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乳がん治療に際して,経済的な負担が増えたり生活や就労に制限が生じたりした場合には,高額療養費制度,医療費控除,傷病手当金,生活保護制度など,利用できるさまざまな支援制度があります。また,小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性(にんようせい)温存治療費助成事業など,新たに開始されている支援制度もあります。

解説
高額療養費制度

病院などの窓口で同一月(1日~末日まで)に支払った医療費(保険適用分のみ)が一定額(自己負担限度額)を超えた場合,その超えた金額の払い戻しを受けることができる制度です。自己負担限度額は年齢や収入によって異なります。

70歳未満の場合,高額療養費は医療機関ごと,医科・歯科別,入院・外来別の計算となり,それぞれ同月に21,000円以上支払った場合に合算することができます。また,調剤薬局(保険薬局)で支払った医療費は,処方箋(しょほうせん)を発行した医療機関の医療費に含めることができます。さらに負担を軽減できる仕組みとして,多数回該当や世帯合算などがあります。制度内容はたびたび改正されるため,詳細は加入している保険者へ確認しましょう 表1

限度額適用認定証
医療費が高額になりそうな場合は,加入している医療保険から事前に「限度額適用認定証」(低所得者の方は「限度額適用・標準負担額減額認定証」)の交付を受け,医療機関や保険薬局の窓口に提示することで,窓口での支払額が自己負担限度額までになります。この場合には,一度に高額な医療費を支払ったり,後で払い戻しの申請をしたりする必要がありません。

 表1  高額療養費制度の問い合わせ・申請窓口

医療保険の種類  問い合わせ先
全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)  全国健康保険協会の各都道府県支部
組合管掌健康保険 ご加入の健康保険組合
国民健康保険 市区町村役場:国民健康保険の担当課
国民健康保険組合 国民健康保険組合
共済組合健康保険 ご加入の共済保険組合
後期高齢者医療制度 市区町村役場:後期高齢者医療の担当課
※申請に必要なもの:各保険者へお問い合わせください。
医療費控除

ご本人またはご家族(生計を一つにする親族)が,前年(1月1日~12月31日)に支払った医療費が10万円(または,所得金額が200万円未満の方は,その金額の5%)を超えた場合に,確定申告をすることで所得税の一部が還付される所得控除制度です。医療費負担軽減のためにある制度ですが,健康保険制度の「高額療養費制度」と税制上の「医療費控除」は異なるものです 表2

 表2  高額療養費と医療費控除の主な違い

  高額療養費 医療費控除
申請先 加入している医療保険者 税務署
還付金 医療費(保険適用分) 税金
申請の時期 随時 (翌月以降)
*2年間は遡及(そきゅう)可能
原則,翌年2月16日~3月15日
(土日祝日と重なるときは翌月曜日)
*5年間は遡及可能

医療費控除は,勤務先での年末調整ではできないため,ご自身で確定申告をする必要があります。ただし,すべての医療費について適用されるわけではありません 表3

申請に必要なものや手続き方法については,事前に税務署に確認されることをお勧めします。税務署のホームページも利用してみてください。

《問い合わせ・申請窓口》
現在お住まいの地域を管轄する税務署

 表3  医療費控除の対象となるもの・ならないもの一例

対象となるもの 対象とならないもの
*医師,歯科医師による診療費,治療費
*医師等の診療を受けるために直接必要な費用(バスや電車を利用した場合の通院費,必要な場合の部屋代,食事代,医療用器具の購入費や貸与の費用)
*大人用のおむつ代(6カ月以上寝たきり状態で,医師の「おむつ使用証明書」がある場合)
*薬代(薬局で購入した市販薬等も含む)
*治療のためのあんま・マッサージ・指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師による施術費用
*生殖補助医療の費用

など
*人間ドック,健康診断の費用
(検査の結果,病気が発見された場合は控除対象)

*自家用車通院の場合のガソリン代
(出産や骨折など公共交通機関の利用が困難な場合
 は控除対象)

