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触診や画像診断など術前の検査で腋窩(えきか)リンパ節への転移がないと判断した場合は,センチネルリンパ節生検を行います。そして,病理検査でセンチネルリンパ節に転移がないか,あるいは転移があっても一定の条件を満たす場合は,腋窩リンパ節郭清(かくせい)を省略することが可能です。

解説
センチネルリンパ節生検とは

センチネルリンパ節とは,乳房内からのリンパ流が最初にたどりつくリンパ節と定義され,乳がん細胞が最初に転移しやすいリンパ節と考えられます 図1 。このセンチネルリンパ節をみつけて摘出し,その中にがん細胞があるかどうか(転移の有無)を顕微鏡で調べる一連の検査を「センチネルリンパ節生検」と呼びます。

 図1  センチネルリンパ節(乳房から最初にリンパ流を受けるリンパ節)

センチネルリンパ節生検が開発される前は,ほぼすべての患者さんに腋窩リンパ節郭清を行っていました。腋窩リンパ節郭清(☞Q21参照)には転移の有無や転移したリンパ節の個数を調べ(診断),それを取り除く(治療)という2つの目的がありますが,最終的にリンパ節に転移がなかった場合には,治療としてのリンパ節郭清は必要なかったことになります。

腋窩リンパ節郭清によって,手術後のわきへのリンパ液の貯留(ちょりゅう),わきの感覚の異常,腕のむくみといった合併症や後遺症が引き起こされるなど,リンパ節郭清は,患者にとって術後の悩み事につながる可能性があります。そこで,リンパ節郭清を行わず,リンパ節転移の有無を調べる方法としてセンチネルリンパ節生検が開発され,世界中で実施されています。

センチネルリンパ節にがん細胞がなければ,それ以外のリンパ節に転移がある可能性は非常に低いと考えられますので,腋窩リンパ節郭清を省略できます。センチネルリンパ節に転移がある場合は,原則として腋窩リンパ節郭清を行いますが,センチネルリンパ節の転移が微小(2mm以下)であった場合は,その他のリンパ節に転移が存在する可能性は低いため,腋窩リンパ節郭清を省略することも可能です。

さらに,センチネルリンパ節に2mmを超える転移があっても,一定の条件(条件:①センチネルリンパ節への転移が2個以下,②乳房のしこりの大きさが5cm未満,③術後に腋窩を含む放射線照射を施行,④術後薬物療法を施行,など)を満たす場合には,腋窩リンパ節郭清を省略しても生存率は低下せず,遠隔再発率も上昇しないという報告から,腋窩リンパ節郭清を省略することも可能です。腋窩リンパ節郭清を省略するかどうかは,これらのデータをもとに担当医と手術前によく相談して決めてください(☞Q21参照)。

センチネルリンパ節生検の方法

通常,センチネルリンパ節生検は乳房の手術の際に同時に行います。腫瘍の周りや乳輪に微量の放射性(ほうしゃせい)同位(どうい)元素(げんそ)(わずかな放射線を発する物質,アイソトープ)あるいは色素を注射すると,その放射性同位元素(または色素)はリンパ管を通じてセンチネルリンパ節に集まります。放射線が検出されたり,色に染まったりしたリンパ節(センチネルリンパ節)を摘出して,転移の有無を顕微鏡で調べます。最近では,蛍光色素と赤外線カメラを用いた蛍光法も普及してきました。

なお,センチネルリンパ節生検は,確立された標準的な方法ですが,具体的な手技については,各施設でかなりばらつきがあります。例えば,センチネルリンパ節をみつけるのに使う薬剤や,それらを乳房のどこに注射するかも施設によってさまざまです。また,熟練した乳腺外科医を中心としたチームが行っても,センチネルリンパ節がみつからない場合もあります。

センチネルリンパ節生検の信頼性

センチネルリンパ節生検は,大規模な臨床試験の結果,十分信頼できる方法であることが確認されています。つまり,センチネルリンパ節への転移の有無で腋窩リンパ節郭清をするかどうかを決めた患者さんと,センチネルリンパ節への転移の有無にかかわらず腋窩リンパ節郭清を受けた患者さんでは,生存率が変わらないということが報告されています。

センチネルリンパ節生検の合併症

センチネルリンパ節生検に用いる色素で,まれにアレルギー症状が出ることがあります。また,皮膚に色素の跡が残りますが数週間で消えます。一方,放射性同位元素を使用する場合,その量は非常に微量なため,人体に悪影響はほとんどありません。

センチネルリンパ節生検でもリンパ浮腫(術後の腕のむくみ),腕やわきのしびれや痛みなどが起きる可能性はありますが,腋窩リンパ節郭清によるものと比べて明らかに少ないことも報告されています。

術前化学療法後のセンチネルリンパ節生検

術前化学療法を行う患者さんに対するセンチネルリンパ節生検は,術前化学療法前の画像診断などにより腋窩リンパ節転移がないと判断された患者さんでは,術前化学療法の前あるいは後のいずれでも実施可能です。一方,術前化学療法前に腋窩リンパ節転移があった患者さんでは,たとえ術前化学療法後の画像診断で腋窩リンパ節転移が消失したと考えられても,通常のセンチネルリンパ節生検の信頼性は不十分である可能性があり,現時点では腋窩リンパ節郭清省略が標準的な方法とはいえません。センチネルリンパ節生検の信頼性を向上させるために,もともと転移と診断されたリンパ節に目印をつけてそれを確実に摘出する,通常のセンチネルリンパ節生検よりも多めにリンパ節を摘出するといった工夫が必要とされています。

非浸潤がんの場合

がん細胞が乳管・小葉の中にとどまっている()浸潤(しんじゅん)がんの場合には,理論的にはリンパ節転移は起こらないため,腋窩リンパ節郭清はもちろんのこと,センチネルリンパ節生検すら行う必要はないと考えられます。ただし,非浸潤がんかどうかを手術前に正確に診断することは困難です。手術前の針生検で非浸潤がんと診断されても,しこりが触れる場合や範囲が広い場合などには,そこに小さな浸潤(乳管の外にがんが出ている部分)が含まれている可能性があります。

したがって,浸潤がんの可能性がある場合には,センチネルリンパ節生検を行ったほうがよいと考えられます。一方,浸潤がんの可能性が少ない場合には,まず乳房部分切除術を行い,病理検査の結果,浸潤がんが認められた場合に,センチネルリンパ節生検を行うかどうかを判断することも可能です。ただし,乳房全切除術が行われる場合や,乳房部分切除術であっても,腫瘍が乳房の外上側に広範囲に存在する場合などには,後日,センチネルリンパ節生検を行うことが技術的に難しいため,乳房の手術と同時にセンチネルリンパ節生検を行うことが勧められます。