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乳房再建には,自家組織(自分のからだの一部)を用いた再建法と人工乳房(インプラント)で行う再建法があります。また,行う時期も乳房全切除術と同時に行う一次再建と,乳房全切除術後に期間をおいて行う二次再建があります。
解説
乳房再建について
乳房再建は,手術によって失われた乳房を,形成外科の技術によって再建する方法です。乳房を失うことで,温泉に入れない,バランスが悪い,パッドがわずらわしい,といった不便や不自由さを感じる人も少なくありません。乳房再建を行うことで,これらの精神面や肉体面の問題が改善することもあります。
乳房再建によって再発が増えたり,再発の診断に影響したりすることはありません。しかし,乳房再建の方法(自家組織か人工乳房か)や時期(一次再建か二次再建か),そして完成までの手術の回数(一期か二期か)もさまざまで,放射線療法との関係や,乳房の手術をする施設の状況,乳房再建をする形成外科医の技術など,検討すべき問題はたくさんあります。乳房再建を検討したい方は,手術前に自身の希望を担当医に伝え,必要に応じて形成外科医を紹介してもらい,よく相談することをお勧めします。
乳房再建の方法について
乳房再建は大きく分けて,自家組織による方法と人工乳房(インプラント)による方法があります。
(1)自家組織による再建
自家組織による再建とは,患者さんのからだの一部の組織を胸に移植する方法で,主に①腹部の組織を移植する方法と,②背中の組織を移植する方法の2つがあります。
① 腹部の組織を移植する方法
腹部の組織を移植する方法には,「腹直筋皮弁法)」という,腹部の皮膚,脂肪,筋肉に血管を付けたまま胸に移植して乳房をつくる方法 図1 と,「穿通枝皮弁法」といって腹部の脂肪とそこに栄養を送る血管だけを移植して乳房をつくる方法があります。腹直筋皮弁法では,腹部の組織を切り取る際に筋肉を一部取るので,腹筋が弱くなり,腹壁瘢痕ヘルニアを起こすことがまれにあります。腹部の手術を受けたことのある方や,将来の妊娠・出産を希望されている方にはこの方法は適していません。腹直筋皮弁法の手技は比較的簡単なため,専門医がいれば,どこの病院の形成外科でも実施可能です。これに対し穿通枝皮弁法は,脂肪に栄養を送る血管を探して,これを付着させて脂肪を切り取り,移植し,顕微鏡でみながら胸やわきの下の血管と縫い合わせるため,非常に高度な技術を要します。腹直筋は犠牲にならないので,腹筋が弱くなることはありませんが,血管が詰まると脂肪全体が壊死してしまうため,高度な技術を伴う手術であり,限られた施設,形成外科医しか行えないという欠点があります。どちらの方法も下腹部に傷が残ることは同じです。
図1 腹直筋皮弁法
② 背中の組織を移植する方法
背中の組織を移植する方法を「広背筋皮弁法」といい,背中の皮膚,脂肪,筋肉に血管を付けたまま胸に移植して乳房をつくる方法です 図2 。背中の組織を切り取る際に,背中に傷が残ります。背中の筋肉を切り取っても他の筋肉が補うので,日常生活に支障はほとんどありません。この方法は乳房のボリュームが比較的小さい方や腹部の手術を受けたことのある方,将来の妊娠・出産を希望されている方に適した方法です。ただし,移植した組織の中の使われなくなった筋肉が時間とともに萎縮(廃用性萎縮し,再建した乳房が小さくなってしまうことが欠点です。
図2 広背筋皮弁法+インプラント
(2)人工乳房(インプラント)による再建
はじめにエキスパンダーという皮膚を伸ばす袋を胸の筋肉の下に入れ,その袋の中に生理食塩水を徐々に入れて皮膚を伸ばし乳房の形にふくらませます。その後,エキスパンダーを人工乳房(インプラント)に入れ替えるという方法が一般的です 図3 。乳房の大きさや残っている皮膚の状態によっては,エキスパンダーは挿入せずに乳房全切除術時にインプラントを入れて1回で完成させることもあります。再建手術は乳房全切除術のときの傷を切開して行いますので,新たな傷はできません。インプラントはシリコンでできているので,その後のマンモグラフィ検査(手術していない側の乳房)にも問題ありません。しかし,エキスパンダーやインプラントは人工物なので,感染を起こした場合には,いったん取り除いて感染を治療し,完治しないと再建を再開することはできません。また,まれではありますが,術後にブレスト・インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(BIA-ALCL)を発症することがあります。インプラント挿入後の10年を超える長期の安全性はデータが限られており,将来的に入れ替えが必要な場合があります。
