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免疫療法や高濃度ビタミンC療法,民間療法などの補完代替(だいたい)医療は,乳がんの進行を抑えたり,再発を予防する効果は医学的に証明されていません。乳がんの治療中は併用を避けてください。ただし,がん治療に伴う副作用やがんによる痛みなどの症状を緩和する目的,あるいは不安などの心理的なストレスの軽減を目的とした補完代替医療の中には有用なものもあります。補完代替医療を受けたい場合には,担当医に率直に相談しましょう。

解説
補完代替医療とは

「補完医療」とは,私たちが普段病院で受けている西洋医学を補う(補完する)医療のことです。また,「代替医療」とは,西洋医学に取って代わる(代替する)医療のことです。両者をまとめて「補完代替医療」といいます。

補完代替医療は,通常,効果や安全性について科学的に証明されておらず,保険診療を行う医療機関では行われていない(すなわち健康保険で認められていない)医療を指し,大まかには以下の5つに分類されます。

① 独自の理論体系をもつ医療(中国伝統医療,自然療法医学,ホメオパシー医療など)
② 心身医療(心理精神療法,瞑想(めいそう),祈りなど)
③ 生物学的療法(ハーブ,アガリクス,メシマコブ,サメ軟骨,プロポリス,食事療法,生理活性物質,免疫を高める療法,高濃度ビタミンC療法など)
④ 手技療法と身体技法(カイロプラクティック,マッサージ療法など)
⑤ エネルギー療法(気功,レイキなど)

上記のほか,免疫チェックポイント阻害薬以外のいわゆる免疫療法(免疫細胞療法),温熱療法,血管内治療なども通常医療の範囲でないため,補完代替医療に含まれます。また米国では,漢方は医療品に分類されず,ハーブとして補完代替医療に分類されています。

補完代替医療の効果や安全性

補完代替医療の効果や副作用についても,他の薬と同様に臨床試験を行ってきちんとした証拠を出さなければならないのですが,臨床試験で効果が証明されたものはほとんどないのが実状です。しかし,代替医療の利用者が急増している現状から,米国では補完代替医療に関して国家的な取り組みを行っています。米国の補完代替医療センター(National Center for Complementary and Alternative Medicine; NCCAM)では一般の薬と同じように臨床試験を行うことによって,補完代替医療の効果や副作用について調査しています。また,日本の国立健康・栄養研究所のホームページにおいても,健康食品に関するデータベースを作成する取り組みが行われています。

サプリメントなどの健康食品は,ほかの薬の働きに影響を及ぼす可能性がありますので,使用を希望する場合には必ず担当医に相談しましょう。

以下に,主な補完代替医療や健康食品について,現在わかっていることを記載します。

免疫療法:わたしたちのからだには,発生したがん細胞を免疫の力で排除するシステムがあります。したがって,免疫の力を回復させてがんを治療するという方法は理論的には妥当と考えられ,過去から多くの研究がなされてきました。最近,PD-1およびPD-L1という分子ががんに対する免疫のブレーキにかかわっていることが判明しました。転移のあるトリプルネガティブ乳がんに対して,PD-1抗体であるペムブロリズマブ(商品名 キイトルーダ)と抗がん薬を併用する方法や,PD-L1抗体であるアテゾリズマブ(商品名 テセントリク)とナブパクリタキセルという抗がん薬を併用する方法は効果があることが臨床試験で証明され,保険適用となりました。これらは免疫チェックポイント阻害薬といわれ,従来のいわゆる免疫療法とは異なり,補完代替医療にはあたりません。

一方,従来のいわゆる免疫療法についてはその有効性が研究されてきましたが,ほとんどのものに有効性が確認されていません。「最先端の免疫医療」と(うた)って樹状(じゅじょう)細胞ワクチン療法,活性リンパ球療法,ナチュラルキラー細胞療法,免疫細胞療法,ペプチドワクチン療法といった治療を行っている施設がありますが,このような免疫療法の乳がんに対する有効性を証明したデータ(臨床試験の結果)はありません。免疫療法の中には,科学的に治療効果が証明され保険診療で使用可能なものと,治療効果が確認されておらず,ときに自費診療として高価な治療費を要求する怪しげなものがあることをしっかりと理解しましょう。治験などを除いて,免疫療法と称する保険適用となっていない治療法は,まったくお勧めできません。

高濃度ビタミンC療法:医学的に乳がんに有効であるとするデータ(臨床試験の結果)はありません。尿路結石などの原因となることがあります。

アガリクス:キノコの一種で市場に多く出回っていますが,ヒトのがんに対する効果や安全性が示されたデータはありません。アガリクスの使用により劇症肝炎を発症したという報告もありますので,安易に使用すべきではありません。

温熱療法:がん細胞が正常細胞と比べて熱に弱いという性質を利用した,がんの治療法です。単独で行われるのではなく,放射線や抗がん薬の効果を強めることを目的に,放射線や抗がん薬と併せて行われますが,温熱療法を追加することで治療効果が上がるかどうかは研究段階であり,標準治療とはいえません。

メシマコブ:キノコの一種で,「免疫力を向上させる」「がんを予防する」などといわれていますが,ヒトでの有効性についてのデータはありません。大量に摂取すると下痢や嘔吐を引き起こす可能性があります。

サメ軟骨:がん細胞を用いた実験で,がんの進行を抑えるのではないかと期待されましたが,米国での臨床試験の結果,サメ軟骨はがんに対して無効であることがわかりました。また,患者さんのQOL(生活の質)を改善する効果も認められませんでした。

臍帯血(さいたいけつ)や水素水など,いかにも効果がありそうな言葉を並べて,治療効果を謳う施設があります。標準治療を行わず,それらを使用することで,がんが進行してしまうなどの問題が発生しています。

以上のように,乳がんの進行を抑えたり,再発を予防したりすることが証明された補完代替医療はありません。そのため,乳がんに対する治療としてはお勧めできません。一方,がんの痛み,抗がん薬治療中の吐き気やホットフラッシュに対する(はり)治療,痛みや不安に対するマッサージ療法や適度な運動,サポートグループによる心理療法やリラクセーションなどによる心身療法など,一部の補完代替医療については臨床試験において効果が認められています。補完代替医療を受けたい場合には担当医に相談しましょう。

補完代替医療に関する詳しい情報

補完代替医療に関する詳しい情報については,下記をご参照ください。

がんの補完代替医療ガイドブック 第3版(厚生労働省がん研究助成金「がんの代替療法の科学的検証と臨床応用に関する研究」班,独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「がんの代替医療の科学的検証に関する研究」班 編集・制作)
 https://shikoku-cc.hosp.go.jp/cam/dl/pdf/cam_guide(3rd)20120220_forWeb.pdf (※リンク無・不要でしたら削除します)

国立健康・栄養研究所 https://www.nibiohn.go.jp/eiken/ 
 ホームページで健康食品に関するデータベース(「健康食品」の安全性・有効性情報)を閲覧できます。

日本補完代替医療学会 http://www.jcam-net.jp/index.html

乳癌診療ガイドライン①治療編 2022年版(日本乳癌学会編)  https://jbcs.xsrv.jp/guideline/2022/