「治療後にどのような生活を送れば再発を予防できるか?」については多くの患者さんが気にしていることだと思います。食生活や治療後の生活習慣と再発リスクとの関連については,今の段階でわかっていることはそれほど多くはありませんが,ここでは比較的信頼性の高いエビデンスがある,肥満,脂肪摂取,アルコール,乳製品,イソフラボン,代表的な生活習慣である喫煙と運動,それに関心の高いストレスと乳がん再発リスクとの関連を取り上げて解説します。

また,乳がんになっていない側の乳房に,新たに発症するかもしれない乳がんのリスクも重要な問題です。したがって,Q62を参考に食生活や生活習慣を見直すことを,治療後の生活においてもお勧めします。

60-1 肥満は乳がん再発リスクと関連がありますか。

A

乳がんと診断されたときに肥満であった患者さんの乳がん再発リスクと乳がん死亡リスクが高いことは確実です。サブタイプ別では,ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん,HER2陽性乳がんでは,乳がん診断時に肥満であった患者さんの乳がん再発リスクが高いことはほぼ確実となっています。トリプルネガティブ乳がんに限って検討すると,乳がん診断時に肥満であった患者さんの乳がん死亡リスクが高い可能性があります。また,乳がんと診断された後に肥満になった患者さんの乳がん再発リスクと乳がん死亡リスクが高いこともほぼ確実です。したがって,すべての乳がん患者さんで,適切なカロリー摂取と適度な運動によって肥満を避けることが強く勧められます。

解説
乳がんと診断されたときの肥満

乳がんと診断されたときに肥満であったかどうかが,乳がん再発リスクと関連するかどうかを調べた報告はたくさんあります。ほとんどの研究で肥満の患者さんの乳がん再発リスクは,そうでない患者さんに比べて1.1~1.3倍高いことが示されています。その原因としては,肥満の患者さんではホルモン療法のアロマターゼ阻害薬や抗がん薬治療の効果が劣ることなどが考えられています。この分野は非常に研究が盛んで,サブタイプ別では,ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんやHER2陽性乳がんでは,乳がん診断時に肥満であった患者さんの乳がん再発リスクが高いことはほぼ確実です。トリプルネガティブ乳がんに限って検討すると,乳がん診断時に肥満であった患者さんの乳がん死亡リスクは高い可能性がありますが,乳がん再発リスクと関連しているかどうかはまだ不明な状態です。

乳がんと診断された後の肥満

乳がんと診断された後に体重が増加し,肥満になった患者さんでは,乳がん再発リスクと乳がん死亡リスクが高いことがほぼ確実となっています。

以上より,すべての乳がん患者さんで,適切なカロリー摂取と適度な運動により肥満を避けることが強く勧められます。また,現在肥満の患者さんには,健康維持の観点から体重のコントロールをお勧めします。

60-2 脂肪の摂取は乳がん再発リスクと関連がありますか。

A

脂肪の摂取と乳がん再発リスクの関連は明らかではありません。しかし,肥満と再発リスクには明らかな関連がありますので,肥満を避けるために適切なカロリー摂取と適度な運動を心がけましょう。

解説

肥満と乳がん再発リスクには明らかな関連が示されています(☞Q60-1参照)。「肥満を招くおそれのある脂肪を多く含んだ食事を取ると乳がん再発リスクは増加するか」という点を検討した報告は多くありませんが,ほとんどの研究で,脂肪を多く含んだ食事摂取と乳がん再発リスク,死亡リスクとの間に関連は認められませんでした。

しかし,脂肪を多く含んだ食事を取ると太りやすいのは事実です。そして,肥満が乳がん再発リスクを増加させるのは明らかです。脂肪摂取そのものが再発リスクを高めるわけではありませんが,日常生活において大切なことは,過度に脂肪摂取を制限するのではなく,総カロリーを制限し,適度な運動によって肥満を避け,適切な体重を維持することです。

60-3 アルコール飲料の摂取は乳がん再発リスクと関連がありますか。

A

乳がん診断前後にかかわらず,アルコール飲料の摂取により乳がん再発リスク,乳がん死亡リスクが増加する可能性は低いです。ただし,新たな乳がんの発症リスクを考えると,アルコール飲料を摂取する場合も,量は控えめにしておくことが大切です。

