65-1 乳がんは遺伝しますか。

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乳がんの5~10%は遺伝性であるといわれています。家系(血縁者)の中に乳がんや卵巣がんを発症した方がいる場合,また,家系(血縁者)の中に乳がんや卵巣がんを発症した方がいなくても,患者さんご自身が若年乳がんや,両側性や多発性の乳がん,トリプルネガティブ乳がん,男性乳がん,卵巣がんと乳がんの両方にかかったことがある場合などには,遺伝性乳がんの可能性が高いといわれています。

解説

乳がんの5~10%は遺伝性であるといわれています。一般的に,乳がんは食生活などの環境因子の影響が複雑に関与して発症していると考えられていますので,乳がん患者さんの多く(90~95%)は遺伝以外の環境因子が主に関与していることになります。

家系内に乳がん患者さんがいる女性は,乳がん発症リスクが高くなりますか

ご自身の家系内に乳がん患者さんがいる場合,その患者さんとご自身との血縁関係が近いほど,また乳がん患者さんが家系内に多くいればいるほど,その人の乳がん発症リスクは高くなります。世界中の多くの研究をまとめて検討した報告では,親,子,姉妹の中に乳がん患者さんがいる女性は,いない女性に比べて2倍以上乳がんになりやすいことがわかりました。また,祖母,孫,おば,めいに乳がんの患者さんがいる女性は,いない女性に比べておおよそ1.5倍の乳がん発症リスクがあることもわかっています。乳がんを発症した血縁者の人数が多い場合には,さらにリスクは高くなり,これは日本における研究でも同様の結果が得られています。また,卵巣がんにかかった人が家系内にいる場合は,乳がん発症リスクが高くなる可能性があります。

乳がん診療の中で,遺伝性を考慮することがなぜ大切なのでしょうか

遺伝性の乳がんは乳がん全体の中では少数ですが,遺伝性乳がんの情報を知っておくことは,患者さんやご家族の健康を管理するうえで有用であるとされています。

遺伝性乳がんの情報を知っておくことのメリットとしては,例えば,ある患者さんの乳がんが遺伝性であると診断されると,その患者さんの血縁者の方々にもがんを発症しやすい体質が遺伝している可能性があることがわかります。これらの血縁者の方々は,適切ながん検診を受けることで,乳がんの早期発見,早期治療に結び付けることができます。乳がんをすでに発症している患者さんご自身においては,反対側の乳房の診察を含め,より詳しく術後の検診を行うことが可能になります。また,乳がんに対する手術の方法を検討する際に,乳房温存療法が可能であっても,乳房全切除術を行ったり,反対側の乳房に対してリスク低減乳房切除術を行う,などのがんの予防の対策も同時に選択肢に挙がります。

ご自身の乳がんが遺伝性のものであるかもしれないという情報を知ることは,必ずしも良いニュースではないかもしれませんし,人によっては精神的に大きなショックを受けたり,心理的な負担になることもあります。また,偏見や差別などの社会的不利益が生じる可能性もあります。しかし,遺伝の可能性がある場合にその事実を知っておくことは,患者さんご自身だけでなく血縁者の方々にとっても,健康管理上,有用なことがあります。

どのような場合に遺伝性の乳がんの可能性が疑われますか

患者さんやご家族が「うちはがん家系だ」と思っていても,医学的には遺伝の可能性はほとんどないと判断できる場合もあります。逆に,患者さんのご家族に乳がん患者さんがいなくても遺伝性の疑いが濃厚な場合もあります。

米国NCCNガイドラインでは, 表1 の項目に当てはまる場合には,遺伝性乳がんの可能性を考慮して,専門的に遺伝性乳がんに関する詳細な評価を行う診療の流れが示されています。遺伝の可能性がある程度高い場合には,乳がんの遺伝に関係する遺伝子の検査を受けること(☞Q65-2参照)を一つの選択肢として提示し,希望される患者さんには遺伝学的検査を受けていただくこともあります。

 表1  遺伝性乳がん家系である可能性を考慮すべき状況(一次拾い上げ)

