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骨は,乳がんが転移する場所としては一番多く,痛み,骨折,脊髄(せきずい)麻痺(まひ),高カルシウム血症などを起こすことがあります。QOL(生活の質)を損なわないための,さまざまな治療法があります。

解説
骨に転移するとはどういうことですか

乳がんが転移する場合,約30%の患者さんでは最初に骨に転移が起こります。血液の流れに乗って乳がん細胞が骨に移り,そこで分裂・増殖するのです。乳がんの術後10年以上経っても骨に転移がみつかることがあります。転移の多い部位は頸椎(けいつい)腰椎(ようつい)胸椎(きょうつい)といった脊椎の骨(背骨)や,骨盤,肋骨,頭蓋骨,上腕骨,大腿骨などです。乳がんの場合には,肘から先の腕や手,膝から下の脚や足の骨にはほとんど転移は起こりません。

また,骨転移には,骨が溶けるように変化をする溶骨性骨転移と,骨にカルシウムが異常に沈着する造骨性骨転移があります。乳がんでは溶骨性骨転移が多いのですが,造骨性骨転移の場合や両者が混じったような転移を生じる場合もあります。

骨転移の症状

(1)痛 み
骨転移で骨がもろくなると,その部位に応じて,腰椎転移では腰痛,胸椎転移では背中の痛み,大腿骨転移では股関節や太ももの痛み,骨盤転移では腰や骨盤あたりの痛み,上腕骨転移では肩や腕の痛みなどが現れます。このような痛みは骨転移以外の原因でも現れますが,数日から数週間以上にわたって痛みが消えなかったり,強くなっていくような場合には,骨転移の可能性もありますので,担当医に相談しましょう。

(2)骨 折
脊椎・骨盤・大腿骨など体重のかかる部分の骨に転移が起きると,骨が弱くなり,骨折することがあります。こうした骨への転移がある場合には,立ったり歩いたりして骨に負荷がかかると強い痛みが出ます。骨折の危険性が高い場合には,骨に負担がかかる運動や転倒を避けるようにしましょう。脊椎の圧迫骨折を起こしたり,大腿骨を骨折したりすると立てなくなることもあります。

(3)脊髄圧迫
脊椎転移で腫瘍が大きくなったり,脊椎の圧迫骨折をしたりすると,脊髄(神経)が圧迫され,手足のしびれや急に動かなくなるなどの麻痺症状,排尿や排便の異常などが現れることがあります。この場合には急いで治療をしないと,しびれや麻痺が回復しない場合があります。麻痺が生じた場合には,速やかに担当医や病院へ連絡しましょう。

(4)高カルシウム血症
乳がんが転移した骨からカルシウムが溶け出し,血液中のカルシウム濃度が高くなることがあります。これを「高カルシウム血症」といいます。高カルシウム血症が起きると,のどが渇く,胃のあたりがむかむかする,吐き気,嘔吐,尿の量が多い,お腹が張る,便秘気味になる,ぼーっとする,などの症状が現れます。治療が遅れると脱水症状が強くなり,腎臓の働きが落ちたり,不整脈が起きて命の危険を伴うことがあるため,早急に治療が必要です。

骨転移の検査

(1)骨シンチグラフィ
骨シンチグラフィは核医学検査やアイソトープ検査またはRI(アールアイ)検査とも呼ばれる放射性医薬品を用いた検査で,骨転移が疑われる場合に実施する検査の一つです。全身の骨を一度に調べることができます。骨シンチグラフィでわずかな骨転移がみつかることもありますが,骨転移とは関係のない外傷,骨折,感染,打撲や関節症などの変化でも異常所見となることがあります。

(2)PET,PET-CT
骨シンチグラフィと同様に放射性医薬品を用いた検査で,全身の骨を調べることができます。PETやPET-CTでは骨転移以外のがん病巣も診断できるメリットがあるため,骨シンチグラフィではなく,PET/PET-CTで検査を行うこともあります。ブドウ糖を使用する検査であるため,血糖値が高い場合には実施できないことがあります。

(3)骨X線写真,CT
骨シンチグラフィやPET/PET-CTで骨転移が疑われる場合,あるいは骨に痛みを感じる場合に骨X線写真やCTを撮影します。この検査では,骨の形がどのように変化しているか,あるいは骨がどの程度もろくなっているかなど骨折の危険性を評価するときに役に立ちます。

(4)MRI
骨転移が疑われる場合,骨転移の部位や範囲を詳細に調べることができます。脊椎転移の場合,脊髄の圧迫の有無や程度もわかります。

(5)血液検査
血液中のカルシウム値が基準値より高くなっていれば,高カルシウム血症と診断します。また,骨転移がある場合は,骨を溶かしたり,新たに骨を形成したりする細胞が活発に働いているため,それらの活動を反映する骨代謝マーカー〔1CTP,骨型アルカリホスファターゼ(BAP)など〕を測定することもあります。

(6)病理検査
画像診断で乳がんの骨転移が疑われるけれど,確証がない場合や,今後の治療方針を決めるために,疑わしい部分の腫瘍の一部を採取して調べる(生検)ことがあります。骨の病変に対しては針を刺して組織を採取する針生検や,手術を行って採取する切除生検があります。