解説

アルコール摂取により乳がん発症リスクが高くなることは,閉経前では可能性があり,閉経後ではほぼ確実です(☞Q62-2参照)。しかし,アルコール摂取が乳がん発症リスクを高めることと,乳がん患者さんの予後については必ずしも一致していません。したがって現時点では乳がん診断前後にかかわらず,アルコール飲料の摂取により乳がんの再発リスク,死亡リスクが増加する可能性は低いとされています。ただし,アルコール飲料は治療を受けていない乳房の乳がん発症リスクや,他のがんの発症リスクも高めますので,アルコール飲料を摂取する場合は,量を控えめにすることが大切です。

60-4 乳製品の摂取は乳がん再発リスクと関連がありますか。

A

乳製品の摂取と乳がん再発リスクの間には明らかな関連性は認められていませんが,研究が少なく,一定の結論を導き出すのは困難です。肥満を招かない程度の適量の摂取は問題ありません。

解説

乳製品全般の摂取によって乳がん発症リスクが低くなる可能性があるといわれています(☞Q62-5参照)。では,乳がんと診断された患者さんでは,乳製品の摂取と再発リスクとの関連性はどうでしょうか。乳がんと診断されたときにバターやチーズなどの乳製品を多く摂取していた患者さんとそうでなかった患者さんの再発リスクの比較,そして,乳がんと診断されてから乳製品を多く摂取した患者さんとそうでなかった患者さんの再発リスクの比較に関しては,少数ではありますが研究報告があり,いずれも乳製品の摂取量と再発リスクの関連性は明らかではなかったと報告されています。しかし,研究の数が少なく,一定の結論を導き出すのは現時点では困難です。一方,乳製品の多くが脂肪を含んでおり,大量の乳製品の摂取は肥満を招くおそれがあります。乳がんと診断されてから肥満になった患者さんの乳がん死亡リスクが高いことはほぼ確実ですので(☞Q60-1参照),乳がん患者さんにおける乳製品の摂取に関しても,摂取する場合は肥満を招かない程度の適量の摂取が望まれます。

60-5 食事によるイソフラボン摂取は乳がん再発リスクと関連がありますか。

A

大豆イソフラボンの摂取により乳がん再発リスクが低くなる可能性があります。しかし,再発リスクを下げる目的でイソフラボンをサプリメントの形で多量に摂取することは,効果と安全性が証明されていませんので勧められません。通常の大豆食品から摂取するように心がけましょう。

解説

通常の食事における大豆食品やイソフラボンの摂取により乳がん発症リスクが下がる可能性があります(☞Q62-3参照)。では,乳がん再発リスクとの関連はどうでしょうか。現時点ではこれに関する研究は非常に少なく,3件の研究があるだけで,これらの研究では一貫して,大豆イソフラボンの摂取が多い患者さんは,少ない患者さんに比較して乳がん再発リスクが低かったことが報告されています。また,大豆イソフラボンを多く摂取していた患者さんでも,これによる有害な出来事はなかったことが報告されています。

まだ研究は限られており,日本人を対象とした研究もありませんが,大豆イソフラボンの摂取で乳がん再発リスクが低くなる可能性があります。しかし,再発リスクを下げる目的でイソフラボンをサプリメントの形で多量に摂取することについては安全性が証明されておらず,その効果も不明であるため勧められません。通常の大豆食品から摂取するように心がけましょう。

60-6 喫煙は乳がん再発リスクを高めますか。

A

喫煙により再発リスクが高くなるかどうかについては十分にはわかっていませんが,死亡リスク(乳がん死亡のほか,あらゆる原因の死亡を含む)が高くなる可能性があります。健康維持の観点からも,禁煙を強くお勧めします。

解説

喫煙により乳がん発症リスクが高くなることは,ほぼ確実です(☞Q62-6参照)。診断後の喫煙が乳がん再発リスクと関係するかどうかについての研究は多くありませんが,再発リスクの増加が示唆されています。死亡リスク(乳がん死亡のほか,あらゆる原因の死亡を含む)との関連では,喫煙者の死亡リスクが高いという報告が複数あります。したがって,あらゆる方で喫煙により死亡リスクが高くなる可能性があります。また,乳がん診断後に禁煙したグループでは,乳がん死亡リスクの上昇はみられなくなりました。

