 検査のほうが小さな病変やその広がりなどがわかりやすいことが知られており,現在では手術前に乳房MRI検査を行う施設が多くなっています。CTやMRIでは「反対側の乳房内の病変の有無」も同時に診断可能です。

「腋窩リンパ節への転移の有無と程度」は,超音波検査,CTやMRI検査でわかることもあります。しかし,これらの検査だけで確実にリンパ節転移をみつけられるわけではありません。そこで,転移があるかどうかわからない場合には,手術の際にセンチネルリンパ節生検(☞Q23参照)を行って,転移の有無を確認します。もちろん,もともと明らかなリンパ節転移がある場合にはセンチネルリンパ節生検は行わないため,超音波を用いながらの穿刺吸引細胞診などによって,あらかじめ腋窩リンパ節転移の有無を判定しておくことが必要です。

「遠隔転移の有無」の検査は,やや必要性が異なります。乳がんと診断されたということで,転移の有無を心配される患者さんも多いでしょう。しかし,進行度でステージIからIIと考えられる乳がん患者さんで,治療前のPET検査や骨シンチグラフィで肺転移や骨転移などがみつかる確率はかなり低く,これらの検査で転移疑いと出ても,さらに詳しく検査してみると実際には転移ではないことも多くあります。また,結論が出るまで患者さんにとっては不要な不安を引き起こし,必要のない検査を実施することで余分な費用がかかってしまうことにもなりかねません。以上のことから,ステージIからIIと考えられる乳がん患者さんの手術前に,骨シンチグラフィやPET検査によって骨転移や全身の遠隔転移などを調べることは必ずしも勧められていません。

乳がんの性質を調べる検査

現在はさまざまな臨床試験の結果などから,乳がんの確定診断に用いた生検標本を,病理学的に詳しく検査することで,乳がんの性質〔悪性度,ホルモン受容体,HER2(ハーツ−)の状況など(☞Q30参照)〕から,患者さんの病状の経過(再発の危険性,再発しやすい部位や時期),さまざまな薬剤の効き具合を予測することができるようになってきています。これらの情報は,前述の手術術式の決定を含めて,治療方法を決定する際に必要となります。

遺伝学的検査

若年(35歳以下)で乳がんと診断された患者さんでは,BRCA1,BRCA2などの遺伝子に変異を有している可能性があります。これらの遺伝子変異をもっている場合,乳房温存療法後の放射線治療を行うことにより二次がん(放射線によってできてしまう新しいがん)の発生リスクが上昇するため,放射線治療を避ける必要があり,術後放射線治療が必須である乳房温存手術よりも,乳房全切除術が推奨されることになります(☞Q22参照)。そのため可能であれば,術式決定以前に遺伝子変異の有無を検査することが望ましく,BRCA1,BRCA2などの遺伝学的検査が推奨されます。ただし,現時点では,再発乳がん患者さんでオラパリブ(商品名リムパーザ)を使用できるかを判断するために行われるBRCA1/2遺伝子検査以外のBRCA1,BRCA2の遺伝学的検査は自費検査となりますので,担当医と十分に相談のうえ,遺伝外来の受診も含めてよく検討してください(☞Q55参照)。