A

乳がんに対して行われる薬物療法には,ホルモン療法(内分泌療法),抗がん薬治療(化学療法),分子標的治療などがあり,乳がんのそれぞれの特徴に応じて薬物療法が選択されます。エストロゲン受容体の発現とHER2(ハーツ―)の過剰発現の有無は,治療選択に大変重要です。エストロゲン受容体陽性乳がんにはホルモン療法薬が使用され,HER2陽性乳がんには抗HER2薬が用いられます。また,ホルモン療法薬と併用される分子標的治療薬にはCDK4/6阻害薬とmTOR(エムトール)阻害薬があります。また,BRCA1またはBRCA2の病的バリアント(☞Q65参照)を認める方の乳がんにはPARP(パープ)阻害薬が使用されます。トリプルネガティブの転移・再発乳がんには,PD-L1陽性であれば,抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体が使用されます。骨転移には,骨関連事象を抑制するためにデノスマブやゾレドロン酸が使用されます。

解説
ホルモン療法(内分泌療法)

ホルモン療法には,作用の異なる3つの方法,すなわち,①乳がん細胞内のエストロゲン受容体とエストロゲンが結び付くのを邪魔する方法と,②体内のエストロゲンの量を減らす方法,③エストロゲン受容体の発現を減少させる方法があります。

①タモキシフェン(商品名 ノルバデックス),トレミフェン(商品名 フェアストン)
タモキシフェン,トレミフェンなどの抗エストロゲン薬は,乳がん細胞内のエストロゲン受容体とエストロゲンが結び付くのを邪魔しつつ,代わりに自分がエストロゲン受容体にくっつくことで,がん細胞の増殖を抑えたり,乳がんの細胞死を誘導したりします 図1

タモキシフェンやトレミフェンは閉経前と閉経後のどちらの患者さんにも使われる経口薬です。有害事象として多くみられるのは,ほてりや関節痛などの女性ホルモンに関連する症状です。まれに,血栓塞栓症や無顆粒球症(白血球の中で好中球などの一部の成分が極端に減少すること)などの重篤なものが起こることがあります。

 図1  抗エストロゲン薬(タモキシフェン,トレミフェン,フルベストラント)の作用
ホルモン受容体をもっている乳がん細胞は,女性ホルモン(エストロゲン)の代わりに抗エストロゲン薬を食べてしまい,増殖できなくなるか死んでしまいます。

②LH-RHアゴニスト:ゴセレリン(商品名 ゾラデックス),リュープロレリン(商品名 リュープリン)
閉経前の女性では,脳の視床下部(ししょうかぶ)というところから下垂体(かすいたい)に,性腺刺激(せいせんしげき)ホルモン(LH)を出す指令〔性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH-RH)〕が出されると,下垂体は性腺刺激ホルモンを出して卵巣を刺激し,卵巣はエストロゲンをつくります。

LH-RHアゴニスト製剤は,LH-RHとよく似た構造をもつ物質で,下垂体を過剰に刺激します。過剰に刺激された下垂体は,性腺刺激ホルモンを出さなくなるため,卵巣でエストロゲンがつくられなくなり,最終的には閉経前の患者さんのエストロゲンの分泌を減らします 図2 。皮下注射薬であり,1カ月毎,3カ月毎,6カ月毎に投与を行うものがあります。LH-RHアゴニスト製剤による過剰な刺激により,投与してしばらくは,エストロゲンが一時的に増えることがあります。

 図2  閉経前のエストロゲンの分泌とLH-RHアゴニストの作用

③アロマターゼ阻害薬:アナストロゾール,レトロゾール(商品名 フェマーラ),エキセメスタン

アロマターゼ阻害薬は閉経後の患者さんの体内のエストロゲンを減らす経口の薬です。閉経後は,卵巣の機能が低下するので,卵巣ではエストロゲンがつくられなくなります。その代わりに,副腎(腎臓のすぐ上にある臓器)皮質や卵巣から分泌されるアンドロゲンという男性ホルモンからエストロゲンがつくられるようになります。アンドロゲンがエストロゲンにつくり変えられる過程で働いているのが脂肪組織などにある「アロマターゼ」という酵素です。アロマターゼの働きを阻害する薬(アロマターゼ阻害薬)を使用することで,エストロゲンがつくられなくなります 図3

副作用としては,ほてり,頭痛,関節痛,倦怠感や高コレステロール血症,骨密度低下,骨粗鬆症などがあります。骨粗鬆症が進行すると骨折のリスクが高まるため,定期的な骨密度のモニタリングや必要な治療が行われます。

