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手術後の薬物療法は,手術で切除された乳房やリンパ節の組織を病理検査で詳しく調べ,その結果でわかる乳がんの性質と再発のリスクを総合して決定されます(☞Q29参照)。術後薬物療法の目的は,からだのどこかに潜んでいるがん細胞(微小転移といいます)を根絶して,局所または遠隔再発のリスクを減らし,予後を改善することです。

解説
術後ホルモン療法(内分泌療法)

病理検査でホルモン受容体(エストロゲン受容体もしくはプロゲステロン受容体)陽性と診断された乳がん(「ホルモン受容体陽性乳がん」といいます)には,術後ホルモン療法(内分泌療法)を行います(☞Q29参照)。エストロゲン受容体,プロゲステロン受容体のいずれも陰性の乳がんは「ホルモン受容体陰性乳がん」といい,ホルモン療法の効果は期待できません。ホルモン療法は,ホルモン受容体陽性の患者さんの手術後の初期治療として行うことで再発や転移を最大で半分ほどに減らし,予後を改善します。

ホルモン療法薬の使用法

ホルモン療法には,作用の異なる3つの方法,すなわち,①乳がん細胞内のエストロゲン受容体とエストロゲンが結び付くのを邪魔する方法と,②体内のエストロゲンの量を減らす方法,③エストロゲン受容体の発現を減少させる方法があります(☞Q16参照)。閉経前と閉経後では体内でエストロゲンがつくられる経路が異なるので,薬剤もそれに合ったものを使用します。

(1)閉経前女性に対する術後ホルモン療法
再発リスクや年齢を考慮して,タモキシフェン(商品名 ノルバデックス)とLH-RHアゴニスト製剤を併用します。再発リスクが低いと考えられる場合にはタモキシフェンやトレミフェン(商品名 フェアストン)のみを使用します。LH-RHアゴニスト製剤は,下垂体を過剰に刺激することで結果的に卵巣でエストロゲンがつくられなくすることを目指した薬です(☞Q16参照)。閉経前の患者さんでは月経も停止します。しかし,LH-RHアゴニスト製剤による過剰な刺激により,投与してしばらくはエストロゲンが一時的に増えることがあります。そのため,LH-RHアゴニスト製剤開始後しばらくは月経がみられますが,心配ありません。
LH-RHアゴニスト製剤とアロマターゼ阻害薬の併用も,閉経前の乳がん患者さんの術後ホルモン療法の選択肢の一つです。

(2)閉経後女性に対する術後ホルモン療法
閉経後の乳がん患者さんの術後ホルモン療法薬としては,アロマターゼ阻害薬が勧められます。タモキシフェンやトレミフェンも選択肢の一つです(☞Q16参照)。

(3)ホルモン療法薬の投与期間
ホルモン療法薬の投与期間は以前は5年間の投与が基本でしたが,近年はリスクに応じて投与期間を延長することも行われています(☞Q32参照)。

(4)アベマシクリブ(商品名 ベージニオ)とホルモン療法薬の併用
エストロゲン受容体陽性HER2(ハーツ―)陰性の乳がんの中で,再発リスクが特に高いと考えられる場合に,CDK4/6阻害薬の一つであるアベマシクリブの投与が勧められます。再発リスクが特に高いと考えられる場合とは,①腋窩(えきか)リンパ節に4個以上の転移が存在する場合,または②腋窩リンパ節に1~3個の転移があり,腫瘍径が5cm以上または組織学的グレードが3の場合です。このような場合,多くは再発のリスクを下げるために抗がん薬治療や放射線療法が実施されますが,抗がん薬治療,放射線療法が終了した後,ホルモン療法にアベマシクリブを2年間投与することで,さらに再発,遠隔転移のリスクが低下し,予後が改善することが報告されています。この治療は2021年末に保険適用となった新しい治療ですので,そのメリットと,下痢,好中球減少,間質性肺炎などの副作用の説明を担当医から十分に受けたうえで使用するようにしてください。

術後化学療法(抗がん薬治療)

術後化学療法として,個々の患者さんに対して推奨される抗がん薬は,現在までの多くの臨床試験の結果から得られたデータ(エビデンス)をもとに,がんの性質やサブタイプ,進行度を考慮して決めることになります。術後化学療法では,薬剤ごとに規定された投与間隔と規定された投与量を守って,できるだけ減量はせずに治療を行っていくことが重要となります(☞巻末の薬剤表,付12参照)。薬剤治療の投与間隔を延ばしたり,薬剤の投与量を減らした場合には治療効果が落ちることが知られています。