骨転移の治療

(1)がんに対する全身治療
骨転移がある場合には,全身治療も必要です。ホルモン受容体やHER2(ハーツ―)などを参考に,乳がんに対する抗がん薬治療(化学療法),分子標的治療,ホルモン療法などの全身治療を行います(☞Q42参照)。

(2)骨修飾薬(骨吸収抑制薬)
がんが骨に転移すると,がん細胞の刺激を受けて,骨を溶かす破骨(はこつ)細胞が活発になり,骨がもろくなり,そのもろくなった部位でがん細胞はさらに増殖していきます。骨転移に対する治療では,破骨細胞の働きを抑えて骨が溶けたりがん細胞が増殖したりするのを防ぐことが重要であり,そのための薬を「骨修飾薬」といいます。代表的なものにゾレドロン酸(ビスホスホネート製剤)やデノスマブ(抗RANKL抗体,商品名 ランマーク)があります。骨修飾薬を使用することで骨転移の進行を防ぎ,痛みを軽減したり,骨に対する放射線療法や外科治療,骨折の頻度を減らしたりすることができます。骨修飾薬は骨転移を治すわけではないので,乳がんに対するホルモン療法や抗がん薬治療と併用して用いられます。ゾレドロン酸は投与後に一過性に熱が出たり,腎機能に影響を及ぼすことがあります。どちらの骨修飾薬でも注意が必要な副作用として血液中のカルシウム濃度が低下する低カルシウム血症と顎骨壊死(がっこつえし)があり,デノスマブのほうがゾレドロン酸よりもやや発現の頻度は高いとされています。顎骨壊死は,いったん発症すると治りにくく,顎の痛みや噛むことが難しくなったりすることがあるため,予防と治療中の口腔内ケアが大切です。顎骨壊死は虫歯や歯周病があると起きやすいといわれているので,骨修飾薬の治療を受ける場合には,事前に歯科を受診して口腔内チェックを行い,虫歯・歯周病などがあれば治療を受け,治療中も口腔内を清潔に保つように心がけましょう。治療中に歯や歯茎の痛み・腫れが出たり,顎の骨が露出した場合には担当医にすぐに相談しましょう。また,歯科にかかる場合には骨修飾薬で治療をしていることを伝えてください。抜歯や,歯髄(しずい)(歯の中の神経や血管)に及ぶような歯科治療が必要となった場合は,骨修飾薬の休薬・中止が必要かどうか,歯科と担当医で検討を行います(☞Q51参照)。

骨修飾薬は,痛みなどの症状がない場合でも,骨転移が認められたら早期から使用することにより,骨転移に伴う痛みが出現するまでの期間や放射線療法・外科治療を実施するまでの期間が延長されますが,使用する期間が長くなると顎骨壊死などの副作用も増える可能性があるため,いつから開始するかは慎重に検討します。

(3)放射線療法
骨転移によって,強い痛みがある場合などは,お薬による全身治療や骨修飾薬に加えて,放射線療法や整形外科的な手術を行う場合があります。放射線療法を行うことで,痛みを和らげたり止めたりすることができます。過去の報告では,60~80%の方に痛みを和らげる効果があるとされています。

放射線療法の方法としては,分割照射(30グレイ/10回,20グレイ/5回など)と単回照射(8グレイ/1回など)が行われています。いずれの方法でも痛みを和らげる効果は同等とされます。

(4)整形外科での処置や手術
骨転移があり,痛みが強い場合などには,整形外科医の診察も大切です。大腿骨の骨折がある場合や,骨折のリスクが高い場合には,歩けなくなるのを防ぐために,人工骨頭置換術や,髄内釘(ずいないてい)を打ち込むといった整形外科的な手術を予防的に行う場合もあります。腰椎や胸椎への転移により骨破壊が進行し,脊椎がからだを支える能力が失われてきた場合には,手術(脊椎固定術)や骨セメント注入といった方法がとられることもあります。

脊椎への転移により,腫瘍や骨が脊髄(神経)を圧迫して麻痺の症状が出現してきた場合には,急いで病院に連絡をしましょう。脊髄の圧迫を解除するために手術を行うことで麻痺の改善が期待できることがあります。

脊椎や大腿骨の手術はからだへの負担もあるため,実施するかどうかは整形外科医とも相談が必要となります。

(5)鎮痛薬
消炎鎮痛薬,麻薬系鎮痛薬(オピオイド)など,さまざまな薬があります。骨転移による痛みは我慢しないようにしましょう(☞Q59参照)。

(6)高カルシウム血症に対する治療
血液中のカルシウム濃度を下げるための治療が必要です。まずは輸液(水分を点滴する治療)を行い,たくさん尿が出るようにして,カルシウムを尿中へ排泄させます。骨修飾薬(デノスマブもしくはゾレドロン酸)の点滴が効果的ですが,副作用としてデノスマブではカルシウム濃度が低下しすぎることがあったり,ゾレドロン酸では腎臓の働きが悪くなることもあるので,注意深く治療を進めます。