煙草(たばこ)の煙の中には,さまざまな化学物質が含まれており,その中にはがんの引き金になる物質が数十種類含まれています。喫煙は,肺がんをはじめとする複数の部位のがんの原因となっているだけでなく,心筋梗塞や脳卒中などの循環器の病気,糖尿病,慢性閉塞(へいそく)性肺疾患などの呼吸器の病気の原因でもあります。治療後においても,喫煙によりQOL(生活の質)を著しく損なうこれらの生活習慣病を発症するリスクが高くなり,死亡リスクも高くなりますので,健康維持の観点からも禁煙を強くお勧めします。

60-7 運動は乳がん再発予防に有効ですか。

A

乳がんと診断された後に適度な運動を行う方は,行わない方に比べて乳がんの再発リスクや死亡リスクが低くなることは,ほぼ確実です。また,診断後の適度な運動は,QOL(生活の質)にも好影響を及ぼすことが明らかです。乳がんと診断された後は,無理のない範囲で運動を心がけるのがよいでしょう。

解説

乳がんの発症には,運動や食事といった生活習慣が影響すると考えられていますが,乳がんと診断された後でも,それまでの生活習慣を見直し,改善することが,健康のためには重要です。

乳がんと診断された後の運動とその後の健康状態との関連を検討したこれまでの報告をまとめてみると,乳がんと診断された女性のうち,ある一定以上の運動を行った女性では,ほとんど運動をしなかった女性に比べて,病気を原因とするすべての死亡リスクがおよそ40%低くなっていました。また,運動を行った女性では,乳がんの再発リスクがおよそ25%,乳がんによる死亡リスクがおよそ35%低くなっていました。このような運動により再発リスクや死亡リスクが低下する効果は,肥満の有無に関係なく認められています。しかし,非常に激しい運動をすれば,より高い効果が得られるというわけではありません。

さらに,乳がんと診断された後に,適度な運動を行っている患者さんのQOLは高く,からだの症状や日常の活動性,心理面(不安や抑うつ),社会面(家族や友人との関係)がより良い状態であることが,いくつもの研究で明らかになっています。

乳がんの治療が一段落したら,無理のない範囲で定期的な軽い運動(少し汗ばむぐらいの歩行や軽いジョギングなどを週に2時間半以上,または,ランニングを週に75分以上)を心がけるとよいでしょう。

60-8 不安や抑うつなどの心理社会的な要因は乳がん再発リスクと関連がありますか。

A

不安や抑うつなどの心理社会的な要因と乳がん再発リスクとの間には,明らかな関連はありません。また,心理社会的な介入が再発までの期間の延長をもたらすという根拠は認められていません。しかしながら,心理社会的な介入には,QOLの向上や不安・抑うつの改善に対する一定の有効性が認められています。

解説

心理社会的な要因と乳がん再発との関連については,これまでにいくつかの報告があります。心理社会的な要因としては,どのようにがんと向き合うか(コーピングといいます),心理的な負担,ストレスになる生活上の出来事が多く取り上げられ,再発までの期間との関連が調べられています。しかしその結果はさまざまで,前向きなコーピング,心理的負担が少ないこと,ストレスになる出来事を経験しないことが再発までの期間を延長するかどうかについては,一定の結論が出ていません。

心理社会的な介入(教育,精神療法,グループ療法など)と乳がん再発との関連についても多くの報告はありません。中には,心理社会的な介入を行ったグループは行わなかったグループよりも再発までの期間が長かったという報告もありますが,研究の方法に問題点が指摘されるなど,現在までのところ,心理社会的な介入が再発までの期間を延長させるという十分な根拠はありません。一方で,心理社会的な介入には,QOLの向上や不安・抑うつの軽減に対する一定の有効性が認められていますが,より精度の高い研究が必要です。

心理社会的な要因と再発との関連は明らかではないものの,再発への不安を含めストレスを感じながら生活されている方は多いと思います。心の中に湧き上がる不安をなくすことは,とても難しいことです。むしろ不安が生じるのは当然だと考え,そうした気持ちを無理に打ち消そうとするのではなく,不安をもちながらも,目の前のことを普段通りに行っていくことが大切です。しかし,不安が続き,日常のことが手につかない,眠れない,食欲がない,気分が落ち込むといった症状が続くようであれば,早めに担当医や看護師などの医療スタッフにご相談ください(☞Q9参照)。