A.手術した乳房全体に,1回線量2.0グレイを計23~25回,総線量で46~50グレイ程度を照射するのが一般的です。1回線量を増やして15~20回で照射(寡(か)分割(ぶんかつ)照射)を行う場合もあります。腋窩(えきか)(わきの下)のリンパ節に転移があった場合には, 鎖骨上窩(さこつじょうか)(首の付け根で鎖骨の上の部分)へも照射することがあります(☞Q21の図1参照)。

解説

乳房温存手術後の放射線療法では,どの範囲に照射するのが適切ですか

放射線療法の効果は,放射線を照射した部分にのみ現れます。十分な効果があり,副作用が少ない放射線療法を行うためには,必要かつ十分な照射範囲を決定することが大切です。現在の標準治療は,温存した乳房全体に照射する方法(全乳房照射)です。

最近,欧米ではがんのしこりがあった場所の周囲のみに短期間(1~10日程度)で集中的に照射する方法も試されています。しかし,効果や長期の副作用について,温存した乳房全体に照射する方法と同等かどうかはまだわかっていません。

術後の放射線療法の線量や治療期間はどのくらいが適切ですか

全乳房照射では,手術した乳房全体に対して1回線量2.0グレイ,総線量46~50グレイ程度を約5週間かけて行います。一度にすべての量をあてるのではなく,少しずつ分割してあてるのは,正常組織への影響を小さくして,がん細胞を弱らせて死滅させるためです。1回の照射時間は1~3分程度で,通院の時間以外は通常の生活が可能です。

放射線療法の効果は,どれだけの総線量を何回に分けて,どれだけの期間に照射したかで決まってきます。一般に,手術後に残っているかもしれない,目にみえない程度のがん細胞に対しては,1回線量2.0グレイで総線量50グレイ程度を5週間くらいかけて治療する方法が有効とされています。毎日続けて照射することにより,がん細胞が次第に少なくなっていきます。途中に長期間の休みを入れてしまうと,同じ総線量を照射しても効果が薄れるのでよくありません。

カナダやイギリスなどでは,治療期間の短縮を目的として総線量42.56グレイを16回に分けて照射する方法や,総線量40グレイを15回に分けて照射する方法(寡分割照射)が行われてきました。日本でも,1回線量2.5~2.75グレイを15~20回照射する寡分割照射を行う施設が増えてきています。50歳以上で,腫瘍が5cm以下,リンパ節転移がなく,抗がん薬治療も受けていなければ,効果と副作用は従来の方法と同等なので勧められる照射法です。この条件に当てはまらない場合もこの方法で治療できる場合もありますので,担当医とよくご相談ください。

全乳房照射後にしこりのあった周囲に追加照射する必要はありますか

全乳房照射後にしこりのあった周囲に追加照射(ブースト照射)を行うことは,乳房内の再発を減少させるのに効果があります。乳房全体に多くの線量を照射することは,副作用が強くなり好ましくありませんが,乳房内の再発の多くはしこりのあった周囲に起こるので,この部分に追加照射をしておくことで重篤な副作用なしに再発を減らすことができます。

切除断端陽性(☞Q22, 33参照)の場合は追加切除を行うことが一般的ですが,わずかな断端陽性の場合は10~16グレイの追加照射で対応する場合もあります。一方,切除断端陰性(☞Q33参照)でがんを取りきれたと思われる場合でも,追加照射によって乳房内再発が減るという報告もあります。特に,比較的年齢が若い場合は,乳房内再発率がやや高くなる傾向がありますので,断端陰性でも追加照射が必要になることがあります。

乳房以外の部分にも照射する必要はありますか

腋窩(わきの下)のリンパ節転移が4個以上あった場合は,鎖骨上窩(首の付け根で鎖骨の上の部分)への照射をお勧めします。また,リンパ節転移が1~3個の場合でも,鎖骨上窩への照射を行ったほうがよい場合があります。

乳房温存療法で腋窩リンパ節への転移が4個以上あった場合には,3個以下の場合に比べて鎖骨上窩などへのリンパ節転移が多いと報告されています。そのような場合,鎖骨上窩への放射線療法が有用であるとする報告があり,米国や日本のガイドラインでは放射線療法を勧めています。腋窩リンパ節への転移が1~3個の場合には,病理学的悪性度,しこりの大きさ,腋窩リンパ節転移の個数などのリスク因子によって,照射をお勧めする場合があります。また,胸骨のわきにある内胸リンパ節への転移はまれですが,腫瘍の位置などの症状によって照射をお勧めすることがあります。

なお,腋窩リンパ節の郭清後,さらに腋窩に放射線照射を行っても生存率は改善せず,かえって腕のむくみや肩の副作用が増えるので,腋窩リンパ節郭清後の腋窩への放射線療法はお勧めしません。

乳房温存手術後の放射線療法が省略できる場合はありますか

放射線療法は正しく行えば安全な治療ですが,時間や費用がかかり,また軽度ながら副作用もあります(☞Q36参照)。したがって,放射線療法を省略しても,乳房内再発の危険性が変わらないのであれば,それに越したことはありません。放射線療法の省略が考慮される場合としては,もともと乳房内に再発するリスクが低い場合(例:高齢,小さなしこりでホルモン療法が効くタイプなどの場合)が考えられます。70歳以上,2cm以下のしこりで,ホルモン療法が有効なタイプの患者さんに対してホルモン療法を行ったうえで,放射線療法を行った場合と行わなかった場合を比べた臨床試験の結果が報告されました。やはり放射線療法を行ったほうの患者さんで乳房内再発が少なかったのですが,その差は小さなもので,生存率にも差はありませんでした。したがって,乳房内再発のリスクが低い場合,患者さんが十分に説明を受けたうえで納得されれば,放射線療法を省略することもあります。