*本人,家族の都合による個室料
*ウィッグや,専用の下着の購入費
*病気の予防や健康増進のためのビタミン剤やサプリ
 メント等の購入費

*入院に際し購入した身の回りの品

など
傷病手当金

病気やけがのために会社を休み,事業主から十分な報酬が受けられない場合,その間の所得保障として「傷病手当金」が支給されます(☞Q11参照)。協会けんぽ,健康保険組合,共済組合等に加入している本人(被保険者)が支給対象となり,原則,扶養家族は支給の対象になりません 表4

表4  傷病手当金の問い合わせ・申請窓口

医療保険の種類 対象者 問い合わせ先
健康保険
民間企業の会社員等 協会けんぽ(全国健康保険協会)
加入している各健康保険組合
共済 公務員・教職員等 加入している各共済組合

なお,退職日に傷病手当金を受給しているか,受給できる条件を満たしている場合には,退職後も引き続き受給できる場合があります。ただし,退職日に出勤したときは,退職後も続けて給付する条件を満たさなくなってしまうため注意が必要です。

※治療と仕事の両立の観点から,より柔軟な所得保障ができるよう,2022年1月1日から,支給期間が通算化されました。

《支給要件》
次の要件をすべて満たした場合に支給されます。
①療養中であること(入院・外来は問わない)
②労務不能であること
③4日以上仕事を休むこと(連続する3日間の待期期間を含めて4日以上休んだ場合に,その4日目から支給)
④給料(報酬)の支払いがないこと(給料が支払われても,傷病手当の額よりも少ないときは,その差額を支給)

《支給期間》
 同一のケガや病気に関する傷病手当金については,支給開始日から通算して1年6カ月に達する日まで

雇用保険制度の基本手当

雇用保険制度にはさまざまな給付がありますが,一般に失業手当と呼ばれているものは基本手当といい,求職者給付の中の手当の一つです。失業中の生活を安定させ,働く意思と能力があり,求職活動を行っている場合に支給されます。

ハローワークに来所し,求職の申し込みを行い,いつでも就職できる状態であることが給付の条件となっているため,病気療養中ですぐに働けない場合は対象外となります(傷病手当金との併給はできません)。病気療養中などですぐには就職ができそうもないときは,働ける状態になるまで受給期間を最長3年まで延長することができますので,忘れずに手続きをしましょう。延長手続きのタイミングは,30日以上職業に就くことができなくなった日の翌日から起算して1カ月以内です。

《受給要件》
・労働の意思と能力があるにもかかわらず,求職活動しても職業に就けない人
・離職日以前2年間に被保険者期間が通算して12カ月以上あること(特定受給資格者または特定理由離職者については,離職日以前1年間に被保険者期間が6カ月以上あること)

《受給期間》
原則として,離職した日の翌日から1年間

《問い合わせ・申請窓口》
現在お住まいの地域を管轄するハローワーク(公共職業安定所)

障害年金

公的年金加入者である20歳以上65歳未満の者が,病気やけがのために心身に障害が生じ,日常生活で介助が必要であったり,休職や復職を繰り返していたりと,生活や仕事に制限を受ける状態になった場合に,法令により定められた障害等級表による障害の状態にあり,かつ,受給要件を満たしていれば受給できる可能性があります。受給要件としては,①初診日に公的年金(国民年金または厚生年金)に加入していること,②障害認定日に障害等級の状態に該当していること,③保険料の納付要件を満たしていること,などの要件を満たしている必要があります。

問い合わせ・申請窓口は,障害年金申請の原因となった疾患に関する初診日に加入していた年金によって異なります 表5

表5  障害年金の問い合わせ・申請窓口

年金の種類 申請窓口
障害基礎年金 市区町村役場の国民年金を担当している窓口
*第3号被保険者の場合は年金事務所
障害厚生年金・障害共済年金 年金事務所
生活保護制度

その人がもっている資産や能力,利用できる制度を活用するなど,その他あらゆる手段を尽くしても生活に困窮している場合に,困窮の程度に応じて必要な保護を行い,健康で文化的な最低限度の生活を保障し,その人が自立して生活ができるように援助することを目的とした制度です。厚生労働大臣が定める基準に基づく最低生活費と収入を比較して,収入が最低生活費に満たない場合に,最低生活費から収入を差し引いた差額が支給されます。最低生活費はお住まいの地域や世帯の構成等により異なります。