 図3  閉経後のエストロゲンの分泌とアロマターゼ阻害薬の作用

④フルベストラント(商品名 フェソロデックス)
フルベストラントは乳がん細胞内のエストロゲン受容体に結合し,エストロゲン受容体の発現を特異的に減少させることで,がん細胞の増殖を抑えたり,細胞死を誘導したりします 図1 。使用開始時は2週毎,その後は4週毎に両側の臀部に筋肉注射を行います。

閉経後のエストロゲン受容体陽性の転移・再発患者さんに使用しますが,LH-RHアゴニストとCDK4/6阻害薬を併用することを条件に閉経前転移・再発患者さんにも使用することがあります。

副作用は,注射部位の反応はある程度発生しますが,重篤なものは少ないです。

⑤その他のホルモン療法薬
上記以外にも,作用が明確にはわかっていないものの効果のある薬剤として,酢酸メドロキシプロゲステロン(商品名 ヒスロンH)があります。進行・再発乳がんで,ほかのホルモン療法薬が効かなくなったときに使用します。また,いくつかのホルモン療法薬を使用した後にエストロゲンを過剰に投与することでがん細胞の細胞死を誘導できる場合があり,エチニルエストラジオール(商品名 プロセキソール)という薬剤も使用できます。

抗がん薬治療(化学療法)

化学療法はいわゆる「抗がん薬」を用いた治療です。がん細胞に対する効果が期待される治療ですが,同時にがん以外の正常な細胞に影響を与える可能性があることから,効果があることが確認された薬の組み合わせや,身長・体重などから計算した適切な用量を使用しなければなりません。抗がん薬は通常,外来で治療を行うことが一般的ですが,病状や副作用の管理などを目的に入院して行うこともあります。診察や血液検査などで治療当日の体調をチェックし,治療可能かどうかを判断したうえで,抗がん薬が投与されます。副作用によっては当日,投与を中止したり,減量が必要になることもあります。

一般的には,ホルモン療法や放射線療法と抗がん薬治療を同時に行うことはありません。

①アンスラサイクリン系抗がん薬:AC療法,EC療法
アルファベットの文字が投与する抗がん薬名を示しています。AC療法ではドキソルビシンとシクロホスファミド,EC療法ではエピルビシンとシクロホスファミドが使用されます。アンスラサイクリン系の抗がん薬は術前,術後の治療にも,転移・再発乳がんの治療にも使用されます。通常,3週間に1回のスケジュールで投与されますが,効果を増強させるためにG-CSF製剤という好中球を増加させる薬剤を積極的に使用して2週毎に行われることもあります。以前は5-FUという抗がん薬を併用するFEC療法やCAF療法が広く行われていましたが,AC療法またはEC療法とFEC療法とを比較した試験で予後の改善効果が認められず,むしろ5-FUの副作用が危惧されることから,現在ではFEC療法やCAF療法は勧められません。

副作用としては,好中球減少,吐き気,脱毛などがありますが,制吐薬を積極的に使用することで,以前よりは吐き気の管理がやや容易になってきました。アンスラサイクリン系抗がん薬の注意すべき副作用として,薬物が蓄積すると心臓の収縮力が弱まってくることがあります。手術前後の治療では問題となることはほとんどありませんが,転移・再発乳がんで継続的に治療を行わなければならない場合や,以前にアンスラサイクリン系薬剤を使用していた場合は,総投与量を把握することが重要となります。

②タキサン系抗がん薬:ドセタキセル,パクリタキセル,ナブパクリタキセル(商品名 アブラキサン),TC療法 
タキサン系の薬剤は,アンスラサイクリン系の薬剤と同様に術前,術後にも転移・再発乳がんにもよく使用される薬剤です。TC療法はドセタキセルとシクロホスファミドが投与されます。通常,3週間に1回のスケジュールで投与されますが,パクリタキセルは毎週投与されます。パクリタキセルは薬を溶かしている液体の中にアルコールが含まれており,アルコール不耐症の人には使うのが難しい薬剤です。ナブパクリタキセルはアルブミンなどの生体材料が使用されています。アルコール不耐症の人にも使用可能です。
副作用としては,好中球減少,脱毛などがありますが,吐き気はアンスラサイクリン系薬剤よりは軽いことが多いです。一方,治療を継続していくと,しびれやむくみなどの症状が徐々に強くなっていくことがあります。

