A

妊娠の継続や出産・授乳が乳がんの進行や再発に影響を与えることはありません。しかし,妊娠の週数に応じて,検査や治療が胎児に影響を及ぼす可能性があります。妊娠を継続する場合,胎児への不利益を最小限にしながら,週数に応じて手術や薬物療法などの最善のがん治療を検討していきます。

解説
妊娠期にみつかった乳がんの治療

妊娠期にみつかった乳がんに対しても,基本的には一般の乳がんと同様に,病期や乳がんの性質,サブタイプなどによって治療法を検討します。そのうえで妊娠の時期を考慮して具体的な方針を決定します。

妊娠の継続や出産・授乳によって,がんの進行が早くなったりすることはありません。同様に,再発の危険性が高まるということもなく,中絶をしても妊娠を継続しても再発率には差はありません。

一方,検査や手術,薬物療法,放射線療法は,妊娠の時期によって胎児に影響を与える可能性があります 表1 特に,妊娠前期は胎児のからだの器官ができる大事な時期ですので,この時期の治療や検査は流産する危険や胎児に異常や奇形を起こす危険があります。

出産後の授乳によりがんが進行することはありませんが,薬によっては乳汁の中に分泌されるものもあります。抗がん薬の使用中は授乳を避けるべきとされています。抗がん薬以外の薬剤では,乳汁中への移行率が少なく,授乳と両立可能な薬剤もあります。薬物治療中の授乳については,担当医・薬剤師と相談するのがよいでしょう。

いずれにしても,患者さんは妊娠中に行う治療のメリットとデメリットを考慮して,ご家族や医療者と十分に話し合い,妊娠を継続するかどうかの意思決定をしましょう。

 表1  妊娠の時期と受けることができる検査・治療

○:注意は必要だが,受けることができる △:危険性と利益を考えて慎重に行う
× :受けることは勧められない *産科的管理の面からの推奨

妊娠中の検査

超音波検査(乳腺エコー)や細胞診・針生検は胎児への影響はなく,妊娠の時期にかかわらず安全に実施できます。マンモグラフィ検査は放射線を使用しますが,鉛板で腹部を保護しながら受けることができます。CT検査は放射線被曝(ひばく)の危険があり,MRI検査は強い磁場の影響があり,また,撮影の際に注射する造影剤も胎児に異常や奇形を起こす可能性があるので,特に妊娠前期では検査が必要な場合以外は行わないほうが無難です。

乳がん治療が胎児に及ぼす影響

乳がん治療の中には妊娠中のどの時期(前期・中期・後期)においても胎児への影響があるものと,妊娠前期のみ影響があるものがあります。抗がん薬や手術の際の麻酔薬は,妊娠前期では胎児への影響がありますが,妊娠中期や後期では胎児へ悪影響を及ぼす可能性が低くなります。ホルモン療法,分子標的治療,放射線療法などは,どの時期においても胎児に影響を及ぼす可能性があるため,出産後に行います。

(1)妊娠前期(妊娠12週くらいまで)における乳がんの治療
妊娠前期のうち,妊娠4週から7週くらいまでは胎児の器官形成期といって胎児のからだのもとがつくられる時期であり,先天性の異常(奇形など)を起こすリスクなどが高い時期とされます。全身麻酔,薬物療法などはできるだけ回避します。その後は慎重に全身麻酔を行い,手術を実施することは可能です。流産の危険性が少し高まるとされているため,手術の時期は担当医や麻酔科,産科と慎重に検討しましょう。手術以外の治療(薬物療法や放射線療法)は妊娠前期に行うべきではありません。

妊娠前期に乳がんと診断された場合は,妊娠を継続しつつ妊娠中期まで治療を待つか,妊娠8週以降に手術による治療を開始するか,それとも中絶するか,担当医や家族と十分に相談して判断しましょう。

(2)妊娠中期以降(妊娠13週以降)における乳がんの治療
①手術・放射線療法
麻酔科医・産科医との連携をとりながら全身麻酔による手術を行うことが可能です。ただし,産科的な面から手術は妊娠31週までに行うことが勧められます。手術の際に使う麻酔薬を適切に選べば,先天性の異常を起こす危険性は高まりません。放射線療法は,胎児に被曝のリスクがあるため妊娠中は行わず,出産後に行います。また,妊娠中のセンチネルリンパ節生検(☞Q20参照)は放射性同位元素(ほうしゃせいどういげんそ)(わずかな放射線を発する物質,アイソトープ)を使う方法で行うことができます。