《問い合わせ・申請窓口》
現在お住まいの地域を管轄する福祉事務所の生活保護担当課や市区町村役場の福祉窓口

介護保険制度

40歳以上の方を対象として,加齢や疾病により介護が必要な状態で在宅生活を続けていく際の不安を解消し,また,家族の介護負担を軽減して,誰もが安心して生活できるよう保健・医療・福祉に関するサービスを提供し,在宅生活をサポートするための制度です。所得により,1~3割負担で要介護度に応じたサービスを受けることができます。自治体によっては条例で40歳未満の方も費用等の助成が受けられることもありますので,お住まいの自治体にお問い合わせください。

申請方法やサービス内容は,自治体によって異なる場合がありますのでご確認ください。
40~64歳の方は16種類の特定疾病に該当している方

《主なサービス》
・訪問系サービス     ・通所系サービス ・施設サービス
・福祉用具(購入・貸与) ・住宅改修    ・地域密着型サービス

《問い合わせ・申請窓口》
お住まい(住民票のある)の市区町村役場の介護保険担当課

妊孕性(にんようせい)温存治療費助成事業

将来,子どもをもつことを望む患者さんに対して,がん治療前に卵子や受精卵,精子の凍結保存を行う妊孕性温存療法があります。妊孕性温存治療費助成事業とは,妊孕性温存療法が健康保険の適用ではないため,経済的負担を軽減することを目的として,費用の一部を助成する制度です。所得制限はありませんが,年齢や対象疾患等には指定があります。2022年度からは,妊孕性温存療法により凍結した検体(卵子や受精卵,精子など)を用いた生殖補助医療等に係る費用も助成対象に追加されました。指定医療機関で行った生殖機能温存に対する治療が対象となります。助成の対象となる指定医療機関については,厚生労働科学研究補助金研究班ホームページ(http://outcome2021.org/)や各都道府県のホームページでご確認ください。また,助成上限額に関しては自治体によって異なる場合があります。詳しくは,お住まいの都道府県へお問い合わせください。

《問い合わせ・申請窓口》
お住まい(住民票のある)の都道府県の担当課

アピアランスケアに対する助成制度

がん治療に伴う外見(アピアランス)の変化をカバーする医療用ウィッグ等(医療用ウィッグ,毛付き帽子,ウィッグ装着用ネットなど)や補整具等(補整下着,弾性着衣,エピテーゼなど)の購入費用の一部を助成する制度です。助成の対象者や金額,対象品目などは各自治体によって異なります。また,現在のところ,実施しているのは一部の都道府県,市区町村に限られます。詳しくは,お住まいの市区町村役場へお問い合わせください。

小児・AYA世代がん患者の在宅療養費用に対する助成制度

介護保険の被保険者ではない小児・AYA世代(☞Q53参照)のがん患者さんが,回復の見込みが望めない段階になったときに訪問介護サービスや介護用ベッドなどを利用する場合の費用の一部を助成する制度です。助成の対象者や金額,対象となるサービスなどは各自治体によって異なります。また,現在のところ,実施しているのは一部の都道府県,市区町村に限られます。

福祉用具に関しては,年齢を問わず社会福祉協議会や福祉用具業者から比較的低料金でレンタルできる場合がありますので,購入前に通院中の医療機関の相談窓口へご相談ください。

「がん相談支援センター」の専門の相談員に相談してください

がんの治療やその後の療養生活,さらには社会復帰など生活全般にわたって,疑問や不安を感じたとき,安心して治療と生活の両立ができるよう専門の相談員が一緒に考えます。一人で悩まずに,通院中の病院の相談室や全国のがん診療連携拠点病院に設置されている「がん相談支援センター」にご相談ください。

 ■参考になるサイト 
・国立がん研究センター がん対策情報センター がん情報サービス
 https://ganjoho.jp/public/index.html
(各種がんに関する正しい情報や療養に役立つ情報,がん相談支援センターに関する情報を探すことができます)