(1)具体的な化学療法
術後治療では抗がん薬を1種類ではなく,何種類かを同時に使用することで,効果が最大になることが臨床研究で明らかになっています。アンスラサイクリン系薬剤を含むAC療法(ドキソルビシン+シクロホスファミド)やEC療法(エピルビシン+シクロホスファミド)などは再発抑制効果が確認されている標準治療の一つです。通常は3週間毎の点滴の治療となります。副作用の状況によっては,予定どおり行えず休薬し,治療が延長となることがあります。治療効果を高める目的でペグフィルグラスチム(商品名 ジーラスタ)という薬剤を用いて,3週毎の治療を2週毎に行う場合があります〔dose dense AC/EC(ddAC/EC)と呼ばれます〕。治療回数は1つのレジメン(治療法)について4回投与することが基本になります。また,このアンスラサイクリン系薬剤を使用したレジメンにタキサン系薬剤(パクリタキセルまたはドセタキセル)を追加することにより,さらに再発予防効果が上乗せされます。ドセタキセルは3週毎4回,パクリタキセルは毎週,合計12回の投与が勧められます。また,アンスラサイクリン系薬剤を投与せず,TC療法(ドセタキセル+シクロホスファミド)を3週毎4回投与する方法もよく使用されています。

術後抗HER2療法(分子標的治療)

乳がんの病理組織診断でHER2陽性乳がんと判定された多くの症例では,抗HER2療法と抗がん薬治療(化学療法)を併用する必要があります。抗がん薬治療は術前に実施されれば術後の実施は不要となります。

(1)トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン),ペルツズマブ(商品名 パージェタ)
トラスツズマブとペルツズマブはどちらも,HER2タンパクに結合してHER2タンパクの働きを阻害し,がん細胞の増殖を抑える薬(抗HER2薬)です。ペルツズマブは単独で使われることはなく,トラスツズマブと併用します。ペルツズマブを併用することで重篤な副作用が増えるということはありません。手術前後にトラスツズマブか,トラスツズマブ+ペルツズマブを抗がん薬と組み合わせる治療を行うことで,再発する危険性が半分近くに抑えられます。アンスラサイクリン系薬剤とトラスツズマブやペルツズマブを同時に使用すると,心臓への副作用が増すので通常は避けます。抗がん薬を使わずに,トラスツズマブやペルツズマブだけを投与する方法については効果が確かめられていません。トラスツズマブやペルツズマブは,手術前後あわせて約1年間(12カ月間)の投与になるように実施します。術前に3カ月間の抗がん薬治療と抗HER2療法を行った場合は,術後にトラスツズマブやペルツズマブを残りの9カ月間投与します。術前投与を行っていない場合には,抗がん薬治療と抗HER2療法の併用から開始して,抗がん薬治療終了後,残りの抗HER2療法を行い,合計で1年間投与することになります。

トラスツズマブの重要な副作用として心臓機能の低下(100人に2~4人くらい)があります。このため,治療前と治療中は定期的な心臓機能検査が勧められています。トラスツズマブをはじめて投与する患者さんに多くみられる副作用は発熱と悪寒です。インフュージョンリアクションと呼びます。約40%の患者さんで,トラスツズマブ初回投与後24時間以内(多くは8時間以内)に起こりますが,ほとんどは初回のみで2回目以降に起こることはまれです。抗がん薬を併用せずに抗HER2療法を行う場合は,通常,脱毛や吐き気はまずありません。

(2)トラスツズマブ エムタンシン(略称 T-DM1,商品名 カドサイラ)
トラスツズマブやペルツズマブを使用した術前化学療法で病理学的完全奏効(pCR)が得られなかった場合は,残りの9カ月間にトラスツズマブとペルツズマブを投与する代わりに,トラスツズマブ エムタンシンを9カ月間投与する選択肢があります。トラスツズマブ エムタンシンの投与では,血小板減少などの副作用に加えて,頻度は高くありませんが,吐き気,嘔吐,下痢などの消化器症状や,疲労感,肝機能障害などが起こることがあります。副作用の程度によってはトラスツズマブ(とペルツズマブ)に戻すことも選択肢の一つです。

術後オラパリブ療法 (商品名 リムパーザ)

オラパリブはPARP(パープ)阻害薬といわれる種類の薬剤です。オラパリブは,BRCA1またはBRCA2の病的バリアントを有する再発リスクの高い初発乳がんに対しても有用性が示され,2022年8月に術後療法としての使用が日本でも承認されました。投与期間は術後1年間です。

副作用は吐き気や嘔吐のほかに,貧血,好中球減少なども挙げられます。