③フッ化ピリミジン系抗がん薬:カペシタビン(商品名 ゼローダ),テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(略称 S-1,商品名 ティーエスワン)
これらの薬剤は点滴ではなく経口で使用する薬剤です。代表的な投与方法としては,カペシタビンは朝夕2週間連続毎日服用,1週間休薬,または,朝夕3週間連続毎日服用,1週間休薬,S-1は朝夕4週間連続毎日服用,2週間休薬(朝夕2週間連続毎日服用,1週間休薬する場合もあります)のスケジュールで行います。
副作用としては,腹痛や下痢などの消化器症状や手足の皮膚の障害(手足症候群),色素沈着などがあります。脱毛が少ない利点があります。

④エリブリン(商品名 ハラヴェン),ビノレルビン(商品名 ナベルビン),ゲムシタビン(商品名 ジェムザール)
これらの薬剤は転移・再発乳がんに使用する薬剤です。代表的な投与方法としては,1週1回投与を2週連続し,3週目は休薬するスケジュールで行います。
副作用としては,好中球減少,脱毛などがあります。

分子標的治療

(1)抗HER2療法
抗HER2薬はHER2陽性と診断された乳がんに使用されます。通常,抗がん薬と併用して使用されますが,抗がん薬の規定治療回数が終了すれば,抗HER2薬のみを投与することもあります。心臓の収縮力を弱める副作用が起き得るため,心エコーなどでモニタリングをしながら使用します。

①トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン),ペルツズマブ(商品名 パージェタ)
どちらもHER2に対する抗体の薬剤です(☞Q27参照)。手術前後の治療にも転移・再発乳がんの治療にも使用されます。トラスツズマブ単独で使用される場合とトラスツズマブとペルツズマブを併用して使用する場合があります。ペルツズマブ単独で投与することはありません。手術前後で併用する抗がん薬はタキサン系の薬剤であり,アンスラサイクリン系薬剤と併用して使用することはありません。手術前後には,3週毎に1年間投与されます。タキサン系薬剤は3カ月前後で終了するので,残りの9カ月は抗HER2薬だけを継続します。

トラスツズマブやペルツズマブには,好中球減少,吐き気,脱毛などの副作用は少ないですが,初回投与時に発熱やふるえなどのインフュージョンリアクションという症状が出ることがあります(☞Q48参照)。心臓の収縮力が低下する副作用が起きることがありますが,休薬すると回復するといわれています。

②トラスツズマブ エムタンシン(略称 T-DM1,商品名 カドサイラ)
トラスツズマブにエムタンシンという抗がん薬が一体化した薬剤で,抗体薬物複合体と呼ばれています。転移・再発乳がんでトラスツズマブ・ペルツズマブ治療の効果がなくなった方に使用します。術前治療でがんが完全に消失(pCR)とならなかった場合に,術後に使用することがあります。通常,3週毎に投与されます。

副作用としては,血小板減少のほか,トラスツズマブによる心機能抑制などがあります。

③トラスツズマブ デルクステカン(略称 T-DXd,商品名 エンハーツ)
トラスツズマブにデルクステカンという抗がん薬が一体化した薬剤で,トラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)より一体化した抗がん薬が多いことがわかっています。HER2陽性の転移・再発乳がんで最初の抗HER2療法に効果がなくなった方が対象になります。3週毎に投与されます。T-DM1と比較しても高い効果が認められました。

副作用としては,吐き気や白血球減少,貧血,血小板減少などがあります。特に注意すべき副作用として間質性肺炎があります。空咳(からぜき)が続く場合や発熱,呼吸困難などがあれば担当医に相談してください。

④ラパチニブ(商品名 タイケルブ)
経口薬の抗HER2薬です。抗体ではなく低分子化合物といわれる種類の薬で,HER2の機能を抑える働きがあります。通常,カペシタビンもしくはアロマターゼ阻害薬と併用して使用します。

副作用としては,下痢や口内炎や皮疹などがあります。併用するカペシタビンによる副作用にも注意が必要です。

(2)ホルモン療法と併用される分子標的治療薬
①CDK4/6阻害薬:パルボシクリブ(商品名 イブランス),アベマシクリブ(商品名 ベージニオ)
CDK4/6阻害薬は,腫瘍の増殖に関連する細胞周期を促進する働きをもつCDK4とCDK6を阻害する分子標的治療薬です。ホルモン受容体陽性HER2陰性の転移・再発乳がんに対して,アロマターゼ阻害薬やフルベストラントなどのホルモン療法薬と同時に使うと,ホルモン療法薬だけを使用した治療よりがんの進行を遅らせることができます。日本では,パルボシクリブとアベマシクリブの2つの種類のCDK4/6阻害薬が承認されています。アベマシクリブはリンパ節転移陽性,再発高リスクのホルモン受容体陽性HER2陰性の初発乳がんに対しても,術後2年間の投与が承認されています。パルボシクリブの最も重要な副作用は好中球減少症であり,定期的な採血によるチェックが必要となります。場合により,適切な薬の減量や休薬を行うことがあります。そのほか疲労感や脱毛が起こることもあります。アベマシクリブの副作用は,パルボシクリブと異なり,血液毒性が少なく下痢の頻度が高いといわれています。

