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自身の乳房を観察する際に気をつけてほしい症状としては,腫瘤(しゅりゅう)(しこり),血性乳頭分泌,乳頭・乳輪部の皮膚の湿疹・びらん(ただれ),皮膚(ひふ)陥凹(かんおう)(くぼみ)などが挙げられます。これらの症状は乳がんだけではなく良性の乳腺疾患の可能性もあり,症状だけで乳がんか他の病気であるのか,区別が困難な場合があります。ご自分の乳房の異常や症状に気づいたときには,時期を逃さず医療機関で診察を受けることが重要です。

解説
乳房の症状

(1)乳房の腫瘤(しこり)
乳房内に(かたまり)のように触れるものを「腫瘤(しこり)」といいます。自覚される乳房のしこりの多くは,乳がんとは関係のない良性の病変です。しこりとして触れる病態は,乳がん以外にも,乳腺の良性腫瘍,乳腺症,皮下脂肪の塊,皮膚の腫瘤や腫瘍などがあります。基本的に乳がんと一部の良性腫瘍以外は治療の必要はありませんが,自覚したしこりが良性なのか悪性なのかは触っただけでは判別できません。

(2)乳頭分泌
乳頭から液状のものが出てくることを「乳頭分泌」といいます。授乳期には乳頭から乳汁が出ますが,授乳期以外でも乳頭分泌はまれなことではありません。特にさらっとした水のような漿液性(しょうえきせい)乳汁様(にゅうじゅうよう)などの分泌が多孔性(乳頭部の複数の穴から分泌が起こること)にみられる場合は次項「乳房によくみられる病気、状態」(4)の乳腺症に伴って起こる症状であることが多く,ほとんど問題はありません。

単孔性(乳頭部の1つの穴から分泌が起こること)の血性乳頭分泌(血液の混じった分泌物)がみられた場合には,乳腺良性疾患の一種である乳管過形成や乳頭腫である確率が高いですが,乳がんが隠れている可能性もあるので詳細な検査が必要になります。

(3)乳頭部の湿疹・びらん
乳頭や乳輪の皮膚に湿疹のような症状が出現し,なかなか改善しない場合,パジェット病という特殊なタイプの乳がんの可能性があります。ただれて出血することもあります。難治性の湿疹は自己判断せずに医療機関を受診してください。

(4)皮膚陥凹,変形
乳房の左右差を鏡に映して観察することも大切です。その際に左右の乳房の大きさ,皮膚の色,皮膚や乳頭の(へこ)み,形の変形の有無をチェックしてください。過去に受けた乳腺の手術痕や外傷で変形することもありますが,特別な原因がない状況で新しく出現する凹みや変形は乳がんを否定できない病変の可能性があります。

乳房によくみられる病気,状態

以下に,乳がん以外の乳房にできる主な病気,状態について解説します。

(1)乳腺線維腺腫
乳腺線維腺腫とは,乳房の代表的な良性腫瘍で,10 歳代後半から40 歳代の人に多く起こります。ころころとしたしこりで,触るとよく動きます。マンモグラフィや超音波検査などの画像検査や針生検などで線維腺腫と診断された場合は,特別な治療は必要なく,乳がんの発症とも関係はありません。閉経後には徐々に縮小してしまうことが多いのですが,しこりが急速に大きくなる場合は,摘出することもあります。

(2)葉状(ようじょう)腫瘍
初期のものは線維腺腫に似ているものの,急速に大きくなることが多いのが特徴です。ほとんど良性ですが,なかには良性と悪性の中間のものや,悪性のものもあります。治療の原則は手術による腫瘍の完全摘出です。葉状腫瘍は腫瘍のみをくり抜いて摘出するだけでは非常に再発しやすいので,腫瘍の周りに少し正常組織をつけて,腫瘍をくるむように確実に摘出します。乳房全体を占めるほど大きな腫瘍では,乳房全切除術が必要になります。この場合,同時乳房再建術は保険診療で行うことが可能です。針生検の検査結果だけでは乳腺線維腺腫と区別がつかないこともあるので,臨床経過から葉状腫瘍が疑われる場合は摘出が勧められます。

(3)乳腺炎
乳腺炎とは,乳汁のうっ(たい)(とどこお)り)や細菌感染によって起こる乳房の炎症で,赤く()れたり,痛み,うみ(膿),しこりなどの症状がみられます。特に授乳期には,母乳が乳房内にたまり炎症を起こす,うっ滞性乳腺炎が多くみられます。乳頭から細菌が侵入すると化膿性乳腺炎となって,うみが出るようになります。症状を改善させるために,皮膚を切開して,うみを出しやすくする処置が行われることがあります。一方,授乳期以外に,乳房の広い範囲に乳腺炎が起こることもあります。原因はよくわかっていませんが,乳房の中にたまった分泌液にリンパ球などが反応して起こるのではないかと考えられています。また,乳輪下にうみがたまることがあります(乳輪下膿瘍(にゅうりんかのうよう)といいます)。これは陥没乳頭の人や喫煙者に起こりやすく,治りにくい乳腺炎で,手術が必要になる場合があります。これらの乳腺炎は乳がんの発症とは直接関係ありません。ただし,痛みがないのに乳房が腫れる場合は,炎症性乳がんといって,炎症症状を呈する,まれな乳がんであることがありますので,このような場合にはためらわずに医療機関を受診してください。

(4)乳腺症(病理学用語)
いわゆる乳腺症は,30~40歳代の女性に多くみられる乳腺のさまざまな良性変化をひとくくりにして呼ぶときの総称です。病理学的には,乳腺の良性変化には,囊胞(のうほう),乳管内乳頭腫,腺症など,さまざまな病態が含まれており,それが乳腺の一部に集まるとしこりとして触知することがあります。しこり以外の症状としては,硬結(こうけつ)(しこりではないが,限局した硬い部分),疼痛(とうつう)(乳房痛),異常乳頭分泌が挙げられます。乳腺症には,主として卵巣から分泌されるエストロゲンとプロゲステロンというホルモンがかかわっており,閉経後に卵巣機能が低下すると,多くの場合,これらの症状は自然に消失します。

硬結は,片側あるいは両側の乳房に,大きさがふぞろいの境界不明瞭な平らで硬いしこりとして触れることが多く,月経前に増大し,月経後に縮小します。硬結部は何もしないでも痛むか,押さえると痛むことが多く,この痛みも月経周期と連動します。月経周期と連動するしこりや痛みはあまり心配する必要はありませんが,月経周期に関係のないしこりに気づいたら,まずは近くの医療機関を受診してください。

以上のように,乳房にはしこりをはじめ,さまざまな症状がみられる場合があります。症状のみで病名を確定することは難しいことが多く,乳房のしこりなどの症状や異常を自覚した際には,医療機関で診察を受け,病名が確定した後に治療の要否を判断することが大切です(☞Q1参照)。