▶1-1 肥満は乳がん発症リスクと関連がありますか。
▶1-2 アルコール飲料の摂取は乳がん発症リスクを高めますか。
▶1-3 大豆食品やイソフラボンの摂取は乳がん発症リスクと関連がありますか。
▶1-4 乳がんの予防のために健康食品やサプリメントを摂取することは勧められますか。
▶1-5 乳製品の摂取は乳がん発症リスクを高めますか。
▶1-6 喫煙は乳がん発症リスクを高めますか。
▶1-7 運動によって乳がん発症リスクは低下しますか。
▶1-8 ストレスや性格は乳がん発症リスクと関連がありますか。
▶1-9 糖尿病は乳がん発症リスクと関連がありますか。
1-1.肥満は乳がん発症リスクと関連がありますか。
A.肥満は乳がん発症リスクを確実に高めます。肥満はさまざまな生活習慣病の大きな原因にもなりますので,日常生活で太りすぎないように気をつけることはとても大切です。
解説
肥満は,心臓病や脳卒中,糖尿病など生活習慣病の原因の一つとされており,あらゆる死亡のリスクを高めます。欧米では多くの女性が肥満状態にあり,肥満と乳がん発症リスクとの関連についても高い関心が寄せられています。
WCRF/AICR報告書では,肥満と乳がん発症リスクとの関連を,閉経の前後に分けて別々に検討しています。世界的には,閉経後の女性では肥満が乳がん発症リスクを高めることは確実です。閉経後の女性で肥満が乳がん発症リスクを高めるのは,血液中の女性ホルモンの増加が原因ではないかと考えられています。
一方,閉経前の女性では,世界的には,肥満は乳がんのリスクを下げることが確実視されています。しかし,日本人を対象とした研究では,閉経前であっても肥満が乳がん発症リスクを高める可能性があることが示され,世界のデータと異なる結果となりました。いずれにしても,肥満はさまざまな生活習慣病のリスクも確実に高めますので,日常生活で太りすぎないように気をつけることはとても大切です。
ちなみに,肥満の指標としてよく使われるBMI[Body Mass Index:体重(kg)÷〔身長(m)×身長(m)〕]では,25未満を正常,25以上30未満を過体重,30以上を肥満と定義しています。
1-2.アルコール飲料の摂取は乳がん発症リスクを高めますか。
A.アルコール飲料の摂取により,乳がん発症リスクが高くなることはほぼ確実です。飲酒は控えめにしましょう。
解説
アルコール飲料の摂取がどのようなメカニズムで乳がんの発症に影響を与えるのかは,まだよくわかっていません。WCRF/AICR報告書では,閉経の前後を問わずアルコール飲料が乳がん発症リスクを高めるのは確実で,摂取量が増加するほどリスクも高くなるとしています。
日本人を対象とした研究のまとめは2007年に報告されていますが,日本人女性ではアルコール飲料が乳がん発症リスクを高めるかどうかは十分なデータがないため結論が出されていません。
1日に1杯程度のアルコール飲料の摂取〔日本酒なら1合(180mL),ビールなら中ジョッキ1杯(500mL),ワインならワイングラス2杯(200mL)など〕はリスク因子にならないとする報告もありますが,飲む量が増えるほど乳がん発症リスクが高まるのは確実です。お酒を楽しむときはほどよい量にしておきましょう。
1-3.大豆食品やイソフラボンの摂取は乳がん発症リスクと関連がありますか。
A.大豆食品やイソフラボンの摂取で乳がん発症リスクが低くなる可能性があります。しかし,イソフラボンをサプリメントの形で服用した場合に乳がん発症リスクが低くなることは証明されておらず,安全性も証明されていません。イソフラボンは通常の大豆食品からの摂取を心がけましょう。
解説
大豆イソフラボンについて
イソフラボンは女性ホルモンであるエストロゲンによく似た構造をしているため,「植物エストロゲン」とも呼ばれます。乳がんの多くはエストロゲンの作用で活発に増殖しますから,大豆イソフラボンを多く摂取することで乳がん発症リスクが高くなるのではないかという心配もよく聞かれます。一方で,大豆イソフラボンは乳がんの治療薬であるタモキシフェンと同じような構造をしていることもわかっていて,乳がんを予防する効果も期待されています。
大豆食品を多く摂取することで乳がん発症リスクは低くなりますか
大豆食品をたくさん摂取することで乳がん発症リスクが低くなることが,最近の研究でわかってきました。アジア人を対象とした研究では,大豆食品を多く摂取する人はそうでない人と比較して乳がん発症リスクが少し低かったことが報告されています。日本人を対象とした研究でも,大豆食品やイソフラボンの摂取で乳がん発症リスクが減る可能性があるとされています。
イソフラボンのサプリメントを摂取することで乳がん発症リスクは低くなりますか
