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乳がんのなかには,浸潤性(しんじゅんせい)小葉がん,粘液がん,管状がん,化生がん,浸潤性微小乳頭がん,腺様囊胞がんなど,通常の浸潤性乳管がんとは異なる特殊型があります。特殊型の乳がんでは,予後や薬物療法の適応基準が異なる場合があります。また,炎症性乳がんや潜在性乳がんといった特殊な病態もあり,それぞれの病態に応じた治療が望まれます。

解説
特殊型(☞Q27 表1 参照)

(1)浸潤性小葉がん
浸潤性小葉がんの発生頻度は,日本では欧米に比較して低く,全乳がんの5%程度を占めますが,近年増加傾向にあります。浸潤性小葉がんは通常の乳がんに比べて複数の乳がんが出現することが多いのが特徴です。対側の乳房にがんがみられることもあります。ホルモン受容体陽性,HER2(ハーツ―)陰性など,予後良好の特徴を示すものが多いですが,手術して10年以上経って再発したり,消化管や卵巣・子宮など,通常の乳がんが転移を起こしやすい場所とは異なる場所に転移を起こすことがある,という特徴もあります。多形浸潤性小葉がんと呼ばれる悪性度の高い亜集団や,ホルモン受容体陰性の浸潤性小葉がんのなかには,予後不良なものもあります。

(2)粘液がん
粘液がんの発生頻度は全乳がんの3%程度です。粘液がんは純粋型と混合型に分類され,混合型では多くの場合,通常型の乳がんが併存します。純粋型の粘液がんは病気の進行が比較的ゆっくりで,ホルモン療法が有効なタイプが多いのが特徴です。通常の乳がんでは,しこりの大きさが治療後の予後に影響しますが,純粋型の粘液がんでは,しこりがやや大きくても通常の乳がんほど予後が悪くないことが知られています。したがって,純粋型の粘液がんの場合,腋窩(えきか)リンパ節転移がなければ,しこりがやや大きくても,再発予防目的の薬物療法はホルモン療法だけで十分である場合が多いと考えられています。混合型の場合は通常型の乳がんに準じた治療を行います。

(3)管状がん
管状がんの発生頻度は全乳がんの0.5%未満で,上記の粘液がんよりもさらにまれなタイプです。管状がんは,粘液がんよりもさらに病気の進行が緩やかで,1cm未満でみつかることが多いです。管状がんの予後は非常に良好で,ホルモン療法が有効なタイプが多いので,腋窩リンパ節転移がなければ,再発予防目的の薬物療法はホルモン療法だけで十分であると考えられています。ただし,管状がんがみつかった場合,他の乳がんがみつかることが多いという特徴もあるので,注意が必要です。

(4)化生がん
化生がんの発生頻度は日本では全乳がんの2%未満です。細胞がその臓器特有の性質と別の性質をもつ細胞に変化することを「化生」といいますが,これががんで生じたものを化生がんと呼びます。化生がんの性質変化はさまざまですが,一般的に通常型の乳がんに比べて急速に大きくなります。腺扁平上皮がん,扁平上皮がん,紡錘細胞がん,基質産生がんなどが含まれ,ほとんどがエストロゲン受容体陰性・プロゲステロン受容体陰性・HER2陰性のいわゆるトリプルネガティブ乳がんです。通常の乳がんと比較してリンパ節転移は少ないとされますが,肺や脳への転移が多くみられます。化生がんは抗がん薬治療(化学療法)の効果が乏しく,予後が良くないという報告もありますが,症例数が少ないためわかっていないことも多いです。

(5)浸潤性微小乳頭がん
浸潤性微小乳頭がんの発生頻度は全乳がんの1%程度ですが,通常の乳がんを含む他のタイプのがんと併存するものを含めると発生頻度は3~7%とされます。浸潤性微小乳頭がんはリンパ管への侵襲やリンパ節への転移が通常の乳がんと比較して多くみられ,予後は不良との報告もありますが,治療は通常の浸潤性乳管がんに準じて行います。

(6)腺様囊胞がん
腺様囊胞がんの発生頻度は全乳がんの0.1%程度で,粘液がんや管状がんよりもさらにまれなタイプの乳がんです。腺様囊胞がんの多くは,エストロゲン受容体陰性・プロゲステロン受容体陰性・HER2陰性のいわゆるトリプルネガティブ乳がんに分類されます。しかし,腺様囊胞がんは,トリプルネガティブ乳がんであるにもかかわらず,その予後は良好であることから,腋窩リンパ節転移がなければ,再発予防目的の抗がん薬治療(化学療法)は行わなくてもよいと考えられています。

特殊な病態の乳がん

(1)炎症性乳がん
炎症性乳がんとは,しこりを認めず,皮膚が急性乳腺炎のときのように赤くなることを特徴とする乳がんです。炎症性乳がんの発生頻度は全乳がんの約0.5~2%程度で比較的まれな病態です。炎症性乳がんと似ている急性乳腺炎は,授乳期に多くみられる細菌による感染症ですので,授乳期でないにもかかわらず乳房に発赤(ほっせき)を認めたときには,炎症性乳がんの可能性がないかどうかを調べることが勧められます。炎症性乳がんに対しては,抗がん薬治療(化学療法)を行った後に,手術や放射線療法などの乳房に対する局所療法を組み合わせた治療が一般的に勧められます。

(2)潜在性乳がん
がんが最初にできた場所である「原発部位」がわからないがんを「原発不明がん」と呼びます。腋窩リンパ節転移がみつかったにもかかわらず,視触診やマンモグラフィ・乳房超音波検査,さらには乳房MRIなどの精密検査を行っても乳房内には異常を認めない原発不明がんは,乳房内のどこかに乳がんが隠れていると考えることが妥当なため,「潜在性乳がん」とも呼びます。腋窩リンパ節転移でみつかった潜在性乳がんに対しては,乳がんに準じた治療を行うことが推奨されます。乳房に対する局所療法として,手術か放射線療法のどちらかを行うことが推奨されますが,どちらがより適切かは個々の患者さんの状況をみて総合的に判断することになります。腋窩リンパ節に関しては,転移しているリンパ節を含めた切除(腋窩リンパ節郭清術)を行います。腋窩リンパ節郭清術に加えて,通常の乳がんと同様にサブタイプに応じた薬物療法を行うことが推奨されます。