米国NCCNガイドライン(2022年1版)では,以下のうち1項目以上に当てはまる場合は,いったん拾い上げて,詳細な評価を実施すべきとしている。
・既知のがん易罹患性の病的バリアントをもつ家系の一員
・下記の基準を満たし,単一のがん易罹患性遺伝子検査で陰性であったが遺伝子パネル検査を希望する個人
・生殖細胞系列検査にて発見されたなら臨床的意義をもつ病的バリアントが腫瘍遺伝子検査で同定された個人
・全身治療bや外科的手術方法の決定に役立つ場合
・Li-Fraumeni症候群,Cowden/PTEN過誤腫症候群,Lynch症候群の検査基準を満たす個人
・以下の特徴をもつ乳がん罹患者
▶診断時年齢と家族歴別
 1)45歳以下で乳がんに罹患
 2)46~50歳で乳がんに罹患し,下記いずれかを満たす
  -家族歴が限られた範囲でしかわからないg
  -同時性または異時性の多発性原発乳がん
  -乳がん,卵巣がん,膵臓がん,前立腺がんに罹患した人が近親者hに1人以上いる
 3)51歳以上で乳がんに罹患し,下記いずれかを満たす
  -近親者hに1人以上:
  ・50歳以下で乳がんに罹患した人または年齢を問わず男性乳がん罹患者がいる
  ・卵巣がん患者がいる
  ・膵臓がん罹患者がいる
  ・転移性,管内/篩状,ハイリスクまたは超ハイリスク前立腺がん罹患者がいる
  -本人,または近親者での3回以上の乳がんの診断
  -2人以上の近親者hでの乳がん,前立腺がん
 4)年齢を問わずがんに罹患し,下記いずれかを満たす
  -転移乳がんに対するPARP阻害薬を用いた全身治療の適応判定j,k
  -HER2陰性,高リスク乳がん患者の術後補助療法の適応判定j
  -トリプルネガティブ乳がん
  -びまん性胃がんの既往歴がある患者の浸潤性小葉がん
  -男性乳がん
  -1人以上の近親者gにおける男性乳がん
▶祖先別
 1)アシュケナージ系ユダヤ人を祖先にもつ
・がん家族歴のみ  
 ・上記の基準を満たさない乳がん罹患者,または,上記の基準を満たす第1度,第2度近親者がいる乳がん非罹患者(全身治療適応のみを満たす近親者のいる乳がん非罹患者を除く)m  
 ・もし,乳がん罹患者が第1度近親者にのみ膵臓がんや前立腺がんがいる場合は,さらなる家族歴が指摘されなければ,遺伝学的検査を提供されるべきである。  
 ・上記の基準を満たさないが,既存のリスクモデル(Tyrer-Cuzick, BRCAPro, CanRisk等)nBRCA1/2遺伝子病的バリアント保持の可能性が5%を超えると予測される個人

b 卵巣がん,前立腺がん,膵臓がん,HER2陰性転移乳がんに対するPARP阻害薬,前立腺がんや膵臓がんに対するプラチナ系抗がん薬
g 略
h 父方,母方,一方向の家系における第1度,第2度,第3度の血縁者を示す
j 略
k すべてのトリプルネガティブ乳がん患者に関して検査が勧められる。これらはPARP阻害薬の適応のためである。
m 略
n 5%のBRCA1/2遺伝子病的バリアント保持率は既存のリスクモデルから使用されている。しかしながら,モデル間での予測能は異なっており,他の遺伝子がモデルに組み込まれれば異なる閾値を用いることが適切である。BRCA1/2以外の遺伝子がモデルに含まれて閾値を検討する場合,新たに含まれる遺伝子に関連したがんの浸透率,臨床的有用性,表現型を考慮に入れるべきである。

遺伝性乳がんは,血縁者全員に遺伝するわけではありません

これまでの研究で,人は一人ひとりに個性があるように,からだの設計図(DNA)にもわずかですが違いがあることが知られています。この違いを「バリアント」と呼んでいます。このバリアントのうち,病気に関連しているものを「病的バリアント」と呼んでいます。

遺伝性乳がんの多くの人で,BRCA1遺伝子もしくはBRCA2遺伝子と呼ばれる遺伝子に,病的バリアントがみられることがわかっています。また,BRCA1BRCA2遺伝子に病的バリアントが存在している人では,乳がんだけでなく卵巣がんも発症しやすい傾向があることもわかっています。BRCA1BRCA2遺伝子の病的バリアントが原因で乳がんや卵巣がんを高いリスクで発症する遺伝性腫瘍を「遺伝性乳がん卵巣がん」と呼びます。通常,BRCA1BRCA2遺伝子は,細胞ががん化しないように機能していますが,これらの遺伝子にその機能が損なわれるような変化(病的バリアント)があると,乳がんや卵巣がんなどを発症しやすくなります。ただし,BRCA1もしくはBRCA2遺伝子の病的バリアントをもっていても,全員が乳がんや卵巣がんを発症するわけではなく,一生がんを発症しない人もいます。BRCA1もしくはBRCA2遺伝子の病的バリアントをもつ女性の場合,乳がんの生涯発症リスクは26~84%,卵巣がんについてはBRCA1遺伝子の病的バリアントをもつ場合は35~46%,BRCA2遺伝子の病的バリアントをもつ場合は13~23%とされています。男性がBRCA1もしくはBRCA2遺伝子の病的バリアントをもつ場合は,卵巣がんのリスクはありませんが,乳がんのリスクは6%程度といわれています。