イソフラボンをサプリメントの形で大量に摂取した場合については,乳がん発症リスクを下げることは証明されていません。これまでの研究ではイソフラボンのサプリメントの摂取により乳がん発症リスクが上がることも示されてはいませんが,その安全性も証明されていません。よって,乳がん発症リスクを低下させるためにイソフラボンのサプリメントを摂取することは勧められません。厚生労働省は通常の食品の摂取量から判断して,イソフラボンサプリメントの服用は1日30mg以下にとどめることを勧めています。イソフラボンの摂取は,適量であれば乳がん発症リスクを下げる可能性がありますので,通常の大豆食品からの摂取を心がけましょう。
1-4.乳がんの予防のために健康食品やサプリメントを摂取することは勧められますか。
A.乳がん発症リスクを低下させるために健康食品やサプリメントを摂取することは勧められません。
解説
健康食品やサプリメントと薬の違いは何ですか
健康食品はあくまでも食品であり,薬ではありません。サプリメントも食品に分類されます。いくら錠剤やカプセルの形をしていても,薬ではないのです(☞「コラム」参照)。
例えば,食品の中から,がんの予防に役立つ可能性があると考えられる成分を抽出して,錠剤やカプセルのような形のサプリメントとして販売しているものもあります。ただこれらは,いくら形が薬に似ていても,あくまでも食品であり,当然,乳がんの発症を予防する効果はありません。また,副作用についても十分に調べられていませんので,思いがけない健康被害が出る可能性もあります。
サプリメントや健康食品を摂取することで乳がん発症リスクは低くなりますか
サプリメントを摂取することが乳がんの予防につながるかという点については,WCRF/AICR報告書に「がんの予防目的にサプリメントを摂取することは勧められない」と記載されています。乳がんの発症予防に関しても,ビタミンA,ビタミンC,ビタミンB6,葉酸,ビタミンB12,ビタミンD,ビタミンE,カルシウム,鉄,カロテン類,イソフラボンなどで有効性が検討されましたが,乳がん発症リスクが低くなる可能性はないと結論付けられています。つまり,サプリメントや健康食品を摂取することで,乳がんの発症リスクが低くなることはありません。
また,同報告書では,がん予防全般に対する栄養の摂取について,「食物を通して十分な栄養を取ること」を目標としています。現在の日本の食生活では,病気のために食事摂取が不可能な場合を除いて,食品以外から補わなければならない栄養素はほとんどありません。食品の栄養素を補うという本来のサプリメントの定義から考えてみると,普通に食事が取れている方であれば,がん予防の観点からはサプリメントを摂取することは勧められないというのが報告書の基本的な考え方です。さらに一部サプリメントでは,乳がんの発症リスクを高める可能性も指摘されています。こうした観点からも,乳がんの予防を目的としてサプリメントを摂取することは勧められません。
1-5.乳製品の摂取は乳がん発症リスクを高めますか。
A.乳製品の摂取により乳がん発症リスクはむしろ低くなる可能性があります。ただし,牛乳そのものと乳がん発症リスクの関係についてはよくわかっていません。
解説
過去には,乳製品は乳がんの発症リスクを高めるという報告や低くするという報告などさまざまあり,この関連性を見出すことは困難でした。しかし,最近の研究報告で,乳製品全般を多く摂取している人は,摂取の少ない人に比較して乳がん発症リスクが少し低くなることが示されました。牛乳に限っては明らかな傾向は認められませんでした。また,乳製品摂取に関しては,低脂肪乳を摂取している人や閉経前の人では,より乳がん発症リスクが低い傾向が認められました。一方で,脂肪を多く含む乳製品の摂取では乳がん発症リスクは高くなるとの報告もあり,どのような乳製品をどの程度摂取すれば発症リスクが低下するかということについては不明です。
1-6.喫煙は乳がん発症リスクを高めますか。
A.喫煙は肺がんや多くの生活習慣病の一因であり,喫煙により乳がん発症リスクが高くなることもほぼ確実です。また,受動喫煙(他人が吸ったの煙を吸うこと)も乳がん発症リスクを高くする可能性があります。健康維持の観点からも,禁煙および他人の煙草の煙をできるだけ避けることをお勧めします。
解説
煙草の煙には,がんの引き金になる物質や血管を収縮させる物質など数多くの化学物質が含まれていて,喫煙によって肺がんや心臓病などの生活習慣病を発症するリスクが高まることがわかっています。