②エベロリムス(商品名 アフィニトール)
エベロリムスは,腫瘍の増殖に関連する伝達経路にかかわるmTORタンパクの働きを阻害する薬です。アロマターゼ阻害薬のエキセメスタンと同時に使うと,がんの進行を遅らせます。一方で,正常な細胞にも働いてしまうため副作用は増えます。主な副作用は,口内炎,貧血,呼吸困難,高血糖,疲労感,間質性肺炎,肝酵素の上昇などです。

(3)その他の分子標的治療薬
①オラパリブ(商品名 リムパーザ)
オラパリブはBRCA1またはBRCA2の病的バリアント(☞Q65参照)を有するいわゆる遺伝性乳がん卵巣がんの方に使用するPARP阻害薬といわれる種類の薬剤です。PARP阻害薬はDNAの一本鎖DNA修復にかかわるPARPという分子を阻害する薬剤です。BRCA1またはBRCA2遺伝子に病的バリアントのある遺伝性乳がん卵巣がんの場合,発生した腫瘍では二本鎖DNA修復機構が欠失していることがわかっています。その腫瘍に対してPARP阻害薬を使用すると一本鎖DNA修復も阻害され,DNA損傷が修復されず,がん細胞は死に至ります。オラパリブを転移・再発乳がんに使用する場合にはアンスラサイクリン系薬剤,タキサン系薬剤を使用されたことのある方が対象になります。HER2陽性の乳がんには使用しません。

オラパリブは経口薬であり,朝夕で服用します。副作用としては,吐き気や嘔吐のほかに,貧血,血小板減少などがあります。

オラパリブは,BRCA1またはBRCA2の病的バリアントを有する再発リスクの高い初発乳がんに対しても有用性が示されており,2022年8月に術後療法としての使用が日本でも承認されました。

②アテゾリズマブ(商品名 テセントリク),ペムブロリズマブ(商品名 キイトルーダ)
免疫チェックポイント阻害薬に分類される薬剤です。アテゾリズマブはPD-L1を標的にする薬,ペムブロリズマブはPD-1を標的にする薬で,PD-1とPD-L1の結合により弱められていた,がんに対する免疫細胞の力を取り戻す作用があります。それぞれの薬剤を使用することができる条件が違いますが,PD-L1陽性のトリプルネガティブ転移・再発乳がんに使用します。それぞれ単独で使用することはなく,抗がん薬と併用します。

これらの免疫チェックポイント阻害薬の副作用は,抗がん薬とは異なります。甲状腺機能低下や下垂体機能障害,間質性肺炎,1型糖尿病などが起こることがあるため,呼吸器内科や内分泌内科など,さまざまな専門科とよく連携しながら治療を行っていく必要があります。

③ベバシズマブ(商品名 アバスチン)
ベバシズマブは,がん細胞に栄養や酸素を運ぶ新しい血管がつくられるのを防ぐことにより,がん細胞を兵糧攻(ひょうろうぜ)めにすると考えられる分子標的治療薬で,「血管新生阻害薬」とも呼ばれます。ベバシズマブは2週間に1回点滴し,抗がん薬(パクリタキセル)と一緒に使うことで,がんが小さくなる効果を高め,がんの進行を遅らせます。正常な組織にも働いてしまうので,高血圧,たんぱく尿,粘膜からの出血(鼻血,歯ぐきからの出血),白血球の減少などの副作用が増えます。そのため,メリットがデメリットを上回る患者さんを慎重に選んで使用する必要があります。

④デノスマブ(商品名 ランマーク),ゾレドロン酸
デノスマブやゾレドロン酸は,骨転移した場所で骨を壊す細胞の働きを弱める効果があります。骨折や痛みの出現のリスクを下げることが認められています。重要な副作用として顎骨壊死(がっこつえし)があります。治療開始前に歯科を受診し,必要な歯科治療を行っておくことが必要です(☞Q51参照)。また,デノスマブを投与するときは低カルシウム血症を防ぐために,カルシウムとビタミンD3とマグネシウムの配合剤(商品名 デノタス)を内服します。