その他,BRCA1BRCA2遺伝子に病的バリアントが存在している人では,前立腺がん(男性),膵臓がんも発症しやすい傾向があることもわかっています。

遺伝性乳がん卵巣がんの家系では,BRCA1BRCA2遺伝子の病的バリアントは親から子に男女関係なく2分の1(50%)の確率で伝わります。BRCA1BRCA2遺伝子の病的バリアントは子ども全員に遺伝するわけではなく,同じ家系の中でも病的バリアントをもつ人ともたない人がいることになります。病的バリアントが男性に伝わった場合,その男性自身が乳がんを発症するリスクは女性より低いですが,もっている病的バリアントはその男性の子どもに2分の1(50%)の確率で伝わることになります。

65-2 遺伝性乳がんが疑われる場合,どのような遺伝学的検査が行われますか。

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一般に,遺伝性乳がんの主な原因遺伝子であるBRCA1BRCA2病的バリアントの有無を調べる検査が行われます。遺伝学的検査は通常の採血で行うことができますが,遺伝学的検査ですべての遺伝性の異常がわかるわけではありません。

解説

遺伝性乳がんであるかどうかを調べるための遺伝子の検査は,血液を用いて行われます。その遺伝学的検査を受けるかどうかは患者さんの自由意思に基づいて決定されますので,遺伝学的検査が強制されることはありません。

乳がんや卵巣がんの患者さんがBRCA1BRCA2の遺伝学的検査を受けて,病的バリアントがみつかった場合,その患者さんの乳がんあるいは卵巣がんに対するその後の予防や検診は,遺伝的に乳がんや卵巣がんに罹患するリスクが高いということ前提として行われます。また,この場合,その患者さんの血縁者の方で,同じ病的バリアントが伝わっているかどうかを調べることができます。

ただ,この病的バリアントがみつかった人でも,必ずしも全員が乳がんや卵巣がんを発症するわけではありません。実際にその人が乳がんや卵巣がんを発症するのかどうか,発症するとしたら何歳頃に発症するのかといったことは,遺伝学的検査の結果からはわかりません。

また,遺伝学的検査では,常に確実な答えが得られるわけではありません。例えば,患者さんの状況や家族歴から遺伝性乳がんが強く疑われて,BRCA1BRCA2の遺伝学的検査を行い,この2つには病的バリアントがみつからない場合でも,未知の遺伝子の病的バリアントが存在している可能性もあります。BRCA1BRCA2遺伝子の病的バリアントがみつからなかった場合に,がんは遺伝による発症ではないとしてよいかどうかは,患者さんの状況や家族歴によって異なります。専門的な判断が必要となり,厳密な基準はありません。

遺伝学的検査を受けられる施設,費用など

(1)乳がんを発症していない場合
日本においては,すべての医療機関で遺伝性乳がんかどうかを調べることができるわけではありません。BRCA1BRCA2遺伝子などの乳がんの遺伝にかかわる遺伝子の検査は,限られた施設で行うことができます。また,BRCA1BRCA2遺伝子などを検査する場合は,検査前に遺伝カウンセリングを受けることを強くお勧めいたします。

遺伝性乳がんかどうかを調べるBRCA1BRCA2遺伝子の検査は,乳がんを発症していない場合,現状では健康保険の適用対象になっておらず,自費診療となります。施設間で違いはありますが,約30万円弱の施設が最も多いです。一方,BRCA1BRCA2遺伝子の病的バリアントを有する方の血縁者の方の診断の場合,価格が低くなることがあります。その他の詳しい情報も説明してもらったうえで,検査を希望するかどうかを判断します。また,BRCA1,BRCA2遺伝子の検査は,通常,未成年では行いません。

(2)乳がんをすでに発症している場合
乳がんに罹患された方において,特定の条件を満たした方(①45歳以下で乳がんと診断された,②60歳以下で,トリプルネガティブの乳がんと診断された,③2個以上の乳がん(原発性)を診断された,④第3度の血縁者以内に乳がん,または卵巣がんまたは膵がんと診断された方が1人以上いる,⑤ご自身が男性で乳がんと診断された,等)に対して,基準を満たした施設で遺伝性乳がんかどうかを調べるためのBRCA1BRCA2遺伝子の検査(遺伝学的検査)を保険適用として実施することが可能です(☞Q14参照)。

