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抗がん薬治療を始めて2~3週間後ぐらいから脱毛が始まります。脱毛に備えたウィッグ(かつら)や帽子は,治療中も安心して使用でき,生活スタイルに合った,自分らしく過ごせるものを選びましょう。眉やまつ毛の脱毛時のカバーの仕方や治療中の爪ケアについても知っておくと安心です。
解説
抗がん薬治療による脱毛
抗がん薬は,分裂が速いがん細胞を標的としますが,正常細胞の中でも分裂が速い毛母細胞(髪のもとになる細胞)にも作用し,脱毛を起こします。
乳がん治療で使われるアンスラサイクリン系やタキサン系抗がん薬(☞Q48参照)は脱毛率が高く,最近の調査では,90%以上の患者さんで,頭髪の8割以上が脱毛したと報告されています。抗がん薬治療が始まって,2~3週間後から脱毛が始まり,治療終了後,早い人は1カ月(平均3.4カ月)程度で髪が生え始めます。個人差はありますが,その後,ショートの長さまで生え揃うには半年~1年ぐらいかかるため,初期治療でウィッグを使う期間は,1~2年程度の方が多いようです。また,毛の太さ,色,毛質(巻き毛,ストレート)など,もとの髪質とは違う毛が生えてくることもありますが,時間の経過とともに治療前の状態に戻ることが多いです。しかし,中には回復まで時間がかかる方や,薄毛のまま,もとの髪の状態に戻らない方もおられます。眉やまつ毛は,8割以上脱毛した患者さんが60%いたと報告されていますが,薄くなる程度の人もいます。
また,パーマやカラーリングは頭皮への刺激が強いため,抗がん薬治療中は避け,抗がん薬治療終了後から1年ぐらいを目安に,皮膚の様子をみて,担当医の許可が出てから始めましょう。
なお,施設によっては,頭皮冷却装置を用いて抗がん薬治療による脱毛の抑制効果に関する臨床試験を行っていたり,この装置を実際に使用している場合があります。髪を湿らせて特有のキャップを頭部に密着させ,抗がん薬投与30分前から投与中,および投与後30~90分まで,頭皮冷却装置を用いて頭皮を約19℃に冷却します。副作用として,悪寒,頭皮の疼痛,頭痛などが報告されています。対象となる患者さんや,抗がん薬の種類や方法,有効性も施設によって異なりますので,関心がある場合は担当医に尋ねてください。
ウィッグを選ぶとき,治療中ならではの大切なこと
治療中もできるだけ普段と変わらない生活や仕事を続けていくために,脱毛に備えて治療前にウィッグを準備しておくと安心です。医療用ウィッグには,通信販売で購入できるものからウィッグメーカーや美容室のサロンでつくるものまでいろいろあり,価格も数万円から数十万円以上のものまで幅があります。生活スタイルや好み,予算に合わせて,自分らしくかぶれるウィッグを選んで構いません。ただし,治療中ならではのポイントは押さえておきましょう。
ウィッグには,すぐに使える既製品と,できあがるまでに1カ月程度かかるオーダー品があります。脱毛が始まる時期も確認して準備しましょう。毛質(人毛,人工毛,混合毛)によって,普段の手入れの方法が異なります。人毛の場合は自分の髪と同様の手入れが必要ですが,人工毛や混合毛は形状が記憶されていて手入れが簡単です。また,治療中,髪が脱毛して再び生えてくるまでの間は,頭周りのボリュームが変わっていくので「サイズ調整はできるか」,体調の変化や敏感な頭皮,暑さやムレを考慮して「締め付けはないか」「裏側ネットの肌触りや通気性はどうか」なども確認しましょう。見た目だけでなく,かぶり心地も大切です。実際に試着してみるとよいでしょう。また,治療後も薄毛で髪が戻らない患者さんのために,最近は部分かつら(ウィッグ)も出ています。
なお,ここ数年,「医療用ウィッグ」と銘打った粗悪品が出回っていることから,ウィッグの安全性を確認するため,2015年4月に経済産業省が「医療用ウィッグJIS(日本工業規格)」を制定し,ウィッグ本体と付属のネットを対象とした,「性能,品質,安全性」についての基準が示されました。
ウィッグなどへの助成
自治体によってはウィッグ(ウィッグ装着時に必要なネットを含む)などの購入にかかった費用の一部を助成する仕組みもありますので,お住まいの自治体へお問い合わせください。