もともと下垂のある乳房は,自家組織による再建を行った乳房と比べて左右の対称性が劣りますし,再建していないほうの乳房は加齢とともに下垂してくるので,左右のバランスが悪くなることがあります。その際には,再建していない側の乳房を豊胸したり,挙上したりして,バランスを合わせることが必要になります。また,エキスパンダーには一部に金属が使われているものが多く,その場合,エキスパンダー挿入中はMRI検査を受けることができません。
図3 インプラント
いずれの方法でも,乳頭や乳輪の再建は,乳房を再建して位置や形が安定するのを待って行います。それぞれの方法には特徴がありますので,どの方法で行うかは,乳房切除の術式やご自身の希望を考え併せたうえで選択します 表1 。
表1 各乳房再建方法の特徴
自家組織を使う方法 | インプラントを使う方法 | ||
乳房再建の方法 | 腹直筋皮弁法 穿通枝皮弁法 | 広背筋皮弁法 | エキスパンダー+インプラント |
手術のための入院 | 最低術後2週間 | 最低術後1日~数日 | |
手術時間 | 腹直筋皮弁法,広背筋皮弁法:4時間前後 穿通枝皮弁法:6~8時間 | エキスパンダーの挿入: 30分~1時間 インプラントへの入れ替え: 30分~1時間 | |
手術のからだへの負担 | 大きい | 比較的大きい | 比較的小さい |
傷 | 組織を取った腹部に残る | 組織を取った背中に残る | 乳房全切除術の傷のみ |
通院での治療 | 数週に1度の診察のみ | エキスパンダーへの生理食塩水の注入のため数週に1度の診察のみ (約3~6カ月間) | |
仕上がり後の手ざわり | 自然 | 自然,ただし脂肪が少ないのでボリュームが足りないことがある | インプラントなので,やや硬い感じ |
放射線療法後の適応 | 可能 | 可能 | 症例による |
大胸筋欠損の人の適応 | できる | できる | できない |
費用 | 保険適用 | 保険適用 | 保険適用(ステージⅡ以下) |
乳房再建の時期と名称について
乳房再建法には,①再建を行う時期と,②再建術の回数(何回に分けて再建を行うか)によって名称があります。①については,乳がんの手術と同時に再建手術を行う場合を「一次再建」,乳がんの手術後に期間をおいて改めて再建する場合を「二次再建」といいます。②については「一期再建」と「二期再建」があります。エキスパンダーで皮膚を伸ばさずに自家組織またはインプラントにより1回で乳房を再建する方法を「一期再建」といい,最初の手術でエキスパンダーを挿入して皮膚を伸ばしてから,2回目の手術でインプラントに入れ替える再建法を「二期再建」といいます。これらの「一次,二次」「一期,二期」という言葉を組み合わせて再建術のやり方を表現します。
また,「同時再建」とは,乳がん手術の際に同時に自家組織やインプラントで再建すること(一次一期再建)を指します。患者さんの立場からすると,一度の手術で乳がん切除と再建が同時に行えるという点では,一次再建が望ましいと考えられます。近年,同時再建が増えてきましたが,再建まで気持ちが回らない,病院の方針として一次再建をやっていない,乳がんの再発の不安がある,乳がんの進行の程度などによっては二次再建のほうが望ましい場合があります。これらのことを考慮して,患者さん,形成外科医,担当医の3者で手術前によく話し合って,それぞれの患者さんに適した手術時期を選択することをお勧めします。
放射線療法と乳房再建
乳房全切除術を受けた人でも,腋窩リンパ節転移が多数の場合やしこりが大きい(5cm以上)場合では胸壁や首の付け根(鎖骨周囲)に放射線を照射をすることがあります(☞Q34参照)。放射線療法は,皮膚やその周囲組織にダメージを与え,皮膚が弱くなったり,伸びにくくなったりします。そのため,放射線療法後の人工物による二次再建は術後の合併症の発生率が増加することが報告されていますので,選択する際は担当医と十分に相談が必要です。また,放射線療法後の自家組織による二次再建はできる場合もありますが,創部の治りや整容性がよくないことがあります。インプラントを挿入した状態(一次再建)での放射線療法についても,インプラントへの影響を考慮しつつ慎重に進めなければなりません。手術後の病状によっては放射線療法を受ける可能性があることを念頭に置きつつ,手術前に担当医とインプラント挿入後や自家組織再建後に放射線療法をするとどのような影響があるかを十分相談することをお勧めします。通常,自家組織(自分の筋肉や脂肪)よりインプラントを用いた再建乳房に照射するほうが合併症は多くなります。また,人工物による再建の場合,インプラントを入れる前に,エキスパンダーという皮膚と周囲の組織を伸ばす器具を入れることがあります。合併症や乳房再建の完遂などの面から,一般的にはインプラントに入れ替えてから照射することが望ましいとされてきましたが,入れ替え前(エキスパンダー挿入中)と後の照射を比べると,重篤な合併症の頻度や再建の見た目には差がないため,抗がん薬治療(化学療法)などのタイミングにより必要と判断されれば,エキスパンダー挿入中の照射も許容されます。