また,PARP阻害薬のオラパリブ(商品名 リムパーザ)のコンパニオン診断(オラパリブの適応があるかどうかを調べる検査)としてBRCA1/2遺伝子検査が保険適用となっています。オラパリブの適応は,①BRCA遺伝子の病的バリアントをもち,かつHER2陰性の再発リスクの高い初発乳がんに対する術後療法,②化学療法歴のあるBRCA遺伝子の病的バリアントをもち,かつHER2陰性の手術不能または再発乳がんとなっています。

遺伝学的検査を受けなくても検診を受けることが大切

遺伝性の乳がんや卵巣がんが疑われる場合でも,遺伝学的検査を受けるか受けないかは患者さんの自由です。遺伝学的検査を受けていなくても遺伝性の可能性が高い場合には,がん患者さんの治療や血縁者の方々のがん予防や検診は,遺伝性であることを考慮したうえで実施することが勧められています。

65-3 BRCA1BRCA2遺伝子に病的バリアントがみつかった場合には,どうしたらよいですか。

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乳がんを発症していない場合
女性の場合,乳がんの早期発見のために,18歳からは自己の乳房に関心をもってもらうブレスト・アウェアネス,25歳からは半年~年1回の視触診,年1回の乳房造影MRI,30歳からは年1回の乳房造影MRIならびにマンモグラフィ(トモシンセシスを検討)によるサーベイランスを行うことが勧められます。また,予防的に両側乳房全切除術±乳房再建術を行うことを医療者と話し合うことも可能です。卵巣がんと卵管がんへの対策としては,35歳以上で,妊娠・出産の希望や可能性がなければ,予防的に両側の卵巣と卵管の摘出(リスク低減卵管卵巣摘出術)を行うことが強く勧められています。
男性の場合には,35歳から乳房自己触診,年1回の視触診,また,女性化乳房がある人は50歳または家系内で最も若く男性乳がんと診断された方の年齢から,年1回のマンモグラフィによるサーベイランスが勧められます。

乳がんをすでに発症している場合
乳がんを発症している側の乳房の手術に関しては,乳房温存療法の強い希望がなければ乳房全切除のほうがよいと考えられます。また,乳がんを発症していない反対側の乳房に対するリスク低減乳房切除術も保険診療として実施が可能です。
両側の乳房全切除術が行われていない場合は,年1回の乳房造影MRIならびにマンモグラフィ(トモシンセシスを検討)によるサーベイランスを行うことが勧められます。
卵巣がんや卵管がんを発症していない場合,35歳以上で,妊娠・出産の希望や可能性がなければ,リスク低減卵管卵巣摘出術を行うことが強く勧められます。

解説
乳がんを発症していない場合

BRCA1BRCA2遺伝子に病的バリアントを有する場合,25歳頃から徐々に乳がん発症リスクが高くなり,35歳頃からは徐々に卵巣がん発症リスクが高くなります。特にBRCA1遺伝子に病的バリアントを有する方に発生する乳がんは悪性度が高く,早く進行するものが多いこともわかっています。ただ,全員が発症するわけではないことを理解したうえで,その対策を検討する必要があります。

乳がんに関しては乳房造影MRIを用いて精度の高いサーベイランス(がんを早期に発見するために定期的に行われる,精度の高い検診)を行うことによって従来の検診より早期に発見することが可能ですので,25歳頃から半年~1年に1回程度の医師による視触診,1年に1回程度の乳房造影MRI検診を行うことが勧められます。30歳前に乳がんと診断されている家族歴があれば,それに基づいて個別に対応します。ただ,乳房造影MRIでより早期に発見することで乳がんによる死亡率が減少するかどうかは定かではありません。乳房造影MRIが利用できない場合はマンモグラフィ(トモシンセシスを検討)や超音波検査を用いた乳がん検診を受けることが勧められます。30歳頃から1年に1回程度の乳房造影MRIならびにマンモグラフィ(トモシンセシスを検討)検診を行うことが勧められます。一方で,両側のリスク低減乳房切除術に関しては,生存率の改善効果が明確に示されているわけではないのですが,その傾向が示されていること,乳がん発症リスクの低減効果は明らかであること,乳がん発症の不安軽減の報告もみられることから,本人の意思に基づき実施することは現時点では弱く推奨されています。しかし,2022年12月現在,日本では乳がん,卵巣がんを発症していないBRCA1BRCA2遺伝子病的バリアント保持者へのサーベイランス,リスク低減乳房切除術は保険適用外です。