②薬物療法
妊娠中期以降は,胎児の器官がほぼできあがっているので,薬物による先天性の異常のリスクは一般的な妊娠のときと変わりないとされています。妊娠中に乳がんに対する薬物療法が必要か,出産後に薬物療法を行うのがよいのかは,妊娠の週数や乳がんの性質に基づいて検討します。薬物療法が必要な場合には,胎児にあまり影響を与えないものを選択して,慎重に行います。

抗がん薬のドキソルビシン,シクロホスファミドについては,胎児に先天異常を起こす危険性は,これらの抗がん薬を投与されない場合と変わらないという報告があります。妊娠中のエピルビシン使用に関するデータはドキソルビシンに比較して少ないです。メトトレキサート(商品名 メソトレキセート)は流産や奇形を起こす危険性を高めたり,羊水に蓄積されたりするため使用できません。また,タキサン系薬剤(ドセタキセル,パクリタキセル)に関しては,ドキソルビシンのように十分なデータはありませんが,明らかに毒性が高いというデータもないため,ドキソルビシンが使えないなど,やむを得ない場合には慎重に投与することを考慮してもよいでしょう。その場合,海外のガイドラインでは毎週投与のパクリタキセルが支持されています。分子標的治療薬として,抗HER2(ハーツ―)抗体であるトラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)は特に,妊娠中期以降に使用した場合に羊水過少症などを起こすことが知られており,使用は避けるべきとされています。したがって,妊娠中期から後期に抗がん薬を使用する必要がある場合は,AC療法(ドキソルビシン,シクロホスファミド)を第一選択としています。妊娠中に抗がん薬治療を行う場合は,早産や胎児の発育の遅れを生じる可能性があるため,産科や小児科とも連携が必要です。また,出産時に抗がん薬治療の副作用によるトラブルを避けるため,妊娠35週以降,もしくは計画出産の場合,出産予定日前の3週間以内には実施しません。

トラスツズマブなどの抗HER2薬を投与する必要がある場合は出産後に行います。また,ホルモン療法は胎児への影響があるため,妊娠中に行うことはありません。

妊娠中の薬剤使用については,妊娠と薬情報センター(国立成育医療研究センター内,https://www.ncchd.go.jp/kusuri/)を利用して,妊娠と薬相談外来で専門のカウンセリングを受けることができます(保険適用外)。また,妊娠と薬相談外来は各都道府県に設置されているので,情報を知りたい場合やカウンセリングを受けたい場合は,担当医に相談してみましょう。

妊娠中の放射線療法

妊娠中はいかなる時期も原則として放射線療法は行いません。妊娠初期では,胎児に小頭症などの奇形を起こす危険性が高くなります。妊娠後期では,胎児が大きくなるため,鉛板で腹部を保護しても被曝しやすくなります。

妊娠中の手術

妊娠中の手術方法は,妊娠していない場合と同様に検討を行います。ただ,妊娠期は造影MRI検査ができないことや,妊娠による乳房の変化などにより,非妊娠期に比べて病変の広がりの画像診断が難しくなることがあります。また,乳房部分切除術では,局所領域再発の予防のため,術後に放射線療法が必要ですが,上記のように妊娠中は放射線療法はできないため,出産後まで待つ必要があります。手術を行う妊娠週数や病期・サブタイプなどによって,放射線療法を出産後まで待つことが適切でない場合には,乳房全切除術も考えましょう。

乳房全切除時の同時乳房再建術は,手術時間の延長,出血量の増加や術後合併症のリスクの可能性があると考えられます。データは少ないものの,強い希望がある場合には,妊娠中の手術時にティッシュエキスパンダーの挿入を行い,出産後にインプラントなどに入れ替えを行うことは考えられるかもしれません。妊娠中は対側の乳房の大きさも通常とは異なるため,乳房切除と同時に行う一次一期のインプラントの留置や,手術による侵襲が大きくなる自家組織再建は推奨されません。

センチネルリンパ節生検は,非妊娠期と同様に行うことができると考えられます。センチネルリンパ節のマーキングに用いられる放射性同位元素による被曝量はごく微量であり,胎児に影響は少ないとされています。色素法で用いる色素については妊娠中に使用する場合の安全性に関するデータが少ないため,用いるかどうかは慎重に検討しましょう。

なお,乳がん治療と妊娠・出産,生殖医療について詳しく知りたい方は,下記書籍(刊行版,ウェブ版)をご参照ください。

・乳癌患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療ガイドライン 2021年版(日本がん・生殖医療学会編) 
 https://j-sfp.org/guideline_2021/

・小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017年版(日本癌治療学会編) 
 https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0326/G0000995