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脳に転移が起こると,頭痛や嘔吐(おうと)麻痺(まひ),けいれんなど,さまざまな症状が現れます。手術または放射線療法により,これらの症状を和らげることができます。

解説
脳転移と症状

乳がんが転移しやすい臓器として,骨,肺,肝臓,脳などが知られています。脳転移が現れる時期は,患者さんによって異なり,初期治療から1年後のときもあれば,10年後のときもあります。転移巣の現れ方も,1個だけの場合もあれば,小さいものが複数個の場合もあります。脳転移の頻度や時期は乳がんのサブタイプによっても異なり,HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんの方がホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんよりも頻度が高いとされます。脳転移の症状は一般に,頭痛,ふらつき,嘔吐,麻痺,けいれん,意識障害,性格変化などですが,脳はからだを動かす指令を出しているところなので,転移巣が現れた場所によっても症状が異なります。例えば,手を動かす指令を出す部位に転移巣が現れた場合は,手がしびれたり,動かしにくくなったりします。また,小さな転移巣でもけいれんなどの症状が出ることもあれば,相当大きくなるまで症状が出ない場合もあります。しかしながら,転移を早くみつける目的で定期的に頭部のCTやMRI検査を行ったとしても,生存期間の延長にはつながらないとされており,有効ではありません(☞Q39参照)。

脳転移の治療

脳は頭蓋骨に囲まれているため,転移巣が大きくなると脳全体が圧迫されて,さまざまな症状が現れます。したがって,治療は,転移巣を小さくしたり,症状を和らげたりすることを目的に行います。主に放射線療法が用いられ,病巣が1つの場合は手術で切除することもあります。また,症状改善の目的でステロイドなどの薬物を用いることがあります。ほとんどの抗がん薬は,脳組織と血管との間にある障壁(血液脳関門)にはばまれ,脳に行き渡らないとされますが,脳転移が起こっている場合にはこの脳組織と血管との間の血液脳関門は壊れているため,脳転移に対しても薬物療法の効果がある程度期待できる可能性はあります。どの治療を行うかは,脳転移巣の数と他の臓器への転移の有無,全身の状態などから決定します。

(1)外科治療
病巣が1個,大きさが3cm以上で転移による症状がある場合,病巣が手術しやすい場所にあり,他の臓器にただちに生命を脅かすような転移がなく,全身状態が良ければ,外科手術で切除することがあります。脳転移以外の他の臓器への転移がある場合は,手術は勧められないことが多いようです。

(2)放射線療法
放射線のあて方には大きく分けて2通りあります。1つは,全脳照射といって,脳全体に放射線をあてる方法,もう1つは定位放射線照射(ていいほうしゃせんしょうしゃ)といって,病巣のみに放射線をあてる方法です。

脳転移が1個で脳以外の場所に病巣(肺転移や肝転移など)がない場合には,手術または定位放射線照射を行うことで,脳転移が消失し,その後再発しないことがあります。小さな脳転移が1個の場合では,手術で切除するのと定位放射線照射を行うのでは,どちらも同じくらいの治療効果であるといわれています。その後,定期的な画像検査で注意深く経過観察することが必要ですが,再発をしてしまった場合でも,定位放射線照射を繰り返すことにより,定位放射線照射ができなくなるような増悪を認めるまで全脳照射を回避できる可能性があります。

脳転移が多発している場合には,全脳照射が基本です。ステロイドの使用のみでも約半数の患者さんで症状が改善しますが,短期間で効果がなくなり,神経症状が再び悪くなります。全脳照射を行えば,約7割の患者さんで症状が和らぎ,ステロイドの使用のみの場合よりも効果の持続期間は長いとされていますので,全脳照射をお勧めします。脳転移病巣が小さくて個数が少ない場合(およそ4個以下)もしくは5~10個でも全腫瘍の合計体積が小さい場合は,定位放射線照射を行い,脳の中に新たな病変がないか定期的な画像検査を行うことで,全脳照射を回避することが可能である場合もあります。また,脳転移が多発していても,その中のある特定の病巣が原因で起きている症状が急速に進行し,大きな問題となっている場合には,その病巣を手術で摘出したり,定位放射線照射をしたりすることがあります。

①全脳照射の方法と副作用(有害事象)
全脳照射では,脳全体に放射線を照射します。1回3グレイ×10回の計30グレイを2週間かけて行うのが最も一般的ですが,患者さんの状態に応じて,1回2.5グレイ×15回の計37.5グレイ(3週間),1回2グレイ×20回の計40グレイ(4週間),1回4グレイ×5回の計20グレイ(1週間)など,さまざまな照射スケジュールが用いられます。

全脳照射の副作用は,だるさやむかつき,食欲不振などで,頭痛が生じる場合もあります。また,神経症状が一時的に悪化することがあります。症状の出方は患者さんの状態によっても差があり,副作用が出た場合でも照射が終わればほとんどはなくなります。頭皮は皮膚炎により少し赤くなり頭髪が抜けます。再び生え始めるには数カ月かかります。照射後,長期間経過してから,集中力が低下したり,根気がなくなったり,学習や記憶の障害などの認知機能障害がみられたりすることもありますが,脳転移が制御できない場合や,抗がん薬が脳に影響を及ぼしている場合もあり,また,学習や記憶の評価方法や時期がさまざまであることなどから,認知機能障害がどこまで全脳照射の影響かを区別することは難しい面もあります。また,脳下垂体の働きが低下して,甲状腺機能の低下など内分泌機能障害が起こることもまれにあります。これらのデメリットと,多発する病巣による症状を全脳照射によって緩和するメリットについて,担当医および患者さんが十分に話し合い,実施を検討することが重要です。

②定位放射線照射の方法と副作用(有害事象)
定位放射線照射は病巣のみにターゲットを絞って放射線を照射します。照射する装置にはガンマナイフ,サイバーナイフ,ノバリスなどさまざまなものがあり,一般的なリニアックを使うこともあります。それぞれの治療法は,放射線を出す方法が違うだけなので,用いる装置によって治療成績に大きな差があるわけではありません。定位放射線照射は,通常,1~5回程度の照射回数で行います。短期間の入院で治療を行う病院が多いようです。

定位放射線照射では,まれに照射した部位に脳壊死を起こすことがあります。また,一度に多数の病巣を治療した場合は全脳照射と同じような症状がみられることがあります。

(3)薬物による治療
脳は他の臓器と異なり,血液脳関門があることなどから,今のところ脳転移に対する抗がん薬治療の評価は確立していません。しかしながら,HER2陽性乳がんの場合には,分子標的治療薬のトラスツズマブ エムタンシン(商品名 カドサイラ),トラスツズマブ デルクステカン(商品名 エンハーツ)やラパチニブ(商品名 タイケルブ)で一定の効果が示されています。放射線療法などの局所療法で脳転移がよくコントロールされているか,あるいは脳転移があっても無症状の場合には,適切な全身薬物療法を考慮します。

髄膜(ずいまく)播種(はしゅ)(がん細胞が脳と脊髄に広がること)に対する髄注療法(脊髄腔内に抗がん薬を投与すること)の有用性は確立していません。