帽子やバンダナ,つけ毛を活用
普段の生活では,帽子やバンダナ,つけ毛などを活用すると楽に過ごせます 図1 。髪が抜けると,頭皮が露出し,暑さや寒さを敏感に感じ,汗や皮脂も出やすくなります。帽子をかぶることで頭を保護し,心地よく過ごせます。頭皮が敏感になっているので,締め付けず,肌触りのよい素材で縫い目が気にならない,すっぽりと頭全体を覆うものがよいでしょう。寝るとき(横になるとき)のもの,抜け始めから屋内で楽にかぶれるもの,屋外でもかぶれるものなどを用意しておくと便利です。屋外用のつば付き帽子は,深くかぶれて,つば幅が広すぎないものなら強風にあおられる心配はありません。さらに,帽子とつけ毛を組み合わせて,帽子から少し髪が出ると,見た目が自然になり,ちょっとした外出や突然の来客にも気を使いません。
図1 頭髪の脱毛をカバーするアイテム
眉とまつ毛の脱毛をカバーするには
脱毛後に眉を描くときは,眉の位置がわかりにくいので,顔と眉のバランス 図2 を確認してみましょう。アイブロー(眉ずみ)は,ウォータープルーフ(防水用)のものにすると皮脂や汗が出ても落ちにくくなります。アイブローの色は,ウィッグの色に合わせると自然です。
まつ毛が脱毛すると,目にゴミが入りやすいので,メガネやファッショングラスでカバーしましょう。つけまつ毛を使うときは,接着剤のパッチテストを行ってください。
抗がん薬治療が終わると眉やまつ毛も徐々に生えてきますが,まつ毛が生えてこないときは,まつ毛貧毛症治療薬(商品名 グラッシュビスタ)が承認されていますので,医師に相談してください。ただし,これは自由診療となります。
図2 顔と眉の美しいバランス
①眉頭は,目頭の真上よりやや内側
②眉尻は,小鼻と目尻を結んだ延長線上
③眉山は,黒目の外側の延長線上
3点をなだらかな線で結びます。
治療中の爪ケア
爪のもととなる爪母細胞も抗がん薬による影響を受け,手足の爪が脆くなったり,筋が入ったり,変色したりします。普段よりやさしいケアと保湿をしましょう爪切りを使うと,爪に圧力がかかるので,なるべく爪やすりで優しく削ります 図3 。爪は短めに整え,清潔にしましょう。手を洗った後は,よく拭いてから,保湿用オイルやクリームで爪周りの保湿をします。爪のトラブルを悪化させないために,弱くなっている爪の乾燥を防ぐことが大切です。
変色した爪にネイルカラーを塗る場合は,乾燥のもとになる除光液をできるだけ使わないように,ネイルカラーの前後に,ベースコートとトップコートを塗り,カラーを長持ちさせます。なお,治療中は,爪を削るジェルネイルはお勧めできません。また,金属を使ったジェルネイルや鉄粉入りのジェルを使ったマグネットネイルは,MRI検査に反応し,怪我をしたり,機器を壊す可能性がありますので,検査の際は必ず外してください。
図3 爪の削り方
皮膚障害など
色素沈着や皮疹などについては,Q48も参照してください。また,自壊創(大きくなったがんによって出血や滲出液が出たり,痛みやにおいが出てきた状態)が生じている場合は,局所のケアと全身のケアが必要になりますので医療スタッフに相談してください。皮膚障害については,『がんサバイバーのための皮膚障害セルフケアブック』(日本がんサポーティブケア学会 Oncodermatology部会編,小学館,1,870円)などが参考になります。
外見ケア(アピアランスケア)について
見た目の変化は人によって差があり,大切にしたいことも異なります。外見ケア(アピアランスケア)は,周囲との関係性の中で生じてくる心理支援の一つです。太った,痩せたなど体重の増減も,アピアランスケアの要素になります。アピアランスケアについては,各都道府県のがん診療連携拠点病院にあるがん相談支援センターでも,ウィッグの展示や,メイク教室の開催,パンフレットの提供などが行われていますので,医療スタッフに尋ねてみてください。
もっと詳しく知りたい方は,『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン2021年版』(日本がんサポーティブケア学会編,金原出版,2,860円),『臨床で活かすがん患者のアピアランスケア』(野澤桂子ほか編,南山堂,3,850円)などが参考になります。