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妊娠や出産,授乳が乳がんの再発の危険性を高めるという証拠はありません。また,乳がんの治療後に妊娠・出産をしても,胎児への異常や生まれてくる子に先天性の異常(奇形など)が起こる頻度は高くなりません。

しかし,予定される治療が長期間に及ぶものであると,年齢が高くなることにより妊娠が難しくなる場合があります。また,抗がん薬治療によって,卵巣機能が損なわれ,閉経になったり,治療後に妊娠できなくなることがあります。将来,妊娠・出産を希望する,あるいは検討したい場合には,できるだけ治療開始前に担当医に伝えましょう。現在,薬物治療中の場合も,担当医と相談しましょう。

解説
乳がん治療後に妊娠・出産を希望してもよいのでしょうか

AYA世代(☞Q53参照)の患者さんなど,乳がんを発症する方の中には,将来子どもがほしいと考える方もいらっしゃると思います。乳がん治療後に妊娠や出産を希望することは問題ありません。ただし,乳がんの治療によっては,治療後の妊娠が難しくなることもあります。これからどのような治療が予定されているのか,出産の希望に向けどのように工夫をしていくとよいのか,妊娠・出産や育児に必要な費用や制度を含め,一人ひとりの状況やライフプランに合わせた検討が必要です。まずは担当医に相談をしましょう。

乳がん治療後に妊娠や出産,授乳をすると,再発しやすくなるのでしょうか

再発しやすくなるとは考えられていません。乳がん治療後に妊娠した患者さんと妊娠しなかった患者さんを比較した研究の結果がいくつか報告されており,そのほとんどが「妊娠しても再発しやすくはならない」と結論付けています。また乳がん治療終了後に,授乳を行っても乳がんが再発しやすくなるという根拠はなく,子どもに対しても悪影響を及ぼすことはないと考えられています。

がんに対する薬物治療によって妊娠ができなくなる可能性はどの程度あるのでしょうか

がん治療後に妊娠が難しくなるかどうかにはさまざまな要素が影響します。その一つに年齢があります。女性の年齢が高くなるにつれ,自然妊娠が難しくなることが知られています。術後ホルモン療法は一般的に5~10年が推奨されています。ホルモン療法中の妊娠は,胎児へ悪影響があるため勧められません。ホルモン療法終了時には,治療期間に応じて年齢は高くなり,その分,自然妊娠が困難になると考えられます。

また,閉経前の乳がん患者さんが抗がん薬の投与を受けた場合,抗がん薬によって卵巣がダメージを受け,抗がん薬治療中や治療後に月経が止まってしまう(無月経になる),あるいはそのまま閉経を迎えてしまうことが少なくありません。卵巣機能に障害を引き起こす可能性のある代表的な抗がん薬はシクロホスファミドであり,この薬剤をどれだけ投与したかが無月経にかかわる要因の一つとして考えられています。この抗がん薬は,AC療法,EC療法やCMF療法など,乳がんに対する代表的な抗がん薬レジメン(組み合わせ)治療に含まれています。抗がん薬により無月経となってしまう割合は,抗がん薬のレジメンの種類だけではなく,患者さんの年齢によっても異なります。ASCO(米国臨床腫瘍学会)のガイドラインでは,無月経のリスクが低い(30%未満)とされたのは30歳未満のCMF療法,CAF療法,CEF療法のみであり,30歳以上あるいは年齢に関係なく,アンスラサイクリン系とタキサン系抗がん薬の併用レジメンは,無月経のリスクは中間(30~70%)または高い(70%以上)とされています。

乳がんの治療後の妊娠・出産に向けてどのような工夫ができますか

それぞれの患者さんに最適と考えられるがん治療は,再発リスクやサブタイプなどを考慮して決定することが原則です。例えば手術や放射線療法のみであれば,妊娠・出産への影響は最小限と考えられるため,特別な工夫は不要でしょう。しかし,上述のように薬物療法を行う場合は妊娠が難しくなる可能性があるため,薬剤の種類に応じた工夫の検討を行います。

将来の妊娠・出産を希望する患者さんは,薬物療法開始前に,受精卵や未受精卵子,卵巣組織を凍結保存する妊孕性(にんようせい)温存療法という選択肢があります。配偶者やパートナーがいる場合には受精卵凍結が勧められます。受精卵の凍結保存,および保存された受精卵を用いた,乳がん治療後の妊娠・出産に用いられる医療技術は,不妊治療などで用いられている医療技術と同等のものであり,ある程度確立された手技と考えられます。未受精卵子の凍結保存は,基本的には配偶者やパートナーがいない女性に検討されます。いずれの場合も薬物療法を始める前に卵巣刺激や採卵(卵子を採取すること)が必要であり,薬物療法の開始が少し遅くなる可能性があります。卵巣組織凍結に関しては,配偶者・パートナーがいない患者さんや,治療を急ぐため受精卵や未受精卵子の凍結保存が難しい患者さんの選択肢となりますが,まだ試験的な取り組みとされています。具体的にどの方法を選択するかについては,年齢や配偶者・パートナーの有無,また乳がん治療をどの程度急ぐかなどを含めて検討しましょう。