卵巣がんに関しては,検診を行うことの有用性は証明されていません。検診を行っていても,卵巣がんや卵管がんは進行した状態で発見されることがあるのが現実です。一方,リスク低減卵管卵巣摘出術によって,卵巣がん,卵管がんによる死亡リスクが減少することが明らかとなっています。したがって,35歳以上で,妊娠・出産の希望や可能性がなければ,リスク低減卵管卵巣摘出術を行うことが強く勧められています。BRCA2遺伝子病的バリアント保持者の卵巣がんの発症年齢はBRCA1遺伝子病的バリアント保持者に比べると,平均して8~10年ほど遅いので,BRCA2遺伝子病的バリアント保持者については,リスク低減卵管卵巣摘出術を40~50歳に遅らせることは検討可能です。ただし,乳がん,卵巣がんを発症していないBRCA1BRCA2遺伝子病的バリアント保持者では,リスク低減卵管卵巣摘出術は現時点では保険適用となっておらず全額自費診療になります。リスク低減卵管卵巣摘出術を行わない場合は,6カ月ごとの経腟(けいちつ)超音波検査と腫瘍マーカーのCA125を測定する卵巣がん検診も一つの選択肢となりますが,有用性は定かではありませんので,担当医や婦人科医と十分に相談する必要があります。

乳がんをすでに発症している場合

BRCA1BRCA2遺伝子に病的バリアントをもつ人は病的バリアントをもたない人と比較して,乳房温存療法後の温存乳房内再発の危険性が高いといわれています。したがって,乳房温存療法を強く希望する場合以外は,乳房全切除術を行うほうがよいと考えられます。一方,BRCA遺伝子に病的バリアントをもつ人であっても,放射線療法による副作用は病的バリアントをもたない人と同じですので,乳房部分切除術を希望された場合や,乳房全切除後に必要であると判断された場合には,放射線療法を避けるべきではありません。また,乳がんを発症していない反対側の乳房に対してリスク低減乳房切除術を行うことは,乳がん発症リスク低減効果が認められていることから,本人の意向に基づき,遺伝カウンセリング体制などの環境が整備されている条件下で実施することが勧められています。2020年4月より,条件を満たした施設での,反対側のリスク低減乳房切除術ならびに乳房再建術は保険適用となりました。リスク低減乳房切除術を希望されない場合は,18歳からのブレスト・アウェアネス,25歳から半年~年1回の視触診,年1回の乳房造影MRI,30歳からは年1回の乳房造影MRIならびにマンモグラフィ(トモシンセシスを検討)によるサーベイランスを行うことが勧められます。30歳前に乳がんと診断されている血縁者がいる場合は,それに基づいた対応が検討されます。2020年4月より,これらのサーベイランスも条件を満たした施設で保険診療として実施可能になりました。

さらに,現時点で卵巣がんや卵管がんを発症していないか,精密検査が必要です。リスク低減卵管卵巣摘出術によって,卵巣がん,卵管がんによる死亡リスクが減少することが明らかとなっています。卵巣がんや卵管がんを発症していない場合は,乳がんを発症していない人と同様に,理想的には35歳以上で,妊娠・出産の希望や可能性がなければ,リスク低減卵管卵巣摘出術を行うことが強く勧められています。2020年4月より,リスク低減卵管卵巣摘出術は条件を満たした施設で実施する場合に限り,保険適用となりました。卵巣がん・卵管がんに関しては有効な検診法が確立していません。

BRCA1BRCA2遺伝子の病的バリアントの有無は女性に限ったことではありません。男性の場合は乳がんと前立腺がんの発症が比較的多いことがわかっていますので,乳がん未発症の場合には,35歳から乳房自己触診,年1回の視触診,また,女性化乳房がある人は50歳または家系内で最も若く男性乳がんと診断された方の年齢から,年1回のマンモグラフィによるサーベイランスが勧められます。

乳がん発症の有無にかかわらず,40歳から腫瘍マーカーであるPSAを測定する前立腺がんの検診を受けることが勧められます。また,男女とも膵臓がんの発症が比較的多いこともわかっています。親,子,兄弟などに膵臓がんの家族歴を認める場合,腹部MRIまたは超音波内視鏡(EUS)を考慮します。しかしながら,2022年12月現在,これらは保険適用外です。