がんの中では,肺がんの発症リスクを高めることがよく知られていますが,乳がんとの関連を調べた研究も世界中でたくさん行われており,最近のまとめでは,喫煙により乳がん発症リスクが高くなることもほぼ確実とされています。また,2006年に厚生労働省研究班が日本人における喫煙と乳がん発症との関連について取りまとめた結果でも,喫煙は日本人女性の乳がん発症リスクを高める可能性があると結論付けられています。また,現在喫煙している人は,禁煙するとその時点から発症リスクが下がることが知られています。なるべく早い機会に禁煙することをお勧めします。
厚生労働省の平成29年「国民健康・栄養調査」によると,現在習慣的に喫煙している人の割合は17.7%であり,男女別にみると男性29.4%,女性7.2%でした。この10年間でみると,いずれも減少してきています。禁煙は,本人にとっても周りの人にとっても,健康維持に役立ちますので,強くお勧めします。
一方,受動喫煙も乳がんと弱い関連があるという報告があります。他人の煙草の煙にさらされることは避けたほうがよく,喫煙者は周りの人が受動喫煙にさらされることのないように配慮することが必要です。
非燃焼・加熱式タバコ(加熱電子式タバコ)と乳がん発症リスクの関連については,エビデンスがまだ十分ではなく,不明です。しかし,喫煙で乳がんの発症リスクが高くなることはほぼ確実なので,加熱電子式タバコに関しても禁煙をしたほうが乳がんの発症リスクは下がる可能性が高いと考えられます。
1-7.運動によって乳がん発症リスクは低下しますか。
A.閉経前の女性では,運動によって乳がん発症リスクが低下するかどうかは結論が出ていません。しかし,閉経後の女性では,定期的に運動を行うことによって乳がん発症リスクが低くなることはほぼ確実です。日頃から軽い運動をする習慣をつけましょう。
解説
運動は,体内の性ホルモンやエネルギーバランスに影響を与えることが知られています。女性ホルモンは乳がん発症リスクと密接な関係があると考えられているので,日常生活における運動量と乳がん発症リスクとの関連について以前から興味がもたれ,数多くの研究が行われてきました。
これまでの報告をまとめてみると,閉経前の女性では,運動をすることで乳がん発症リスクが低くなるかどうかは結論が出ていませんが,定期的な運動を行っている閉経後の女性では,運動量の少ない女性と比べて,乳がん発症リスクが低くなることはほぼ確実とされています。
代表的な研究では,余暇の過ごし方や仕事での運動量によって,女性を4つのグループに分けて,それぞれのグループでの乳がんの発症率を調べています。余暇の過ごし方では,①主に読書やテレビをみるなど座っていることが多い人,②週のうち4時間は散歩やサイクリングを行う人(軽度の運動),③週のうち4時間は健康維持を目的とした運動を行う人(中等度の運動),④週のうち数回は精力的にスポーツ競技を行う人,に分けて調べられました。その結果,余暇の運動量の増加に応じて乳がん発症率の低下が認められ,定期的に運動を行うグループは,ほとんど運動を行わないグループに比べて,乳がんの発症率は約3分の2に低下することがわかりました。また,仕事の内容でも同様の結果が得られ,運動量が多い職務内容,肉体労働を行う人は,事務職などの運動量が少ない人に比べて乳がん発症率が低いことがわかりました。
その一方で,ある程度以上激しい運動をしても,乳がんの発症率の低下には限度があるという報告もあります。したがって,乳がんの予防のために激しい運動をお勧めするということではありません。定期的な軽い運動(少し汗ばむぐらいの歩行や軽いジョギングなどの有酸素運動を毎日10~20分程度)を心がけるといいでしょう。閉経前の女性でも,肥満や生活習慣病の予防にもなりますので,定期的な運動をお勧めします。
1-8.ストレスや性格は乳がん発症リスクと関連がありますか。
A.ストレスが乳がん発症リスクを高めるかどうかは結論が出ていません。また,個人の性格と乳がん発症リスクとの間には明らかな関連性はありません。
解説
現代社会において,私たちはさまざまなストレスにさらされています。こうしたストレスが,乳がんを含む多くの病気の原因となっているのではないかとの声がよく聞かれます。また,一人ひとりの性格が,乳がん発症リスクと関連するかどうかについても関心が集まっています。
ストレスが乳がん発症に与える影響を研究した報告は数多くありますが,その結果は一致していません。ある研究では,仕事上のストレス,生活上のストレス,家族介護にかかわるストレスを取り上げ,これらのストレスと乳がん発症リスクとの関連をみていますが,ストレスの強さと乳がん発症リスクとの間には関連はありませんでした。しかしその一方で,ストレスを経験していた女性は経験していなかった女性に比べ,約2倍乳がん発症リスクが高くなったという報告もあります。このように,ストレスと乳がん発症リスクとの関連について一定した見解は得られていません。その理由としては,過度の心理的ストレスは健康に好ましくない影響をもたらしますが,適度な心理的ストレスは逆に人が健全に生きていくために必要なものと考えられるなど,ストレスの概念が一様ではないこと,それに対するからだの反応も一定でないことが挙げられています。