妊孕性温存療法は実施可能な施設が限られていますが,現在,がん・生殖医療ネットワークが全国に広がり,がん治療と生殖医療の連携がなされつつあります。また,妊孕性温存療法に関する国の助成制度も開始されていますので,お住まいの自治体へお問合せください。

抗がん薬治療を行う場合は,薬剤による卵巣機能の障害を予防するために,抗がん薬治療中にLH-RHアゴニストを併用して卵巣機能の保護を試みることがあります。LH-RHアゴニストは乳がんのホルモン療法として用いる薬剤であり,抗がん薬と併用することで治療後に月経が回復する確率が上がるとされていますが,実際に妊娠・出産の可能性が保たれるかどうかについてはわかっていません。

将来,妊娠・出産を希望される患者さんは,これからどのような治療を行う予定であるのか,それによりどの程度妊娠・出産の可能性に影響があるのか,対策や妊孕性温存療法を行うかどうか,治療開始前から担当医や生殖医療の専門の先生と十分に話し合うことが大切です。

乳がんの治療後はいつから妊娠が可能でしょうか

乳がん治療終了後は妊娠が可能です。しかし,妊娠中に再発してしまうと,治療が難しくなることがあります。再発のリスクは個人差がありますので,いつから妊娠が可能と考えられるか担当医と相談しましょう。

どのような薬剤でも妊娠前期に使用すると胎児に影響を与える可能性があります。特に抗がん薬やホルモン療法薬は,妊娠前期に使用すると胎児の先天異常が増すなどの可能性があります。月経がなくても排卵をしている可能性がありますので,月経の有無にかかわらず,治療中は妊娠しないように気をつけましょう。

治療終了後であれば,妊娠・出産で胎児に先天異常がみられる頻度は,一般女性の妊娠・出産の場合と変わらないことがわかっています。治療終了後,どの程度経過していれば胎児や妊娠経過への影響が低下するのかは薬剤によっても違うとされています。抗がん薬による卵巣への直接の影響は,抗がん薬使用直後の月経周期に対してだけですが,薬によっては数週間~数カ月間,内臓に影響が残る薬剤もありますので,念のため,数回月経を確認した後で妊娠するほうがよいと考えられています。抗がん薬治療や抗HER2(ハーツ―)療法の場合では,治療終了後6~7カ月間は妊娠を避けましょう。タモキシフェン(商品名 ノルバデックス)の場合,薬が体内から出るまでには,約2カ月かかるという報告があり,タモキシフェン終了後は,少なくとも2~3カ月間は妊娠を避けましょう。また,ホルモン受容体陽性乳がんの術後ホルモン療法は,5年間から10年間へとさらに長期の治療が勧められるようになってきました。そのため,術後ホルモン療法を休薬して妊娠することの安全性を検証する国際共同臨床試験(POSITIVE(ポジティブ)試験)が現在進行中です。

最も優先されるのはがん治療であり,患者さんによってそれぞれ状況が異なりますので,将来の妊娠・出産を希望される患者さんはまずは担当医にご相談ください。

社会的に子をもつという選択肢

がん治療後に子どもをもつ選択肢として,特別養子縁組制度と里親制度があります。特別養子縁組は,子どもの福祉の増進を図るために,養子となるお子さんの実親(生みの親)との法的な親子関係を解消し,実の子と同じ親子関係を結ぶ制度です。里親は,基本的には養子縁組を行わず,虐待や経済的な理由で実の親と一緒に暮らせない子どもたちを家庭で養育する制度となっています。より詳しく知りたい方は,AYAがんの医療と支援のあり方研究会(https://aya-ken.jp/)に問い合わせてみてください。

なお,乳がん治療と妊娠・出産,生殖医療について詳しく知りたい方は,下記書籍(刊行版,ウェブ版)をご参照ください。

・乳癌患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療ガイドライン 2021年版(日本がん・生殖医療学会編) 
 https://j-sfp.org/guideline_2021/

・小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017年版(日本癌治療学会編)  
 https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0326/G0000995

お住まいの都道府県での妊孕性温存実施施設は下記からご覧になれます。

・がん治療と妊娠 地域医療連携 http://j-sfp.org/cooperation/network