費用と保険適用
乳房全切除術後の乳房再建は,自家組織による乳房再建と,インプラントによる乳房再建のいずれも保険適用が認められています。しかし,すべての施設においてインプラントによる乳房再建が実施できるわけではありません。また,再建乳房への乳頭形成も,保険診療の対象になっていますが,それぞれの費用は手術の内容によって異なり,施設によっては自費診療として行っている場合もあります。いずれの術式の場合でも必ず手術前に形成外科医に相談し,入院日数や費用などについて十分理解しておく必要があります。
乳房再建後(特にインプラントによる再建)の日常生活上の注意点
①術後しばらくはドレーンが留置されているので,感染予防のため留置部位を清潔に保ちましょう。
②ドレーン抜去後に血液やリンパ液などの体液が体内にたまった場合は,超音波画像で位置を確認しながら,注射器を使って体液の穿刺除去を行うことがあります。
③退院後は可能な範囲で手術した側の腕のストレッチや運動を行い,二次的な肩関節拘縮(硬くなり動かしにくくなること)を予防しましょう。
④インプラントの劣化や破損は触診や超音波検査で診断できるので, 定期検診時に乳房と合わせてインプラントのチェックも行ってもらいましょう。
⑤再建途中に使用する下着については,再建方法に合わせて勧められる場合があります(☞Q26参照)。乳房再建の担当医にご相談ください。
⑥エキスパンダーには一部に金属が使われているものが多く,その場合,エキスパンダー挿入中はMRI検査を受けることができません。MRI検査を受ける際には,乳房再建の担当医に確認が必要です。
⑦日常生活に関しては,エキスパンダーやインプラントが安定した状態になれば通常通りで構いません。肩こりや腰痛などに対するマッサージも問題ありませんが,再建部分へのマイクロ波温熱治療などは控えてください。飛行機に乗ることは問題ありませんが,エキスパンダーには金属や磁石が入っているため,保安検査場で金属探知機に反応する可能性があります。運動に関しては,エキスパンダー挿入中は,ランニングやエアロビクス,水泳など過剰な運動は避けましょう。開始時期に関しては創部の状態も含め医師への相談が必要です。
乳房再建後(特にインプラントによる再建)の主な合併症
日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会による2020年度乳房再建用エキスパンダー/インプラント年次報告によると,エキスパンダー挿入術後の合併症は11.8%(486/4,135件)あり,うち抜去や入れ替えを要した症例は3.6%(150件)でした。
人工乳房(インプラント)挿入術後の合併症は4.3%(152/3,506件)あり,うち抜去や入れ替えを要した症例は0.9%(33件)でした。合併症の内訳は,感染22%,術後出血・血腫42%,皮膚壊死・術後創離開18%,その他38%でした。術前に薬物療法を行った後の乳房再建についても合併症はそれほど増えないといわれていますが,注意して慎重に行う必要があります。また,特殊な合併症として,ブレスト・インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(BIA-ALCL)があります。これはT細胞性のリンパ腫と呼ばれるもので,死亡率は低いとされていますが,乳がんとは異なる悪性腫瘍です。罹患率はインプラント挿入症例10万例あたり年間0.1~0.3%と推定されています。罹患した患者さんについての海外からの報告では,インプラントを入れてから平均9年ほどで発生し,8割の患者さんでインプラント周囲に液体がたまり大きく腫れてくるとされています。
以上のように,乳房再建では合併症も起こり得るため,メリット・デメリットをよく理解したうえで再建を受けるかどうかを決めましょう。
乳頭・乳輪再建
乳がんの手術で乳頭・乳輪を切除した場合は,乳頭・乳輪の再建を行います。手術は比較的短時間で終わり,多くの場合,日帰りで行うことができます。
(1)乳頭の再建
①切除していない側(健側)の乳頭に大きさがある場合は,健側の乳頭を一部切除して採取し,乳頭切除した側(患側)に移植します。
②健側の乳頭に採取するだけの大きさがない場合や,今後に授乳を考えている場合は,患側の乳頭周囲の皮膚に切り込みを入れてはがし,立体的に縫い合わせます。
(2)乳輪の再建
①乳輪の色に近い,色の濃い皮膚を移植したり,健側の乳輪に大きさがある場合は,健側から移植したりします。
②健側の乳輪に大きさがない場合は,入れ墨をしますが,何年か経つと徐々に色が薄くなるので,再着色が必要になります。
以上の方法を組み合わせて,乳頭・乳輪をつくりますが,装着タイプの人工乳頭・乳輪もありますので,担当医とよく相談して決めてください。