患者向けガイドライン小委員会 委員長 徳永えり子

本書は,日本乳癌学会が発刊している医師向けの『乳癌診療ガイドライン』に記載されている内容から,患者さんやご家族の皆さんにぜひ知ってほしい内容をわかりやすく解説するとともに,乳がんと診断された後の日常生活において大切と思われる内容を網羅しています。

医師向けの『乳癌診療ガイドライン』は2022年7月に4年ぶりに改訂版が発刊されました。医療は日進月歩であり,この4年の間に乳がんの診療にも大きな変化がありました。本書もこの間の変化をできるだけ取り入れました。

乳がんの診療においては,検査から治療,経過観察に至るまで,さまざまな段階で多くの選択肢があります。それぞれの患者さんが最善の選択を行うことができるよう,医師はevidence based medicine(エビデンス ベイスド メディスン:根拠に基づく医療。以下,EBM)を行うことを心がけています。EBMでは,治験や臨床試験の結果から得られる科学的な根拠を大変重視しています。しかし,EBMとは本来,科学的根拠のみならず,医師の専門性や患者さん,ご家族の希望や価値観などを考え合わせて,一人ひとりの患者さんにとって,より良い医療を目指そうとするものです。その実現のためには,医師や医療スタッフと患者さん,ご家族とが情報を共有し,ともに考え,話し合いを重ねて決めていくshared decision making(シェアド ディシジョン メイキング:協働意思決定や共有意思決定といわれます。以下,SDM)が大切だと考えられるようになってきました。患者さんお一人おひとりが独自の価値観や社会的背景,家庭環境,経済状況,大切にしたいものなどをもっておられることでしょう。そのため,同じような病気の状況であっても,最善と思われる選択肢はそれぞれの患者さんで異なって当然なのです。医師と患者さん,ご家族とができるだけ対等な立場で話し合い,SDMを行うためには,医師の使う言葉をできるだけ正しく理解することが大切だと思われます。そのため,本書では医師向けの『乳癌診療ガイドライン』をできるだけわかりやすく解説することを心がけました。

また,患者さんは1日の多くの時間を,患者さんとしてではなく,家や社会でのそれぞれの役割を果たしつつ過ごす生活者であることを,委員全員が共通認識としてもち,本書を作成しました。乳がんと診断された後,仕事とがん治療との両立は可能か,社会的,経済的な支援にはどのようなものがあるかなどに関しても記載を充実させました。また,実際に当事者の方々から寄せられた声をもとに作成された「質問集」は,診察の際に医師に何を聞けばより理解が深まるかという点で参考になると思います。

本書を読むことで,乳がんに対する理解が深まり,本書をもとに患者さん,ご家族と医療者とのより良い対話が可能になれば幸いです。