性格と乳がん発症リスクとの関連についても以前から関心をもたれていますが,現在までの研究結果では,性格と乳がん発症リスクとの間に関連はないと結論付けられていて,「乳がんになりやすい性格」というものはありません。
このように,ストレスなどの心理社会的要因と乳がん発症リスクについては否定的な見解が多いものの,一部にはその関連を示唆するものもあること,またその関心も高いことから,さらに検討を重ねていく必要があります。
1-9.糖尿病は乳がん発症リスクと関連がありますか。
A.糖尿病の人は,糖尿病ではない人と比較して乳がん発症リスクが高いことはほぼ確実です。糖尿病の方は定期的に乳がん検診を受けましょう。
解説
糖尿病では,高インスリン血症,高血糖によって,がんの発症リスクが高くなる可能性が以前から指摘されており,乳がんの発症リスクとの関連も注目されています。糖尿病と乳がん発症リスクの関連については非常に多くの研究報告がなされていて,糖尿病の人は,糖尿病ではない人と比較して,おおよそ1.2~1.3倍の乳がん発症率であるとされています。糖尿病の人の乳がん発症リスクが高いことはほぼ確実です。糖尿病と診断されている方または治療中の方は,定期的に乳がん検診を受けるようにしましょう。
Q1の各項目の結論を 表1 にまとめてお示しします。
表1 食生活・生活習慣・持病と乳がん発症リスクのまとめ
閉経前 | 閉経後 | |
肥満 | リスクを高める可能性がある | リスクを高めることは確実 |
アルコール | リスクを高めることは確実 | |
大豆食品 | リスクが低くなる | |
イソフラボンのサプリメント | 不明 イソフラボンのサプリメントを摂取することは勧めない |
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健康食品やサプリメント | リスクが低くなることはない 摂取は勧めない |
|
乳製品 | リスクは低くなる可能性があるが,どのような乳製品をどの程度摂取すれば発症リスクが低下するかは不明 | |
喫煙 | リスクを高めることはほぼ確実 | |
受動喫煙 | リスクを高める可能性がある | |
運動 | 不明 | リスクが低くなることはほぼ確実 |
ストレス | 不明 | |
性格 | 関連なし | |
糖尿病 | リスクを高めることはほぼ確実(1.2~1.3倍) |
コラム*医薬品と食品の違いについて
医薬品は「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」という厳しい法律に基づいて,「人間」が服用した場合の有効性や安全性について確認したうえで,厚生労働省が認可したものです。たとえ一度認可されたとしても,新たな副作用が確認された場合には,すぐに厚生労働省に報告して安全対策を講じることが義務付けられています。また,この法律により,医薬品以外は効能/効果を表示することはできません。
食品の中には一般の食品と「保健機能食品」があります。
「保健機能食品」には,「栄養機能食品」と「特定保健用食品(トクホ)」と「機能性表示食品」があります。「栄養機能食品」とは,お年寄りなどで十分に食事が取れないときに,必要な栄養成分を補給・補完する食品です。カルシウムやビタミンなどのサプリメントの一部もこれに含まれます。これが本来のサプリメントと呼ばれるものです。一方,「特定保健用食品(トクホ)」とは,「お腹の調子を整える」などの生理的な働きがあるものです。健康の維持および増進に役立つ効果が基準を満たしている食品を,消費者庁が食品ごとに指定したものです。「機能性表示食品」は事業者の責任において機能性を表示した食品で,その機能性については,「トクホ」と異なり消費者庁長官の許可を得たものではありません。いずれにしても,医薬品のような厳しい基準で効果や安全性が確認されたものではありません。医薬品とは異なり,病気の治療や予防のために摂取するものではありません。ですから当然のことながら,乳がんの治療や予防効果のある食品は存在しません。もし,ある食品に「がんが小さくなります」と表示があったとすれば,法律に違反したことになります。また,食品の中には医薬品との飲み合わせに注意を要するものもあるので,医師による治療を受けている方は,必ず医師・薬剤師に相談しましょう。